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獣人王子と癒し手王女の政略婚  作者: アシコシツヨシ
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8 庭師フェルメス

「お腹も膨れたし、庭園を散歩しようかしら。」


朝食後、護衛のサンセを伴って二階の食堂から中央階段で一階に降りると、玄関ホールが正面に見える。


玄関ホールから右手に延びる廊下を歩くと、大きなガラス戸があり、そこから庭園に出られる。


庭園にはセーラン王国ではお目にかかれない色とりどりの花が沢山咲いていて、萎れた花は一つも見当たらない。

庭師がマメに世話をしているのがよく分かった。


深呼吸をすると身体に自然エネルギーが満たされていくのを感じる。

「気持ちいい。」


庭園に来たのは散歩の他に別の目的もある。ドレスのポケットにそれは入れておいた。


暫く庭園を歩いていると、生垣の影でしゃがんで黙々と作業する、繋ぎ姿に帽子を被った獣人男性を発見した。

「おはよう、良い天気ね。」


男性の肩がビクリと動いたかと思うと、慌てて此方に振り向き、素早く立ち上って、被っていた帽子取り、しっかりとしたお辞儀をした。


「ひ、妃殿下、お、おはようございます。お散歩とは知りませんでした。お、お邪魔致しました。で、では。」


言い終わると同時に素早く何処かへと歩いて行く。

あっという間に距離が開いて、姿が小さくなってしまった。


「待って。貴方庭師でしょう。私は貴方に用事があるの。」


男性には声が届かなかったらしい。立ち止まる気配がないのであわてて追いかける。


散歩するつもりで動けるドレスにしているけれど、歩いていては益々距離が離れてしまう。


仕方ないわね。はしたないけれど…。

ドレスの裾を捲りあげて走る。

「待って、そこの貴方、お待ちになってーー!」


なるべく声を張った効果か、走ったからかは分からない。

男性は振り向いてギョッとした顔をして立ち止まった。というより固まっていた、の方が正しいのかもしれない。


「貴方……歩くの……速すぎ、よ……。」

本来、淑女はドレスを捲りあげて足を出して走ったり、大きな声を出すなんて、はしたない事はしない。


慣れない事をしたせいで、息が上がってしまった。

何とか呼吸を整え、淑女らしく微笑む。


「貴方、庭師で間違い無いかしら。」

「は、はい、庭師のフェルメスと言います。や、ヤマネコの獣人です。」


フェルメスは三十代位でガッチリとした体つきをしている。が、何故かびくびくしている。


「フェルメスにお願いがあるの。」

「お、お願い、ですか?」


明らかに警戒されている。そこまで警戒される内容ではないと思うけれど、感じ方は各々だから、どうかしら。


「ええ、この種を植えたいから、庭の何処かを使わせて欲しいの。」

花の種をポケットから取り出した。

これがもう一つの目的。


「…グ、グレーシス殿下は何と?」

「好きにして良いって言われたわ。」

嘘はついていない。


「そ、そうですか、わ、分かりました。空いている庭をご案内致します。」

「待って、ゆっくり歩いて、ね。」


また置いて行かれそうな気がしたので釘を刺しておいた。

「はい。」


今度はフェルメスなりにゆっくり歩いてくれたようだ。それでも少し距離が開いてしまう。

そんな時は、ふり向いて止まって待ってくれた。

何だか犬っぽい。


暫く庭園を歩いて、邸とは随分離れた奥まった場所に案内された。


「こ、ここが空いていますので此方に植えましょう。土を耕して種を植えておきます。」

フェルメスは全てやってくれるつもりでいたらしい。


「手間を取らせるつもりはないの。道具を貸してくれれば自分でするわ。」

「あ、いえ、しかし、妃殿下のドレスが汚れてしまいます。」


「汚れても良いドレスを着て来たから平気よ。」

「し、しかし」


フェルメスは私に土弄りをさせたくないらしい。

王族に対してその考えは間違っていない。

むしろ正解。


土弄りでドレスを汚したい淑女なんていないだろうから。

勿論、私だって好んで高価かつ繊細なドレスを汚して、洗濯担当の侍女を困らせる趣味は無い。


でも、今日は違う。

何故なら土弄りの為に用意した、じゃぶじゃぶ洗えて汚れも落ちやすい洗濯担当の侍女も助かるドレスを着ているのだから。


どうしても譲ろうとしないフェルメスを説得するには、先程言った、この言葉が有効に思えた。


「グレーシス殿下が好きにして良いと言ったから、大丈夫よ。」

「そ、それなら、仕方ありません。ですが、私も一緒に作業させて頂きます。」


この言葉は使える。

そう確信した瞬間だった。


「手伝ってくれるのは助かるわ。」

フェルメスに道具を借りて、一緒に土を耕した。


「た、耕せるんですね。」

畑を耕している姿が信じられなかったらしい。

まあ、普通、王族はしないものね。


種を植えている最中、フェルメスがおずおずと質問してきた。

「あ、あの、ところで、この種は何ですか。」


「ああ、話していなかったわね。これは祖国の王宮にしかない貴重な花の種なの。でも、テナール王国には無い種類の花なんですって。こっちは標高が高いから、育つか分からないけれど、もし育てばこの王宮にしか咲かない珍しい花になるし、花を乾燥して紅茶としても飲めるから、いいかなって思ったの。」


「そ、そんな貴重な花の種をよく持ち出せましたね。」


「庭師とお父様に、育てられるなら育ててみろって言われたの。育てるのが難しくて、育てられないって確信があったから、持ち出しを許してくれたのだと思うわ。実際、私では上手く育てられないかもしれないけれど、やるだけはやるつもりよ。」


「そ、育てられないなんて、一緒に作業した庭師としてのプライドが許せません。我が子爵家は植物のプロフェッショナルとしての誇りがあります。妃殿下、私が全身全霊で世話に努めます。絶対に花を咲かせましょう。」


フェルメスの瞳には今迄にない、やる気が満ちていた。


「こんなに素敵な庭園を、お世話出来るフェルメスが味方になってくれるなら心強いわ。これからもよろしくね。」


もしかしたら花を咲かせられるかもしれない。

期待に胸がふくらんだ。


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