79 事件(グレーシス視点)
リーリスがマーチスに拐われた時の、グレーシスです。
午後一時、会議が始まった。
目的はただ一つ。全員帰国をもぎ取る。
「お前ら、暫くかかるだろうから、結果が出たら起こしてくれ。」
会議開始早々、カータンスは目を閉じて、休息モードに入った。
全員帰国を望む私と、狂気病が完全に終わるまで、治療者のリーリスとクレインを滞在させたいハーレンス。
話し合いは平行線を辿っていた。
「「はあ――――っ。」」
互いにため息を吐いて沈黙した時だった。
ピューピューピューと指笛が聞こえてきた。
我が部隊で緊急事態の合図だ。
「何だ?」
ハーレンスが外に目を向けた。
「うるさいな。」
カータンスが怠そうに目を開ける。
「緊急事態のようだ。」
他国で我が部隊が緊急事態とは、物騒極まりないな。
扉からノックが聞こえて、外で待機しているハーレンスの護衛が言った。
「テナール王国の騎士が、グレーシス殿下に緊急の報告がある、との事です。」
「直ぐに通して。」
ハーレンスの許可を得て、入室したのはカールセンだった。
「緊急の指笛で駆け付けたところ、庭園で妃殿下の護衛当番だった部隊長補佐と、ホーウル王国の騎士が倒れていました。二人とも矢傷があり、ホーウル王国の騎士の足首には、剣で切られた傷がありました。おそらくエイガーによるものかと。妃殿下は探しておりますが、今の所、行方不明です。」
「リーリスが行方不明だと?」
嫌な予感がした。
「おいおい、我が王宮内で事件なんて、洒落にならない。」
ハーレンスは空を仰いだ。
「国花を授けた姫に手を出す愚か者がいるなんてな。」
カータンスは怠そうにしながら、テーブルに頬杖を付いた。
「何か手掛かりは?」
カールセンに質問するが、首を振られた。
「部隊長補佐が目を覚まさない事には何も。今、救護所で皆が無理やり起こそうとアレコレ拷……しています。」
今、拷問って言おうとしたな。
リーリスの為とは言え、我が部隊は仲間にも、本当に容赦がないな。
「クレイン殿なら、何か良い方法があるのでは。と客室に伺ったのですが、王子のお茶会に呼ばれたらしく、不在でした。」
「王子の茶会?」
ハーレンスはここに居るから、コリーニか?余程クレインが気に入ったらしい。
そう思っていたが、違ったようだ。
「そうだった。我が弟達が、リーリス妃とクレイン殿の献身的な姿に感動したらしく、感謝の意を込めて茶会に誘うつもりだ。と今朝、報告を受けていた。我々が会議している時間は暇だろうから、その間に、とも言っていたな。」
「弟達?」
「ああ、グレーシスは知らなかったか。第三王子で騎士のマーチスと、第四王子で王宮医師見習いのネルだ。二人は普段、国内で身分を隠して自由に行動している。今回は、食事介助を手伝っていたんだ。」
どうやら二人は諜報の役割があるようだ。手伝いの他に目的があったのだろう。
私達にも身分を隠していたのは、まだ信用されていなかった可能性が高い。
「弟達はグレーシスと同じで普段、国外に出ないから、互いに知らないのは無理もない。我が国の建国祭に来ているカータンスや、ティミラーとフレイルは知っているよ。」
「なるほど。話が逸れたな。ハーレンス、倒れている騎士を見れば何か分かるか?」
「何かしらは分かるだろう。」
「では救護所へ行ってみよう。目覚めた騎士に、話を聞かなければならないしな。」
「では、私はその間、上空からリーリス妃の捜索をしてみよう。気晴らしのついでだ。」
「頼むカータンス。」
カータンスと別れて、ハーレンスやカールセンと共に、救護所へ向かった。
二台の隣り合っているベッドには、エイガーとホーウル王国の騎士が各々寝かされている。
エイガーの周りには、我が部下達が数人、取り囲んでいる。
エイガーは水をかけられたのだろう。びしょ濡れだった。
そのままベッドで寝かせるのは良くないと思ったのか、毛布でぐるぐる巻きにされている。
顔はビンタされたのか腫れて、落書きもされている。
さほど長くない髪の毛は、器用に三つ編みにされていた。
何をしても起きなかったから、遊ばれてしまったようだ。
エイガーが目覚めたら、全員、一旦殺されるな、と気の毒に思った。
ホーウル王国の騎士には、第二王子のコリーニと、数名の騎士が見張っていた。
こちらは無理やり起こされた形跡は見られなかった。
「彼は施設警護騎士だ。足首の傷は、剣によるもので間違いないのか?」
ハーレンスが、騎士の足首に巻かれた包帯を見て、コリーニに視線を向けた。
「はい。間違いありません。因みに矢は背中側の、左腰辺りに刺さっていました。」
ホーウル王国の騎士は槍を使うから、傷口は刺し傷になる。
剣の切り傷と違うので、傷口を見れば一目瞭然だろう。
私はエイガーを観察した。
右胸にある矢傷の場所が気になった。
矢は手で直接ぶっ刺す。
至近距離まで近づかなければ、右胸に矢を突き立てられない。
「ホーウル王国の騎士は、普段から睡眠矢を携帯していたのか?」
「いや、我々は普段、矢を携帯していない。特に今は患者もいないし、任務も無いからね。」
私の疑問にハーレンスが答えた。
我が騎士団は、私が感染した事もあり、今も念の為、矢を二本、常に携帯している。
この矢はエイガーが持っていた物だと考えるのが妥当だろう。本数も二本と合っている。
ただ、エイガーが矢を奪われて、間合いに入られるなんて考えにくい。
それが出来るのはリーリス位だが、リーリスがそんな事をする筈がない。
何者かに脅されたのならあり得るか?
だとしてもこの騎士ではない。他に誰かいる筈だ。
考えても情報が少なく、何もかもが想像でしかない。
「早く起きろ、エイガー。」
鼻をつまんでみたが、口が開いただけで目覚めなかった。
「部隊長、妃殿下のポプリが庭園に落ちていた。と部屋に届けられたそうです。こちらがそのポプリです。」
「貸せ。」
部下が持ってきたポプリを、ハーレンスが奪って顔に近付けた。
「駄目だ。鼻が利かなくなる香水を付けて、誰が持って来たか、辿れないようにしている。益々怪しい。我が国の者が、何かしているのは明らかだ。クソッ。」
「荒れてるな、ハーレンス。こっちも収穫無しだ。上空からは見付からなかった。」
カータンスが腕を回しながら戻ってきた。
もうすぐ二時になろうとしている。
リーリスが行方不明になって三十分が経とうとしていた。
「うっ……妃殿下……。」
やっとエイガーが目覚めた。が、ずぶ濡れで、顔には落書き、髪は三つ編みと、なかなか酷い状態だ。
「お前らが忘れても、俺は忘れないからな。」
部下達が、普段温厚なエイガーに殺意を向けられて、震えていた。
エイガーのお陰で、我が部隊は益々強くなるだろう。
そんな気がした。
素早く身なりを整えたエイガーから、我々は話を聞いた。
「マーチスがリーリス妃を!?」
エイガーの話に一番驚いたのは、ハーレンスだった。
「マーチス……よく考えたら、どんな奴だっけ?」
カータンスは、自分より下と見なした者には興味が無い。
「リーリスに矢を突き立てた、だと……。」
マーチスに一番殺意を覚えたのは、私に違いない。
それにしても、茶会にエイガーが邪魔だから、始末する。とは意味が分からない。
「妃殿下が拐われた後、この騎士は私を殺すよう命じられ、襲って来ました。何とか腱を切り、逃げたら厄介だと思い、倒れた所を落ちている矢で刺して、緊急の指笛を吹いた所で、意識を失ったようです。」
その後、指笛を聞いたカールセンが駆け付けて、発見した、と。
つまり横で寝ている騎士は敵か。コイツもそろそろ目覚めるだろう。
「その騎士の尋問は任せる。縛り上げておけ。」
「「はい。お任せを。」」
我が部隊が嬉々としている。
有力な情報があれば良いが、大抵使い捨てだ。期待出来ないだろう。
「我が国の騎士だ。我が国で尋問する。」
王太子であるハーレンスの主張は尤もだが、流石に断った。
「別人だと思いたいが、私の部下は王族の息がかかる騎士に命を狙われた。王宮の騎士は信用出来ない。仲間がいて、逃がしたらどう責任を取る。」
「では、王族の私が責任を持って尋問します。」
コリーニが申し出た。
「それなら良いだろう。王族自ら責任を取るなら任せる。尋問はコリーニに任せ、我が騎士は監視する、それで良いか?」
「ああ。それなら我が国の面子も保てる。」
ハーレンスは王宮の信頼が崩れつつある事に、危機感を感じているようだ。
それも仕方がない。他国の王族が拐われたのだからな。
リーリスの手懸かりを探すため、エイガーに案内させ、誘拐現場に向かった。
ハーレンスは分かるが、カータンスまで付いてくるとは意外だった。
上から目線だが、情には厚いらしい。
「確かに、ここから本邸に出入りするには、目につかないだろう。只、やはり匂いは辿れないな。私は、マーチスを見なかったか、本邸で聞き込みをしてみよう。」
「本邸の室内までは意識していなかった。今度は窓から部屋を確認してみる。」
「私はクレインが客室に戻っているか、マーチスと本当に茶をしていたのかを確認する為に、クレインの客室へ行くつもりだ。」
再びこの場所で会う約束をして、ハーレンスは本邸へ、カータンスは部下と共に再び上空へ、私はクレインの部屋へと各々向かった。
三時前、リーリスの隣にあるクレインの客室にたどり着いた。
「グレーシス殿下、クレイン殿はまだお戻りになっておりませんよ。」
部屋の扉をノックしようとした時、通りかかった侍女のマイが教えてくれた。
外出する時、クレインは必ず侍女のマイかメイに声をかけていた。
「クレインは何処へ行き、何時ごろ戻るか言っていなかったか?」
「迎えに来たネル殿下と茶会へ、としか。殿下の会議が終わるまでには、お戻りになると仰っておりました。」
ハーレンスが言っていた内容と一致する。
会議は三時に終わる予定だから、もう戻っても良い筈だが……。
まさかクレインにも何かあったのでは?
マーチスの目的が分からない以上、リーリスだけとは限らない。
「クソッ。」
失念していたと反省しつつ、急いで待ち合わせの庭園に向かった。




