78 マーチス後編
「うっ……。」
肩の痛みで目覚めると、ベッドの上に座った状態で、マーチス殿下に寄りかかっていた。
「マーチス殿下!?ここは……。」
天蓋付きのベッドの上、だわ。
マーチス殿下の寝室?まさか、ね。
「ごめんね、国の為には仕方がなかったんだ。ちゃんと手当てはしているから、痕は残らない。そこは安心して。」
そう言われて右肩を見ると、ドレスは切り裂かれて、剥き出しになった肩には、包帯が巻かれていた。
「国の為とは?あの、エイガー……私の護衛は?」
マーチス殿下を見上げた。
「お茶をすると約束していたよね。準備は出来ているよ。一旦、落ち着こうか。」
質問には答えてくれない。
「あの、クレインは…………えっ!?」
右足首に枷が嵌められて、天蓋の柱に鎖で繋がれている。
何コレ。怖い。
「大丈夫だよ。隣の部屋にある椅子に、座れる長さはあるから。聞きたい事には出来るだけ答えるよ。」
マーチス殿下がベッドから降りて、直ぐ側にある続き扉を開けると、テーブルと四脚の椅子が見えた。
テーブルには様々な焼き菓子が並び、ティーセットが準備されている。
「つい先ほどまでクレイン殿と、ここでお茶をしていたんだ。もう少し早く起きていれば、一緒にお茶を楽しめたのに、残念だったね。」
マーチス殿下の言葉とは裏腹の、嬉しそうな表情で察しがついた。
初めからクレインに会わせる気なんて、なかったのね、と。
隣の部屋に入ると、高級な調度品が備えられていた。
バルコニーの窓は開け放たれているけれど、地面は見えない。かと言って高くもなさそう。
この部屋は二階かしら?
「ああ、大声出しても誰も来ないし、気付かれないから無駄だよ。」
笑顔で着席を促すマーチス殿下。
逆らうと危険な気がして、大人しく席に着いた。
「この紅茶は、我が国自慢の紅茶でね、テナール王国にも輸出しているんだ。勿論、毒なんて入れてないよ。」
飲んで見せて勧められるので、素直に応じる。
「とても美味しいです。」
それは本当だった。
普通のお茶会ならば、癒されたに違いない。
「良かった。リーリスの治療や頑張りは我々兄弟も認めている。皆、君を妹のように可愛らしく思っているし、気に入っていると言っていたよ。」
「有り難うございます。勿体ないお言葉です。」
その言葉が嬉しいのも本当。
普通のお茶会で言われたなら、もっと喜べたのに。
「テナール王国に帰したく無いくらいにね。だから僕と結婚しよう。」
「え?」
耳を疑った。
「グレーシスと結婚しているのは知っている。でも、問題ないよ。君たちは初夜の儀式をしていない。だろう?だから実質、まだ番としては成立していない。つまり、僕にも結婚出来るチャンスがあるわけだ。」
いやいや、チャンスなんて無いし、グレーシス様じゃないと無理。
「だとしても、私は祖国とテナール王国の友好の為に意義ある結婚をしましたので、両国を裏切る行為をしたくありません。」
ハッキリ断っているのに、マーチス殿下は何故か、テーブルに頬杖をついて、うっとりした表情を向けてきた。
「その王族としての覚悟、ますます魅力的だね。僕はリーリスを誰よりも気に入ってしまったんだ。もう、ここから出さないよ。」
口調は優しいのに内容は怖い。
何とか落ち着いて説得を試みる。
「冷静になって下さいませ。他国の王族を監禁なんて、国家間の問題に発展してしまいます。」
「僕は冷静だよ。バレる前に儀式をして、既成事実を作れば良い。我が国としては、不治の病を治療出来る存在を手に入れられるから、僕の行動は結果的には許される筈だ。グレーシスは傷ついて、自分を許せないだろうね。リーリスを諦めざるを得ないのだから。」
嬉々として語る姿に狂気を感じる。
マーチス殿下は初夜の儀式、(つまり結婚式当日の夜にする儀式の筈。)と言う割に、既成事実の為に儀式をする、と矛盾した発言をしている。
そんな訳の分からない儀式のせいで、グレーシス様と引き裂かれるなんて絶対に嫌。
好感を持たれるのは、頑張った甲斐があって有難いけれど、今はマーチス殿下にとって、都合が悪い存在だとアピールする必要がある。
「誤解があるようですが、治療はクレインがしています。助手の私を手に入れても、国としてのメリットは無い筈です。」
王族の結婚は、国にとってのメリットが重要になる。
国にメリットが無ければ、ホーウル王国の王公貴族が毛嫌いしている人間との結婚を、許す筈がない。
国を思う発言をするマーチス殿下が、王公貴族を敵に回す程、愚かとは思えない。
マーチス殿下の反応を伺うと、私を見てクスリと笑った。
「可愛らしい嘘だね。治療しているのはリーリス。クレイン殿はダミー。我々王族は全員気付いているよ。」
「え?」
獣人は嘘を見抜く。
秘匿事項とされているから、口に出さなかっただけ。そう言われている気がした。
急に矢の刺さっていた場所がズキズキと痛んで、足枷の重さが気になってきた。
マーチス殿下は話好きなのか、儀式を急いでいないのが救いだった。
もしかしたら色々と準備が必要なのかも知れない。
けれど、いつ儀式をしようと言い出されるか、気が気ではない。
ブワッとバルコニーから風が吹き込む。
窓は開け放たれているのに、足枷のせいで逃げる事も出来ないなんて。
何か足枷を壊す物は無いか、と目だけ動かして、ハッとした。
「確かに秘匿事項を口にしたな。全員とはお前も入っているのか、ハーレンス。」
「マーチスの虚言だ。何の事だかサッパリだ。」
グレーシス様とハーレンス殿下が、バルコニーから入ってきた。
「グレーシス、兄上!?」
「グレーシス様っ。」
マーチス殿下が驚いている間に、椅子から立ち上がって、グレーシス様に向かって駆け出した。
「きゃっ!」
ビンッと足枷の鎖が伸びきって、右足が動かせずに前のめりになった。
「リーリス!」
転びそうになったのを、グレーシス様が素早く駆け寄り、抱き止めてくれた。
「グレーシス様っ。」
心のままに、ギュッとしがみついた。
「すまない、遅くなった。」
グレーシス様の心地好い声が頭の上から聞こえて、しがみついたまま、フルフルと首を振った。
「グレーシス様っ、エイガーがっ……。」
「大丈夫、無事だ。安心しろ。」
いつものように優しく背中を撫でてくれて、ホッとした。
直ぐに足枷を剣で壊して、足首を解放してくれた。
枷の重さで足首は赤く腫れて擦り切れ、右肩からドレスを裂かれて矢傷の治療をされたので、包帯を巻かれた肩が剥き出し状態だった。
「……少し離れる。すぐ戻るから。」
グレーシス様に優しく頬を撫でられると、安心する。
コクリと頷いた。
「殺す。」
マーチス殿下に向き直ったグレーシス様が、そう低く呟いた気がした。
剣を抜いて一瞬でマーチス殿下の間合いに入る。
「駄目っ、グレーシス様っ。」
咄嗟に叫ぶ。
罪を犯した者は、獣人、人間、関係なく法律で裁くべきと決まっている。
グレーシス様がピタリと止まると、剣はマーチス殿下の首元ギリギリまで迫っていた。
「リーリスのお陰で命拾いしたな。」
「……こんな事なら、さっさと儀式をしておくんだった……。」
ガッ……。
グレーシス様がマーチス殿下の胸に矢を突き立てた。
魔物を討伐する時と同じ無表情で、更にグリグリと深く矢を胸にめり込ませている。
「ぐああぁぁぁ。」
痛みで叫ぶマーチス殿下の胸ぐらを片手で掴んで軽々持ち上げると、壁に向かって乱暴に放り投げた。
「ぐううっ……。」
壁際で転がったマーチス殿下が、呻き声をあげている。
グレーシス様はマーチス殿下に見向きもせず、私の所へ戻って来ると、さっと上着を脱いで、座り込んでいる私の肩に上着を掛けると、矢傷に触れないよう、そっと抱き上げてくれた。
「四日だ。」
一部始終を傍観していたハーレンス殿下に向かって、グレーシス様が言った。
「四日?」
「矢を絶やさず何も与えるな。それで許す。」
「いや、死ぬだろう。」
「我が国の秘匿事項に触れて口にした。知った者も本来なら全員死刑だ。が、口に出した奴だけにして、首を落とさず、猶予まで与えてやったんだ。四日間飲まず食わずだった狂気病患者は、ギリ全員生きていたそうだ。大丈夫だろう、多分。」
「多分って……。仕方ないか。どう考えても全面的にコイツが悪い。」
ハーレンス殿下はマーチス殿下に目を向けた後、グレーシス様に抱き抱えられている私に頭を下げた。
「リーリス妃、我が愚弟が酷い仕打ちをして、本当に申し訳ない。この事は父上にも報告する。四日後にマーチスが意識を取り戻した際には、厳罰に処すと約束する。」
「頭を上げて下さいませ。お気遣い感謝致します。マーチス殿下には、グレーシス様が充分に罰を与えて下さいました。私はそれ以上を望んでおりません。」
「リーリス妃は甘いね。でも、その慈悲深い言葉に救われるよ。有り難う。」
頭を上げたハーレンス殿下がふっと微笑んだ。
けれど、直ぐに目が死んだ。
「恩を仇で返されて、王宮が危険と分かった今、リーリスとクレインをホーウル王国に残して帰国はあり得ない。要請が切れた我々騎士団と共に、二日後帰国する。良いな。」
グレーシス様が有無を言わさない、と言いたげに、ハーレンス殿下に鋭い視線を向けていた。
「……ったく良いタイミングだよ。言い分は尤もだ。返す言葉もない。ただ、その要求は受け入れる方向で今、動いているから問題無い筈だ。」
「どういう事だ?」
グレーシス様が詳しい説明を求める。
私も気になった。
「ゆっくり説明したい所ではあるが、事後処理を先にしたい。明日の会議で私から話すが、詳しくはクレイン殿に聞いてくれ。」
「クレイン?ああ、確か報告があると言っていたな。その事だったのか。」
グレーシス様は思い当たる事があるようだった。
きっと私にも話してくれる筈。
「後はハーレンスに任せて、我々は部屋に戻ろう。」
グレーシス様はどうやら私を抱き抱えたまま、部屋まで運ぶ気らしい。
もう歩けるので申し訳ない。あと、恥ずかしい。
「あの……。」
「怪我人は大人しく運ばれていろ。妻を労るのも夫の権限だ。部屋まで降ろさない。いいな。」
そんな強引かつ優しい表情で、夫の権限。なんて言われたら弱い。
「……はい。お願いします。」
キュンとして、内心喜んで身体を預けてしまった。




