76 グレーシス再び
エイガーとカールセンの前で泣いてしまったけれど、グレーシス様の部屋に着くまでには、何とか気持ちを立て直した。
エイガーが、グレーシス様をベッドに寝かせている間に、カールセンが王宮医師のクレインを呼びに行ってくれた。
「では、直ぐに治療を開始致します。妃殿下以外の皆さんは、外で待機していてください。」
早速クレインが人払いをしてくれた。
ベッドに寝かされたグレーシス様の傍に座り、手を背中に置こうとして、躊躇った。
矢を刺したばかりの患者は、全員癒し手を施せている。
きっとグレーシス様だって大丈夫な筈。
でも、絶対はない。
治る力が無かったら、そう思うと怖くて仕方がなかった。
恐る恐る背中に手を置く。
ぽろりと涙が出てしまった。
「妃殿下?何か悪い事でも?」
クレインが心配そうな表情をしているので、慌てて手を振った。
「違うの。ご免なさい、ホッとしてしまって。早速癒し手をするわね。」
良かった、ちゃんと治る力がある。
「大丈夫、大丈夫。」
黒豹の滑らかな触り心地がする背中を、ゆっくり、ゆっくりと撫でる。
直ぐ近くに刺さっている矢が、痛々しい。
もう大丈夫。
確信が持てたけれど、離れがたくて、暫く撫でていた。
治療が終わって、クレインがエイガーを部屋に呼んだ。
「今から殿下の矢を抜きます。念の為、監視をお願いします。」
「お任せ下さい。」
エイガーは剣の柄を握って、グレーシス様のベッドの傍に立った。
もし、グレーシス様が暴れたら、エイガーは動きを封じなければならない。
癒し手で大丈夫だと確信出来たから、その可能性は低いけれど、用心するに越したことはない。
大丈夫、よね?
不安げにグレーシス様とエイガーを見つめていると、クレインが優しく声をかけてくれた。
「妃殿下は昼食がまだですよね。殿下が目覚めたら、お声がけしますので、お部屋に戻ってお待ちくださいませ。」
「有り難う。お願いね。」
護衛のカールセンに付き添われて、一旦自室に戻った。
「妃殿下どうされたのですっ。目が真っ赤ですよっ。」
「え?そう?そんなに?」
侍女のマイは目ざとい。
「さあ、目を冷やしますから、ベッドで横になって下さいませ。」
昼食の後、マイが目を濡れタオルで冷やしてくれている間、目を閉じていた。
ひんやりして気持ち良い。
「妃殿下、クレイン殿がお呼びです。いつでも良いとの事です。」
マイに声をかけられて、ハッとした。
いつの間にか眠っていたようで、気付けば二時間程経っていた。
急いで身なりを整えて、グレーシス様の部屋へ向かう。
入室して、グレーシス様のベッドに、ゆっくりと腰を下ろした。
「グレーシス様、お加減はいかがですか?」
ベッドで目を閉じていた黒豹姿のグレーシス様が、頭を上げて、こちらに顔を向けた。
「大丈夫だ。済まない、嫌な所を見せてしまったな。リーリスなら絶対治療してくれると信じていた。」
「ええ、約束しましたものね。」
グレーシス様の頭部を包むように抱き締めて、頭頂部に頬擦りした。
「でも、とても怖かったです。」
「済まなかった。」
慰めようとしているのか、グレーシス様の大きな前足が片方だけ、私の膝にポフンと乗せられた。
子どもを庇って感染したのは仕方がないのに、私が不安がるせいで、気を遣わせてしまった。
腕を緩めてから、グレーシス様の顔をそっと両手で包んで、黄色い瞳と目を合わせた。
「グレーシス様は何も悪くないのに、謝らせてしまってご免なさい。この際、ゆっくり休んで下さいね。食事介助は私がしますから。」
そう言うと、眩しそうに目を細められた。
「有り難う。では任務は諦めてリーリスに甘えるとしようか。」
グレーシス様は私の膝に頭を乗せると、目を閉じてグルル……と猫みたいに喉を鳴らし始めた。
ネコ科だから猫と同じ感覚なのかしら?
「心地好いのですか?」
「ああ。」
目を閉じたまま返事をするグレーシス様。
顎の下を撫でてみると、更に心地好さそうに目を細めてグルグルと喉を鳴らしている。
なんて可愛らしいのかしら。グレーシス様の可愛らしい所をまた見つけてしまったわ。
「どうしましょう、ずっと撫でていられます。」
「いくら撫でてくれても構わない。」
お許しが出たので、思う存分ナデナデした。
早く回復して元気になって欲しい。
でも、ヒト型に戻れば黒豹を撫でられなくなってしまう。
それは少し、惜しい気がしてしまうのだった。




