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獣人王子と癒し手王女の政略婚  作者: アシコシツヨシ


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71 治療初日前編

今日から治療が始まる。

「妃殿下、いよいよですね。」

「ええ、頑張りましょうね。」


療養所に行く三十分前、クレインと共に王宮内にある庭園へ行き、自然エネルギーを吸収した。


ホーウル王国の中心にある湖から、西側の商業地区に、狂気病患者を収容する療養所がある。

大体馬車で、五分くらいの場所だった。


「患者は百四十名程で、毎日二十名前後が運ばれて来ます。」

コリーニ殿下はそう言うと、大部屋の扉を開けてくれた。


「患者は運ばれた日付け順に並べています。分かるように腕にタグも付けました。こちらの扉に近い者が昨日、後ろの扉に近い患者は、七日目になります。」


一畳程のマットに、様々な種類のイヌ科動物が、矢を突き立てられたまま、眠っている。

「妃殿下!?」


運ばれて七日目になる患者の状態が、あまりにも酷かったので、クレイン達に断りを入れるのも忘れて、思わず駆け寄った。


臀部には十以上の矢を刺した(あと)があり、酷く痩せこけて、瀕死だった。

背中を触っても治る力は感じられず、絶望して声が震えた。


「狂気病になると、こんなにも痩せてしまうの?」

「いえ、ただ何も口にしていないだけです。矢を止めると暴れますので。」


癒し手は不具合が起きた身体に対して、健康な状態に戻ろうとする力を助ける効果がある。


けれど、食事や水分を取れず飢餓状態になったり、脱水症状になる事で起きる不調は、栄養を補うしかなく、癒し手は使えないし、体力が無くては、治る力がそもそも育たない。


治る力があれば、癒し手は勿論するけれど、飢餓で衰弱するのを防ぐ事も、同時にしなければならない。


「クレイン、何とかして栄養を与える方法は無いの?」

「リーリス妃、貴女は医者でも無いのにクレイン殿に意見する資格など―――――」


コリーニ殿下が私を嗜めようとするのを、クレインが無視して答えた。


「そうですね、栄養を強制的に胃に流す方法があります。一度に大量には与えられませんが、何も与えないよりは良い筈です。ただ、人手も準備も必要です。」


「コリーニ殿下、栄養を与える為に、人員と物資の確保をして貰えないでしょうか?」


私がお願いすると、顔をしかめられた。


「助手の貴女に言われても説得力に欠けます。クレイン殿が必要と言うならば、準備しますが。」


「必要です。手伝いの人員は出来れば腕力のある者と医者を。必要な物資はメモしますので、私達が患者の治療をしている間に準備をお願いしたい。いかがでしょうか?」


「分かりました。メモを貰えれば、直ちに準備します。」

医師のクレインが説得してくれたお陰で、これ以上の衰弱を止める目処は立った。


コリーニ殿下は人員と物資の確保の為、王宮に戻り、護衛は外で待機してくれている。


部屋には私とクレインだけ。

言いたくない。

けれど、口にしなければならない。


「七日目の患者には力が何も残っていないの。それに、六日目と五日目の患者も。もう、助けられない……。」


今迄は背中を触らなければ分からなかった。それなのに今回は、何故か瞬間的に分かってしまった。


「そうでしょうね。」

クレインが、私の示した患者の脈や、呼吸を確認した。


「飲まず食わずで生命を維持出来るギリギリのラインは、五日~七日程と考えられています。短くて三日。彼らはとうに限界だったのです。楽に逝かせてやるべきでしょう。」


無力感に苛まれる中、クレインは更に言った。


「今後毎日患者は運ばれて来るでしょう。ですから、今回は確実に力が残っている一日目の患者から治療し、治療出来る人数に余裕があれば、二日目以降の患者を治療しましょう。」


今回、私が一日に出来る癒し手の人数は二十名。

新しく運ばれた患者が二十名以内ならば他の日に運ばれた患者の治療も可能になる。


でも、二十名以上運ばれたら、治療出来なかった患者は、どんどん先送りになってしまう。


「それだとここに居る二日目以降の患者は……。」

「最悪、見捨てる事になります。」

「そんな!」


四日目迄は、まだ何とか治る力があるのに。


「ここに七日目までの患者しか居ないのは、八日目で睡眠矢が致死量になるからです。癒し手をしてもヒト型に戻るまで、矢は刺し続けなければなりません。ヒト型に戻るまで早くて三日、遅くて五日だとしたら、猶予は最悪二日です。それ以降は個体差によりますが、致死量に達する可能性があります。」


睡眠矢に致死量があるなんて知らなかった。

クレインの説明だと、三日目以降の患者は癒し手をしても、ヒト型に戻るまでに矢で、致死量に達してしまう。


「ねぇ、矢を刺すのは、癒し手で治っているのか確認出来ないから、と言う理由だったと思うの。でも、ハーレンス殿下達で治っているのは証明されたでしょう。それなら矢は必要無いのではないかしら。」


疑問を口にするとクレインは、ピクッと獣耳を動かして、驚いたように目を見開いた。


「……確かに。試してみる価値はありますね。治療した患者の矢を抜いて意識が戻った時、自我が保てるならば、四日目の患者から治療しても問題ありませんし、無理矢理栄養を投与しなければならない患者も減りますね。」


「そうなれば一番良いのだけど、今日は四日目の患者から癒し手をしてみて、もし彼らが矢を抜いて暴れるなら、明日からは、一日目の患者に癒し手をするわ。」


矢を抜いて暴れるならば、クレインの言ったように、最悪見捨てる覚悟もしなければならない。


「分かりました。コリーニ殿下には、治療した患者の矢を抜く提案をしてみます。」


運ばれて四日目の、治る力が僅かに残っている患者の背中を撫でて、癒し手を施す。

今日しなければ、明日には治る力が無くなってしまうかもしれない。


「大丈夫、大丈夫。」


衰弱しているせいで力の育ちが悪い。

いつもよりも多く自然エネルギーを消耗する。


もう大丈夫、と確信出来る瞬間が来るまで続けて、何とか確信出来るまでになった。


ゆっくり患者の背中から手を離す。

次の患者もその次の患者も力は弱い。


結局午前中は、十名しか癒し手を施せなかった。


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