70 客室
決闘が終わり、私とグレーシス様は、用意された部屋の前に着いた。
「グレーシス様と部屋が別、なのですね。」
用意される客室はダブルルームだと、勝手に思い込んでいた。
「本来なら一緒だろうが、ハーレンス達の例があるからな。万が一、どちらかが感染しても移さないように、夫婦でも部屋は別に用意されている。仕方ないが、任務が終わるまでは、食事も寝るのも別、と言うことだ。」
感染者に接触する以上、感染の可能性はゼロでは無い。狂気病は傷や粘膜、唾液から感染すると言われている。
もし感染していたとしても、発症まで自覚症状が無いから、直ぐには分からない。
「感染対策なら仕方ないですね。」
明日から本格的に任務が始まる。
どんなに忙しくてもグレーシス様は早朝の自主訓練を欠かさない。
だから、早く休んだ方が良いのは分かっている。
でも、このまま部屋に入ってしまえば、任務が終わるまで、一緒に過ごせない。
部屋に入ろうとするグレーシス様のマントを握って、思わず引き留めていた。
「どうした?」
振り返るグレーシス様を、遠慮がちに見上げた。
「今日はまだ、感染の危険はありません。だから、一緒に居たいです。駄目、ですか?」
ピコッとグレーシス様の獣耳が動いた。
「いや、むしろ大歓迎だ。そもそも風呂に入ってから訪ねようと思っていたし、夕食も一緒にと考えていた。」
グレーシス様も同じ気持ちでいてくれたみたいで嬉しい。
「では私の部屋にグレーシス様の夕食を用意して貰うよう、侍女のマイに言っておきますね。」
「ああ、そうしてくれ。侍女のメイにも伝えておく。」
お風呂に入ってから再び会う約束をして、部屋に入った。
用意された部屋はシングルルームだと思っていたけれど、ベッドは二人でも充分横になれるダブルサイズほどの広さがあった。
部屋にはテーブルセットやソファーがあって、数人でお茶をするには困らない広さがある。さらに衣装部屋や給湯室、お風呂やトイレなど、設備も整っていた。
もうダブルルームと言って良いのではないかしら?
そう思える程、充実した部屋だった。
早速お風呂に入って準備を終えると、侍女のマイがグレーシス様を呼びに行ってくれた。
「直ぐにいらっしゃるそうです。」
メイを連れて戻ってきたマイは、テーブルに食事の配膳を始めた。
配膳が終わる頃、グレーシス様が部屋にやって来た。
「私に早く会いたかったか?」
グレーシス様が悪戯っぽく笑った。
「はい。とても。」
素直にそう思っていたので、駆け寄ってハグをした。
「そんな事をされたら離したくなくなるが、食事にしようか。」
「そうですね。」
グレーシス様と向かい合って席に着く。
「客室は思ったより広いな。ベッドもダブルサイズだし、これならリーリスと一緒にベッドを共用出来る。」
「そうですね。いつもの夜みたいでホッとします。グレーシス様との共寝は心地が良いので。」
恥ずかしさはあるけれど、包まれる安心感が気に入っている。
「……そうだな、私もリーリスを抱えて寝ないと、物足りない。」
会話を楽しみながら夕食を食べた。
食後の紅茶も飲み終えると、マイとメイは素早く片付けを終わらせた。
「では、ご用の際はベルでお呼び下さいませ。」
二人は気を利かせて、早々に部屋を出て行った。
「ベッドで寛ぐか。」
「そうですね。」
ベッドに移動して、並んで座った。
先ほどまで着ていた上着を脱いで、ラフな寝間着姿になったグレーシス様は、首回りのボタンを寛げている事が多い。
チラリと見える鎖骨や素肌に色気を感じて、未だにドキドキして見慣れない。
「リーリス達は湖の西にある療養所へ行くのだったな。」
グレーシス様が思い出したように言った。
「はい、コリーニ殿下が案内してくれる予定です。治療の担当らしくて、色々手伝って頂けるそうです。」
「そうか、アイツの背中に抱き付くのは、アレで最後にして欲しいものだな。」
グレーシス様が言っているのは、オオカミ姿になったコリーニ殿下の背中にやむを得ず乗って、闘技場へ連れて行って貰った時の事だと思うのだけれど……。
「抱き付くなんて誤解です。落ちないよう必死に掴まっていただけで、凄く怖かったのですよ。もう二度と乗りたくありません。」
むうっと頬を膨らませると、頬を指で挟まれてフッと笑われた。
「それなら良い。」
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
「残念だが明日も早い。そろそろ休んだ方が良いな。」
時計は深夜零時を越えていた。
グレーシス様は毎朝五時頃起きるから、確実に寝不足になってしまう。
「そうですね。早く寝ないと。」
二人で向かい合って横になった。
明日から当分こんな風に過ごせない。少しでも長くくっついていたくなった。
片腕をグレーシス様の背中に回して抱き付くと胸板に頬をすり寄せた。
いくらスリスリしても、何だか物足りない。
しがみつくように、ぎゅうぎゅう抱き付いた。
「……不安、なのか?」
戸惑うようなグレーシス様の声に首を振った。
「明日から頑張る為に、グレーシス様を補給したいなって。」
「……その気持ちは分かる。」
グレーシス様も腕を回して抱き締めてくれた。
やっぱり、いくらくっついても全然足りない気がする。
「もう、いっそのこと、グレーシス様と一つになれたらいいのに。」
グレーシス様の胸板に頬を付けたまま、思わず心の声が洩れてしまった。
「……一つに、とは?」
グレーシス様の、喉の鳴る音が聞こえた気がした。
「何だか抱き付いても足りない気がして、このまま体ごと吸収されてしまいたいなって。」
出来るだけ、ぴとっ。と、グレーシス様にくっついた。
「なんだ……物理的な意味か……。」
ふーっと長い息を吐いたグレーシス様の、抱き締める腕に力が入った。
「今度は私がリーリスを補給する番だ。」
見上げると、シャンパンのような黄色い瞳と目が合って、魅惑的に微笑まれた。
チュッとリップ音をさせながら、おでこ、目尻、頬の順に口づけされる。
唇にもチュッと。
今度は啄むように何度か。
その後は少し押し付けるように長く。
さらにハムッと食べる様に。
息つく暇もなく何度も唇にキスの雨が降ってくる。
「……っ、グレーシス様っ、早く寝た方が……。」
片腕はグレーシス様の背中に回していたので、手は動かせず、しっかりと抱き込まれて、されるがまま身動きが取れない。
何とか息つく隙を見て訴えると、ピタリと止まったグレーシス様が、困った顔を見せた。
「そうなんだが、まだ補給し足りないらしい。もう少しだけ。」
「んんんっ…………!?」
全然少しじゃなかった。
その後、ぐっすり眠れる、訳がなかった。




