7 朝食にて
何も起こらなかった初夜の翌朝、身支度を済ませてから私室を出ると、専属護衛騎士として紹介された二人の内の一人、確かライオンの獣人サンセ。が扉脇に控えていた。
「おはようございます、リーリス妃殿下。」
「おはよう、サンセ。私は王太子妃程の立場ではないでしょう?邸の中まで護衛する必要は無いと思うのだけれど。」
王太子妃は次期王妃なので、如何なる時も専属護衛を付けるのは分かる。が、外出するでもない第三王子の妻にまで護衛騎士を、しかも国王直属である王国騎士団の騎士を専属で付けるのは、騎士の無駄遣いでは?と思っての発言だった。
「確かにおっしゃる通りですが、妃殿下は人間ですので、いつ狙われるか分かりません。グレーシス殿下がいない間はお守りするように国王命令が出ておりますので、ご容赦下さいませ。」
人間は狙われる、その言葉だけで人間がいかに獣人から怨みを買っているかが分かる。
「そう、国王命令ならば仕方ないわね。」
護衛騎士サンセと共に食堂へ行く。
食堂のテーブルには食事が一人分しか用意されていない。
給仕をするドルフに尋ねた。
「グレーシス殿下の食事は?」
「グレーシス殿下は既に騎士団の詰所に出勤しましたよ。」
「え、もう?」
まだ朝の七時だった。
お見送りもしない妻なんて、私の中にある理想の妻像では無い。
せめてお迎えはしなければ。
「ねえ、ドルフ、グレーシス殿下は普段、どのような生活をされているのか、なるべく詳しく教えて欲しいのだけれど。」
「そうですね、グレーシス殿下は毎朝五時頃起床して鍛練をした後、六時頃に朝食を取られます。七時前には王宮敷地内にある騎士団の詰所に出勤され、お帰りはまちまちですが、早ければ六時頃お帰りになり、夕食は大体六時半頃摂られます。それより遅くなる事もありますし、稀ですが、詰所に泊まる場合もございます。」
「お会いした時から思ってはいたけれど、お忙しいのね。」
それなのに朝五時から鍛練なんて、あの引き締まっていそうな体は、鍛練の賜物なのだろう。
「お帰りになりましたら声をかけさせて頂きます。」
「ええ、お願いね。それと、教えて欲しい事があるの。」
それは魔物肉の事だった。
「セーラン王国に魔物肉を送るのですか?」
「ええ、少しでいいの。お兄様にも食べて頂きたいと思ったの。出来るかしら?」
「前例はありませんが、おそらく可能でしょう。ただ、在庫は料理長に聞かなければ何とも。」
「では料理長に聞いてみるわ。厨房の場所を教えてくださらない?」
「妃殿下が直接厨房へ行く必要はございません。私が聞いておきます。」
ドルフが申し出てくれたが断った。グレーシス殿下が忙しいならば、執事のドルフだって忙しいに決まっている。
「料理長には美味しい食事のお礼も直接言いたと思っていたし、邸内を覚えるついでに厨房へ寄るつもりでいたのだけれど、行っては迷惑かしら。」
「……いえ、妃殿下に対して迷惑など、とんでもございません。」
ドルフの何とも言えない表情にハッと気が付いた。
王族に対して思っていても迷惑なんて言える筈がない。
「ごめんなさい、無理を言ってしまったみたいね。やっぱり厨房へ行くのは止めるわ。昼食か夕食の時にでも料理長に顔を出すように伝えて貰える?」
「無理なんてとんでもございません。料理長には顔を出すように伝えておきますね。」
そう言うドルフの顔は、明らかに安堵の表情だった。