69 騎士の決闘
オオカミの姿に獣化したコリーニ殿下の背中に乗って、王宮の廊下を走り、正面の出入口を通って外に出た。
庭園を抜けて暫く走ると、騎士の詰め所らしき建物が見えて、その近くにある石造りの闘技場へたどり着いた。
どちらにしてもこの距離を歩き、いえ、走り続けるなんて絶対に無理だったので、運んで貰えて良かった。
闘技場はすり鉢状のような形になっていて、全方位に階段状の客席がある。
底にあたる中央に円形の舞台が見える。
舞台のすぐ近くに、他とは違う、特別広い造りの王族専用席があり、グレーシス様とハーレンス殿下が座っているのが見えた。
「妃殿下だ。何故オオカミに乗っているんだ?」
騎士達が注目する中、コリーニ殿下の背に乗って、やっとグレーシス様の所までたどり着いた。
「着きました。」
「有り難うございます。」
ハーレンス殿下が驚いた顔をしている。
「リーリス妃を呼びに行かせたが、まさかコリーニが、背中に乗せるのを許すとはね。」
「リーリス妃が途中で動けなくなったので、仕方がなかったのです。」
伏せのポーズで体勢を低くしてくれたので、急いで背中から降りていると、グレーシス様が素早く手を貸してくれた。
「動けなくなった。とは、どういう事だ?」
オオカミ姿のコリーニ殿下を睨むグレーシス様に、慌てて事情を話した。
「単に私の体力が無かっただけなのです。それで、コリーニ殿下に、ご迷惑をかけてしまいました。」
「急がせたのは私だ。済まなかった。ところで、エイガーはどうしたんだ?」
「クレイン殿に付いて貰いました。」
私が答える前に、コリーニ殿下が口を開いた。
グレーシス様の表情は余り変わらないけれど、尻尾がペシンと地面を打った。
「……クレインの護衛はそちらが是非に。と言うから、信頼して敢えて、我が国の護衛を付けず、リーリスに専属護衛としてエイガーを付けたのだが、どういうつもりだ?」
「クレイン殿には安心して治療に専念して頂きたく、自国の騎士も付いていればリラックス出来るのでは、と思い指示しました。妃殿下は王族の私が一緒ですから、護衛の問題は無いと判断しました。」
淡々と言うコリーニ殿下に、グレーシス様がため息を付いた。
「余計な事を。しかし、クレインと別行動になる可能性を考えていなかった私が甘かった。明日からは、クレインにも護衛を付ける。」
グレーシス様はコリーニ殿下に言うと、思考を切り替えるように私の肩を抱いて、闘技場が見渡せる最前列へ案内してくれた。
「リーリス、我が国の騎士は決闘をする気らしいが、今なら止める事も可能だ。どうする?」
グレーシス様に言われて、闘技場へ目を向けた。
闘技場には木刀を持っている王魔討専部隊のカールセンと、棍棒を持っているホーウル王国の近衛騎士が五名、オオカミ五体に各々乗っている姿が見える。
「あの、カールセンしかいないのですが、一人で十名を相手にするのですか?」
驚いている私を見て、グレーシス様が、フッと笑った。
「カールセンは秒で倒すらしい。」
「そんな……。」
相手だって騎士なのだから、弱い筈がない。
もし怪我をしてしまったら……。出来れば戦って欲しくない。
「心配なら、止めれば良い。」
グレーシス様が、私の背中に手を添えて、言ってくれた。
闘技場で、素振りするカールセンを見る。
毎回、休憩室では紅茶を入れてくれたり、グレーシス様に言いたい放題言う、楽しくて優しい印象のカールセンとは全然違う、真剣な表情をしていた。
きっとこれが騎士、カールセンなのだと、今更ながらに気が付いた。
経緯は分からないけれど、私の為に、こんな不利な状況を受け入れる程の覚悟を持って、自分が傷付く事も恐れずに、戦おうとしてくれている。
それを止めるなんて、失礼な気がした。
一歩踏み出して、舞台に向かって声をかける。
「カールセンっ。」
「はい。」
騎士達の視線が一斉に、私に集中した。
「貴方のカッコいい所が見てみたいわ。頑張って。」
私が出来る事は信じて応援するだけ。
だからニッコリ微笑んだ。
「お任せ下さい。秒で終わらせます。」
カールセンが、一瞬目を見開いた後、良い笑顔を返してくれた。
「「「うあああああっ!!」」」
味方の騎士達が頭を抱えて唸り出したので、この決闘が余程絶望的なのか、不安になった。
「マジで秒じゃないと許さねえから!」
「お前より俺の方が、格好いい所見せれるし。」
「秒で殺られろ。そしたら俺が出る!」
何故か、味方の騎士達が敵の騎士達よりも、激しくカールセンに野次を飛ばし始めた。
ホーウル王国の騎士達が、ドン引きしている。
「皆、どうしてしまったのでしょう?」
「アレがアイツらなりの応援だ。問題無い。」
グレーシス様が席に座った。
「私は止めてくれると期待していたのですがね。」
いつの間にか、ヒト型になって服を着たコリーニ殿下に、ため息を吐かれてしまった。
「初めはそのつもりだったのですが……申し訳ありません。」
言ってしまった手前、謝るしか出来ない。
「コリーニ、分かってないな。今のはリーリス妃が正しい。一気に士気が上がったのが、その証拠だよ。彼らは明日も頑張ってくれるだろう。我らの近衛騎士もな。実に面白い。」
「兄上……これは遊びではないのです。」
楽しそうなハーレンス殿下に対して、コリーニ殿下は、ため息を吐いていた。
「さあ始まるぞ。」
グレーシス様に手を引かれて、隣に座った。
固唾を飲んで、決闘を見守る。
ルールは、カールセンが敵全員に一撃入れる。または、オオカミに乗っている騎士を全員落としたら勝ち。
一撃でも貰ったら、カールセンの負け。
持っていた武器を落とすのも、負けとなる。
始めの合図と同時に、カールセンが素早くオオカミの後ろに回り込む。
他のオオカミに乗った騎士達が応援に来る前に、カールセンが、狙いを定めたオオカミの後ろ足に、一撃入れた。
更に、痛みでバランスを崩したオオカミの上に乗った騎士の手首を撃ち、先ず二名を負かした。
騎士が槍に見立てた棍棒を使うのに対して、カールセンは短い木刀だった。
けれど、リーチをものともせずに、素早い動きで相手の懐に入り込み、手首やオオカミの足首に木刀を打ち込む。
オオカミも動きは早い。
でも、カールセンの方が俊敏で跳躍力もある。
相手はカールセンの動きに対応出来ず、次々と打ち込まれ、一分しない間に、カールセンが完全勝利を納めた。
「くっそ……嘘だろう?手も足も出せないとは……速すぎだろう。」
ホーウル王国の騎士は完敗を実感したのか、項垂れていた。
「グレーシス様、カールセンの元へ行っても宜しいですか?」
「待て。呼んでやる。」
グレーシス様が闘技場へ声をかけた。
「カールセン、ここへ来い。」
「はい。」
グレーシス様に呼ばれて、闘技場にいるカールセンが直ぐに席までやって来た。
決闘が終わった直後なのに、涼しい顔をしている。
けれど、額には汗が流れていた。
「部隊長なんでしょうか。」
「リーリスから、労いの言葉があるそうだ。」
グレーシス様には、私が何をしたいかが、直ぐに分かってしまうらしい。
「光栄です。」
カールセンが私の前に跪いたので、カールセンに近づいた。
「カールセン、顔を上げて貰える?」
「?はい。」
少し屈んでハンカチを取り出し、カールセンの顔に流れる汗をそっとぬぐった。
「……っ、妃殿下!?」
「お疲れ様カールセン、とても格好良かったわ。私の為に有り難う。怪我がなくて良かった。」
ホッとして微笑んだ。
カールセンが一瞬、固まったみたいに止まった気がしたけれど、直ぐにフッと笑った。
「勿体無いお言葉です。今回の行動は軽率でした。以後、気を付けます。」
カールセンの言葉に、グレーシス様が反応した。
「そうだ、大いに気を付けろ。只でさえ騎士は心配させているんだ。これ以上無駄に心配させる事は控えろ。」
「分かりました。」
グレーシス様が、カールセンの肩に手を置いた。
「まあ、今回は良くやった。が、私なら三十秒で倒せる。」
グレーシス様の言葉を聞いた騎士達が、凄い勢いで同意し始めた。
「あれは、ほぼ分であって秒とは言えない」とか「俺ならもっと華麗に殺れる」とか何とか。
カールセンが、やれやれと立ち上がった。
「俺が妃殿下に褒められたからって張り合わないで下さいよ。部隊長が最強なのは充分、分かっていますし、妃殿下にとって最も格好良いのが部隊長なのは、分かりきっているでしょう。」
「カールセン!?」
それはそうだけれど、自分で言うのと他者から指摘されるのは、恥ずかしさが違う。
「まあな。が、私は心が狭いらしい。」
「あ―――……そうですね。自覚してたんですね。で、改善する気も無いと。」
カールセンは、グレーシス様に遠慮がない。グレーシス様も咎めない。
「なくはないがな。」
グレーシス様はフッと笑ってから、真面目な顔になって、応援席で座っていた騎士達に視線を向けた。
ほぼ同時に、騎士達が一斉に立ち上がって整列した。
何故か、別の場所に居たホーウル王国の騎士達も立ち上がった。
「リーリスが原因となってしまったのは頂けないが、この決闘は良い予行演習になっただろう。今日は理性のある相手だったが、明日は暴走した相手だ。しかし、我々が普段対峙している魔物に比べれば、可愛らしいものだろう。が、油断は出来ない。我々と違ってイヌは持久力がある。長引けば体力を削られて不利だ。力は加減しつつ、対峙した瞬間に仕留めろ。分かったな。」
「「「はっ!」」」
王魔討専部隊の騎士達が、バッと一斉に敬礼した。
騎士達の頼もしい姿を見て、命を掛けてくれる彼らに見合う事なんて、まだまだ出来ていない気がした。
私が出来るのは癒し手だけ。
決して万能では無いけれど、皆と帰る為に、私も頑張るから。
心の中で彼らに誓った。




