67 ハミュール国王陛下に謁見
謁見の間に案内される前に、待合室でハーレンス殿下より説明を受けた。
「父上の意向により謁見の間へは、順番に案内する。先ず最初に、私がクレイン殿を案内し、その後は我が国の騎士がグレーシスとその部下、次いでカータンスとその部下、最後にリーリス妃の順で案内する。」
「何故夫婦が別々なんだ。」
「父上に何かお考えがあるのだろう、としか言えない。」
グレーシス様の不満に、ハーレンス殿下は詳しい理由について答えなかった。
「リーリス妃殿下、謁見の間にご案内致します。」
最後、一人だけ残った待合室に、騎士が呼びに来た。
謁見の間の扉が開かれ、入口から奥の高座にある玉座まで、細長い赤色の絨毯が、一直線に伸びている。
その上を歩いて、玉座に座っているホーウル王国国王陛下の前まで行く。
先に謁見した方達が左右に避けて中央を開けたので、玉座の真正面に跪いた。
事前に聞いた情報によると、確か名前はハミュール国王陛下。
確かハイイロオオカミの獣人だった。
ハミュール国王陛下は銀髪で、エメラルドグリーンの瞳をしていた。ふくよかで大きな体に、ピンと立った獣耳と、フサフサした尻尾が何とも愛らしい。
一見、おおらかで優しそうに見える。
けれど、どこか底の知れない雰囲気を醸し出していた。
「楽にせよ。リーリスとは、そなただな。」
「はい、テナール王国第三王子グレーシス殿下の妻、リーリスにございます。お会い出来て光栄でございます。」
立ち上がって敬意を示す淑女の礼をした。
「ほう、随分とこれはまた。リロイは余程そなたを案じているようだのぅ。」
ハミュール国王陛下はチラリと書状に目を向けた。
テナール王国から要請に応じるにあたって、連携が取れるよう事前に全員の要望を聞いて、まとめた内容をリロイ国王陛下が書状で送る、と言っていた。
きっとアレがその書状なのだろう。
「勿体ない事でございます。」
「それにその花、ハイヤー王国の国花だな?送り主はカータンスか?」
ハミュール国王陛下が、カータンス殿下に目を向けた。
「はい、建国祭で随分と世話になりましたので、ほんの感謝を示したまでです。」
「ほう、感謝とな。一体どうしたら国花を送られる程になるのかのぅ。」
ハミュール国王陛下が、まじまじと観察するように見つめて来る。
ただ、一時的に熱中症の看病をしただけです。と言っても良いのかしら?
カータンス殿下が詳しく言わないのなら、黙っておくべきよね。
「リーリスが、我が国を害する為に来た訳では無い事は分かった。が、我が国の存在は人間に知らせるつもりはない。例え家族でも、ヒト族に明かさないように。また、くれぐれも差別的言動には気をつけて貰いたい。のぅ?」
のぅ?と言ったハミュール国王陛下の眼光が背筋が凍るほど怖い。
明らかな敵意を感じて、謁見の間全体の空気が凍り付いたような気さえした。
落ち着くのよ、私は王族。淑女として微笑みを絶やしてはならないわ。
自分に言い聞かせて呼吸を整える。
ハミュール国王陛下の愛らしい獣耳と尻尾姿に目を向けると、少し癒されて気持ちを立て直せた。
「ホーウル王国の事は秘密に致しますし、治療の為にも、皆様とより良い関係を築けるよう善処致します。」
淑女として、笑みを絶やさないよう努める。
「それは良い心がけだのぅ。」
ハミュール国王陛下が、穏やかな表情に戻ったので、心の中で安堵した。
「グレーシス、面白い妻を迎えたのぅ、随分大事にしているらしいではないか。」
「はい。誰にも変えがたい存在です。それに、感染の危険を知りながら、ホーウル王国で、クレインの助手をする決意をした妻の心意気に、嘘はありません。」
「それは認めよう。リーリス、我が国の為に是非とも宜しく頼む。のぅ?」
「はい、全力を尽くす所存でございます。」
ハミュール国王陛下は、にっこりと微笑んで、大きく頷くと、ハーレンス殿下に目を向けた。
「ハーレンス、皆が存分に力を発揮出来るよう尽くし、狂気病の終息に力を注げ。」
「はい。お任せくださいませ。」
「済まないが感染防止の為、歓迎の夜会は開かず、食事も部屋に運ばせる。病気が終息するまで我慢して欲しい。本日はゆっくり休んで明日に備えてくれ。」
「「「はっ。」」」
無事、謁見が終了した。
「クレイン殿とリーリス妃は、明日から、湖の西にある、患者の収容所に向かって貰いたい。案内は私の兄弟で、第二王子のコリーニに任せている。」
ハーレンス殿下はそう言って、隣にいる騎士服を纏った獣人男性の肩を叩いた。
先ほど、謁見の間に案内してくれた男性だった。
「ホーウル王国第二王子のコリーニです。治療に必要な準備は全て対応致します。何でも相談してください。」
コリーニ殿下はハーレンス殿下と同じ銀髪で、ウルフカットのハーレンス殿下に比べて、髪は襟よりも短い。
瞳は水色で、ハーレンス殿下に似て、ハッキリした目鼻立ちに、頑丈そうな体つきをしている。
ハーレンス殿下が全員に告げた。
「これから治療組はコリーニと、現地組は私と各々別室で、明日の詳細について話し合う。」
私とクレインはコリーニ殿下と、グレーシス様とカータンス殿下はハーレンス殿下と、各国の騎士達はホーウル王国の騎士に案内され、各々別室へ移動となった。
「また後で。」
「はい。」
グレーシス様と去り際の一瞬だけ、互いの指を絡めてから別れた。
治療組の私達は、早速案内された部屋で、コリーニ殿下と話し合いを始めた。
私達の要望は、事前に書状で伝えていたので、その内容を確認され、他に要望がないか希望を聞かれるだけで、直ぐに話し合いは終了した。
「では、明日までに出来る準備は整えておきます。何も無いようでしたら私はこれで失礼します。お部屋の準備が出来次第、侍従が案内しますので、暫く此方でお待ち下さい。」
コリーニ殿下は部屋を去り、同時にイヌ耳侍女がやって来て、紅茶を入れてくれた。
「有り難う。」
「へ?あ、はい。」
言葉をかけられるとは思っていなかったらしく、物凄く驚かれた。
侍女は紅茶を入れると、直ぐに部屋を去って行ったので、部屋には私とクレインだけになった。
突然、クレインが頭を抱えて唸った。
「ああ参った。国王には直々に感謝されるし、先々では尊敬の眼差しを向けられる。私じゃなくて妃殿下なのに!と何度言いたくなった事か。」
「ごめんなさいね。クレイン、嫌な役をさせて。」
「いえ、こうなる事自体は予想の範囲内なので構わないのです。嫌なのは、妃殿下が冷遇される事です。我々獣人は感情に敏感で、悪意があるのか好意なのか、直ぐに読み取れます。それなのに、人間代表としてストレスを発散させる為に、妃殿下を悪者にしておきたいのです。なんて愚かなんだ、と腹が立ちます。」
クレインのあまり動かない尻尾が、珍しく何度も床を叩いている。
「私の為に怒ってくれて有り難う。不謹慎かもしれないけれど、大切に思われているんだって実感出来て、嬉しく思ってしまったわ。」
「冷遇されないと私達の思いが妃殿下に伝わらないなんて、まだまだですね。」
クレインに、盛大なため息をつかれてしまったので、慌ててしまった。
「違うのよ。ちゃんと思われているのは分かっているのよ。でも、再確認したと言うかね。」
「ええ、ええ、分かっておりますよ。」
クスクスとクレインに笑われてしまった。どうやら、からかわれたらしい。
「クレインったら……。いつも有り難う。本当に有り難う。凄く有り難う。」
「ちょっと、お待ちください妃殿下、急に何ですか。」
クレインが、少し照れて赤くなっているので、思わず、ふふっと笑ってしまった。
「何だか言い足りなくて。」
「感謝したいのは私の方です。救えない筈の命が救える妃殿下の奇跡に立ち合えて、医師として、微力ながら手伝える事が幸せなのですから。」
「そう言って貰えて嬉しいわ。明日からも宜しくね。」
「こちらこそ。」
互いに握手をかわして、前よりも絆が深まった気がした。




