66 ホーウル王国到着
午前十時頃、テナール王国を出発してから、ずっと眼下には森が続いていたのに、急に開けた平地が現れた。
「あれがイヌ科獣人の国、ホーウル王国だ。」
カータンス殿下の指差した方に目を向けた。
平地の中心には大きな湖があり、その直ぐ南側に王宮らしい広大な庭園と宮殿が見える。
「湖に近い東側は貴族階級の邸宅街や高級店、西側は商店街、劇場等の商業地区、北側は平民の住宅街と区分けがされている。」
カータンス殿下が説明してくれた。
中心街の外側は広大な農地が広がり、森との境界には全方位に魔物避けの高い壁が建てられている。
「そろそろ着陸だ。」
少しずつ高度が下がって、軽い衝撃はあったけれど、無事ホーウル王国にたどり着いた。
降り立った場所は、石造りの王宮が近くに見える広場だった。
きっと、馬車の停車場として使われているのだろう。
広場にはハーレンス殿下を中心に、多くのイヌ化獣人の騎士達や、侍従が整列して待っていた。
「ハイヤー王国のカータンス王太子殿下と近衛騎士の皆様――――。」
箱から出ると名前を呼ばれるらしい。
「王宮医師のクレイン殿、そして、テナール王国、王国騎士団の皆様――――。」
先に箱から出たクレインに、ハーレンス殿下が駆け寄って行く姿が見えた。
「貴方が王宮医師のクレイン殿ですね。私や妻、護衛の命を救って頂き、感謝致します。そして、治療の為に我が国へ来て下さり、本当に有り難うございます。」
「とんでもございません。」
首を振るクレインに対して、待機していた騎士や侍従全員が跪き、敬意の眼差しで見つめている姿が窓から見えた。
「テナール王国の第三王子グレーシス殿下と、妻のリーリス妃殿下――――。」
グレーシス様にエスコートされて箱から外へ出ると、名前が呼ばれた。
クレインと違って、私を見るホーウル王国の騎士や侍従から、軽蔑するような冷たい視線が向けられる。
歓迎されていない事実を受け止めながら、目の前に並んでいるイヌ科獣人を見た。
ネコ科獣人と違ってイヌ科獣人の獣耳と尻尾はまた違った愛らしさがある。触り心地も良さそう。
マイナスイメージならば、後はプラスになるだけ。
今回の任務を機に、是非仲良くなりたいわ。
そう思いながら、淑女らしくホーウル王国の皆さんに微笑んで礼をした。
「「「………っ!」」」
一瞬、ホーウル王国の皆さんの目が驚きに満ちたように見開かれた。
何か作法を間違えたかしら?
チラリとグレーシス様を窺うと、ポンポンと背中を撫でられた。
これはきっと大丈夫って事よね。
直ぐに、私達の前にハーレンス殿下がやって来た。
「グレーシス、要請に応じてくれた事、感謝するよ。建国祭では君にも迷惑をかけたね。」
「全くだ。」
「君は相変わらずだね。」
ハーレンス殿下は苦笑した後、私に目を向けた。
「おや、人間に要請は出していない筈だよ。直ちにお帰り頂きたいのだが?」
笑顔で小首を傾げてきた。
まあ、男性がこの仕草をしても可愛らしいなんて、知らなかったわ。なんて思っていると、グレーシス様が私の肩を抱いてニヤリと笑った。
何だか悪い顔をしていらっしゃる?
「ほう、リーリスに帰れと。それは良い。皆、聞いたな。全員帰還だ。」
「「「はっ。」」」
グレーシス様が王魔討専部隊に視線を向けると、皆から、すこぶる良い返事が返ってきた。
え?いいの?今来たばかりなのに?確かに私は帰るよう言われたけれど、皆は言われていないのでは?
戸惑う私を再び箱に戻そうと、ハーレンス殿下に背を向けて、私をエスコートするグレーシス様。
「待て、グレーシス。何故、彼女ごときで全員帰還させる。意味が分からない。」
グレーシス様がピタリと止まって、ハーレンス殿下に視線を向けた。
「リーリスを、ごとき、だと?そう言ったのか?ハーレンス。」
今、目の前にしているのはハーレンス殿下であって、魔物ではありませんよ。
そう指摘したくなるほど、グレーシス様は無表情で、冷たい空気を纏いながら口を開いた。
「治療については王家の秘匿事項だから言えないが、今回は王宮医師とリーリスがセットである必要がある。片方だけここに残しても、治療出来ない。治せない患者をわざわざ我々が気を遣って、怪我を最小限にする必要もない。患者の暴走を止めるだけなら、カータンスの部下達で充分だ。致死量を気にせず、上から雨のように睡眠矢をぶち込めば、一気に片が付く。つまり、我々のやる事は無い。なら、ここに居る意味がない。それだけだ。」
「そういう訳だから宜しく。」
部隊長補佐のエイガーが満面の笑みで、ハイヤー王国の騎士の肩に、手をポンと乗せた。
「宜しくと言われても………。」
ハイヤー王国の騎士は困り顔で、カータンス殿下に目を向けている。
「無視しろ。事前に書状で入国者の詳細は伝えてある。協力に来た者を帰したり、要請を断るなんてあり得ない。ハーレンスとグレーシスは、分かった上で言っているんだ。イヌとネコの冗談に付き合ってやる必要は無い。」
カータンス殿下が呆れたように、ハーレンス殿下を見た。
「全く、好きな子に意地悪する少年か。妻がいる二十五歳の男として、その言動はどうかと思うぞ。」
ハーレンス殿下の片方の頬がピクリと痙攣したように動いた。
「誰が……」
ハーレンス殿下を無視して、カータンス殿下はグレーシス様の方を向いた。
「グレーシスもだ。冗談と分かっていて、あわよくばと本気で帰ろうとするな。要請を受け入れた以上、任務が終わるまで帰れない。分かっているだろう。」
「ああ、だが、冗談でもリーリスに対する発言が許せなくて。つい、な。」
グレーシス様がハーレンス殿下に、チラリと視線を向けると、何故かハーレンス殿下は、降参するみたいに両手を上げた。
「リーリス妃、悪かった。冗談とはいえ言いすぎたよ。」
「いえ、私は気にしておりませんので、お気になさらず。」
むしろハーレンス殿下の近衛騎士達が険しい顔つきで、こちらを見ている方が気になる。
余程私が気に入らないのかしら?
「ああ、彼等の態度は君に対してではないから、気にしないで。」
ハーレンス殿下は私の感情を察して、そう言ってくれた。
では、一体誰に対して?
近衛騎士達の視線を辿れば、グレーシス様ではなさそう。
後ろ?
振り向いて我が国の騎士達に目を向けた。
騎士達は到着した時と変わらず、普通にキチンと真面目な表情で整列している。
友好的な風にも見えて、警戒される態度ではない。
首を傾げて、再びハーレンス殿下の近衛騎士達を見ると、いつの間にか普通の表情になって、警戒が解かれていた。
「挨拶もした事だし、そろそろ謁見の間に案内しよう。」
ハーレンス殿下は全員に告げて、歩き出した。
近衛騎士達は一体、何に対して警戒していたのかしら?
結局、真実は分からないままだった。




