62 建国祭
建国祭当日。
午後三時頃から、マイとメイに全身を磨かれ、その後マッサージを念入りに施され、用意されたドレスを身に着けた。
ドレスのデザインは肩口が大きく開いていて、ウエストは細く裾に向かって、ふわりと広がっていた。
髪と瞳がピンク色の、私をイメージしたピンクの薔薇柄が、裾に向かってあしらわれ、実に可愛らしい。
化粧をされ、髪を緩く結わえられて準備は整った。
「ああ、妃殿下、可愛すぎます。普段から可愛らしいのに、これではグレーシス殿下だけじゃなく全獣人を虜に出来ますよ。」
「有り難うマイ。でも言い過ぎよ。全獣人を虜にするのは獣人女性特有の……そう、シェリーお義姉様のような、背が高くて腰は括れているのに、胸やお尻が大きなスタイルの良い方よ。」
貧相、ハーレンス殿下に言われた事を思い出した。
「確かに妃殿下は獣人女性のような色気はありません。ですが、愛らしさは妃殿下がダントツです。誰にも負けません。人形かと見間違うほどの整ったお顔立ちと、美しく玉のような白い肌。心の優しさから溢れる純粋さ、感情に敏感な獣人だからこそ分かる事があるのです。」
「マイの言う通りです。妃殿下を目にすれば、悪印象の人間。と想像していた妃殿下のイメージが崩壊するのは、間違いありません。それほどに愛らしいのです。」
マイとメイが必死に励ましてくれた。
「有り難う。二人のお陰で自信が持てそうだわ。」
「では自信を持つ為に、先ずグレーシス殿下を落としましょう。」
早速メイがグレーシス様を呼びに、続き扉へ向かおうとして、立ち止まった。
続き扉の前に、腕を組んだグレーシス様が既に立っていたのだ。
「グレーシス様、いつの間に?」
と言うか騎士の正装も素敵だけれど、王族の正装姿も素敵過ぎる。
白い上下に金糸の刺繍が袖やエリに施されて、豪華さを演出している。
グレーシス様の端整な顔だちは勿論、艶のある黒髪と獣耳、優雅に動く尻尾、ふとした仕草さえ美しく、思わず見惚れてしまった。
「全獣人を虜にする、なんて聞き捨てならない言葉が聞こえた辺りだな。一応ノックはしたぞ。」
結構前からいらしたのね。
「メイ、先ずは私を落とすと言ったな。」
グレーシス様が私の方に歩を進めながら、メイに視線だけ向けると、メイの獣耳と尻尾がビクリと動いた。
「は、はい。侍女の持てる力を全て出して、妃殿下の愛らしさを、これでもかと引き出せたと自負しております。」
メイは緊張しながらも、しっかりとグレーシス様に向かって、何故か拳を左胸に添え、心臓を捧げるポーズをしている。
私の準備ってそんなに命懸けだったのかしら?
目の前に来たグレーシス様を見上げて、首を傾げた。
「完敗だ。秒で落ちた。今日は夜会で我々の料理は作らない筈だから、二人の夕食に、何でも好きな物を、ベインに作って貰え。せめてもの礼だ。」
「「有り難うございます!」」
マイとメイが凄く幸せそうに、何をリクエストするか話し合っている。
「こんなに愛らしい妻をエスコート出来るなんて幸せだが、心配でもある。これは最後の仕上げだ。」
グレーシス様が目の前に立って、ネックレスを取り出した。
ブリリアンカットを施された大きなイエローダイヤモンドが、プラチナの爪でしっかりと支えられている。
イエローダイヤモンドは、グレーシス様の瞳のように、キラキラと輝いていた。
グレーシス様が目の前に立ったまま、私の首の後ろに手を回して、ネックレスを着けてくれた。
「刺繍のハンカチを貰ったお返しに、と用意していたものだ。普段使いには向かないから、特別な時の為にと思っていた。」
髪止めをくれた時、既に私と夜会に参加する未来を想定して、このネックレスを用意してくれていたのだと気が付いた。
「随分と前から用意して下さっていたのですね。有り難うございます。すごく嬉しいです。」
「喜んで貰えたなら良かった。」
グレーシス様が微笑んで、エスコートする為に腕を出してくれた。
「さあ、本番はこれからだ。私のパートナーとしてダンスを踊ってくれるのだろう?」
「はい。」
私も微笑んで、グレーシス様の腕に掴まり、寄り添うように私室を後にして、夜会会場のホールへと向かった。
王族は、招待客が使うホールの出入口とは別の場所から入場する。
ホールの一般出入口から見て、正面の奥に階段が数段あり、その上は広い踊場になっていて、王族が座る椅子が設置されている。
踊場には扉があり、王族は踊場に直接繋がる扉から入退場して、扉近くに設置された椅子に着席することで、少し高い場所からホール全体を見渡せる仕様になっていた。
テナール王国へ嫁いでから、グレーシス様の妻として公式行事に参加し、大勢の前で姿を見せるのは、この建国祭が初めてだった。
入場順は、グレーシス様と私、フレイル夫妻、ティミラー夫妻、国王夫妻と決まっていたので、私達が最初に入場する。
「グレーシス殿下、剣はお預かり致します。」
「ああ、頼む。」
グレーシス様が、腰のベルトと剣を、宰相のイーサンに預けていた。
「どうも帯剣していないと落ち着かなくてな。王子として夜会に参加する時は剣を持てないから、いつもこうして直前まで持って来て、入場口で預かって貰っているんだ。」
本来、王子は護衛される側だけれど、最も苛酷とされる魔物討伐の前線に立って、誰よりも強くて優しいグレーシス様は、自分を守って誰かが傷つくなんて、例え護衛騎士でも許せないのではないかしら。
だから、剣を持っていないと落ち着かないのかもしれない。
「何だか、グレーシス様らしい気がします。」
「そうか?」
グレーシス様の腕に手を添えて、扉の前に立つと、扉が開かれた。
眩しいシャンデリアの光に照された会場に、グレーシス様と入場すれば、既にホールにいた招待客の視線が一斉に集まる。
グレーシス様に見惚れる女性や、国王陛下から勲章を賜った人間の私を、品定めするような視線を感じる。
弱みを見せない為に、どんな時でも余裕の笑みを絶やしてはならない。
そう教育されてきたので、淑女らしく余裕な感じで笑みを作るつもりだった。
けれど、招待客の獣耳と尻尾姿を見ると、やはり全員漏れなく可愛らしく思えて、思わず普通に微笑んでしまった。
一瞬、全員が目を見開いて、絶句したように見えた。
私の笑顔、そんなに不快だったかしら。
残念な思いで着席した時、隣に座ったグレーシス様が小声で耳打ちしてきた。
「見たか。リーリスの愛らしさに全員戸惑っていたぞ。」
「まさか。ご冗談を。」
それは流石に思い違いだと思った。
舞踏会は、先ず最初の一曲目に国王夫妻が踊り、次の二曲目で王子夫妻が加わって踊る。
その後、三曲目になると招待客が加わり、全員でダンスを踊る。
四曲目になると招待客の挨拶に応じる為、国王夫妻は席に戻るが、王子夫妻は各々ダンスをしたり、社交に勤しんだりと自由に楽しむのが、建国祭の舞踏会らしい。
全員が入場を完了し、最初にリロイ国王陛下が挨拶をして、デニス王妃と最初のダンスを踊り終えた。
「リーリス、次は私達の番だ。」
「はい。いよいよですね。」
お兄様以外の好きな男性とダンスを踊る。その夢が叶う。
ティミラー夫妻やフレイル夫妻の後に続き、グレーシス様にエスコートされて、広間の中央まで歩いた。
互いに向かい合って、右手はグレーシス様の手に重ね、左手はグレーシス様の二の腕辺りに置くと、グレーシス様の右手が私の肩甲骨に密着するように添えられた。
お兄様と踊る時、こんなに近かったかしら?
息使いが聞こえそうな程の近距離に、ドキリとした。
グレーシス様とは毎日ベッドを共用しているし、ハグだってしている。
今より密着している時もあるのに、何故か恥ずかしい。
曲が始まり、グレーシス様の力強い、安心感のあるリードでダンスを踊る。
「リーリス、綺麗だ。」
普段とは違う王子姿の、キラキラしたグレーシス様が目を細める。
一気に心臓を鷲掴みにされた心地がして、体温が上昇していく。
「グレーシス様こそ、素敵です。」
頬を染めて見惚れてしまうのは仕方ない。
だって格好いいのだから。
向けられる沢山の視線が気にならないくらい、互いに見つめ合って踊るダンスは、お兄様の時と全然違う。
胸が高鳴って、嬉しくて幸せで、何曲でも踊りたい気分だった。
「もう一曲踊るか?」
私の心を読んだのか、曲が終わって直ぐにグレーシス様が、再びダンスに誘ってくれた。
「はい。踊りたいです。」
「了解。」
速攻で返事をしたのが可笑しかったらしくて、クスリと笑われてしまった。
セーラン王国では一般的に、同じ相手と二回以上踊ってはならない、と決まっていた。
しかし、テナール王国の場合、番の場合は回数に制限は無く、独身の場合のみ、同じ相手と続けて踊ってはならないのだとか。
「だから私はリーリス以外と踊る気はない。」
「私も。グレーシス様だけが良いです。」
お互いの目を見つめて、微笑み合った。
再び曲が始まると、沢山の招待客が加わって、大勢の中でダンスを踊る。
セーラン王国の夜会でお兄様と踊った後は、いつも上から、参加者がパートナーと楽しそうに踊る姿を、見ているだけしか許されなかった。
ここは祖国ではないけれど、見ているだけしか出来なかった景色の中で、大好きなグレーシス様の為にお洒落をして、ダンスを踊っている。
「こんなに素敵な形で夢が叶うなんて、幸せです。有り難うございます。」
「まだまだだ。これからリーリスの夢を全て実現しよう。」
グレーシス様は、どこまで私を喜ばせるつもりなのかしら。
私だってもっと、グレーシス様を喜ばせたいのに。
嬉しくて涙が出そうになるなんて、初めてだった。




