60 肉祭り後編
「邪魔な奴は去ったし、屋台巡りを再開するとしよう。」
「次のお勧め料理は何ですかね。楽しみです。」
ハーレンス殿下が去って、再びグレーシス様と、ベインお勧めの屋台を回り、美味しい肉料理を堪能した。
「殿下っ!」
お腹が膨れた頃、後ろで声がした。
振り向くと、上から下までローブを纏った男性が三人居て、その内の一人が蹲っている。
「あれはハイヤー王国の王太子、カータンス殿下だ。カンムリクマタカの獣人だが、様子がおかしいな。」
「声をかけてみましょう。」
グレーシス様と、駆付けた。
カータンス殿下の髪色はチョコレートブラウンで、髪は、襟足より少し長く、前髪はオールバックにして後ろに流している。
瞳は濃いオレンジ色で、目付きは鋭いものの、顔は整っていた。
見た目は人間と何も変わらないので、もし、ヒト族の国で会っても、誰も獣人だと気付かない筈。
「私は第三王子グレーシスだ。一体どうした。」
「熱中症かもしれない。ハイヤー王国は高地にあり、年間平均気温がここより低いんだ。だから我々は暑さに弱い。」
カータンス殿下付きの護衛が答えた。
今日は秋晴れで、気温も高めだった。
馬車の待機場所までは、距離がある。
意識はあるけれど、グッタリしているカータンス殿下を馬車まで動かすのは無理そうだった。
周りを見回すと、近くの路地で日陰になっている場所があった。
「グレーシス様、あちらの日陰ならば、ここより涼しい筈です。移動をお願い出来ますか?服のボタンも緩めた方が、首もとが楽で良いのですが。」
誰もいないなら仕方がないけれど、男性がいるのに、私が進んでボタンを緩める訳にはいかない。
「それは私達がやります。」
良かった、カータンス殿下付きの護衛が申し出てくれた。
グレーシス様の指示で、護衛がカータンス殿下を日陰に運び、上着のボタンをいくつか緩めた。
「誰か町医者を呼んで下さらない?あと、冷たいお水、出来れば氷はあるかしら。」
遠目から私達を見ている町の獣人達に声をかけると、返事が返ってきた。
「妃殿下、任せろ。町医者は直ぐ連れてくる。」
近くにいた見知らぬ男性が走って行った。
「冷たい氷水ならあるよ。」
見知らぬ女性が、氷水の入った水差しと、コップを持って来てくれた。
「ありがとう。」
「この辺り一帯の奴らは伝染病で世話になったんだ。此くらいさせて貰うよ。」
女性はウィンクをして微笑んでくれた。
水差しからコップに水を入れて、カータンス殿下に差し出した。
「冷たいお水です。飲めますか?」
カータンス殿下は怠そうにしながらも、フイと顔を背けた。
「人間の入れた水など飲まぬ。毒入りかもしれん。」
「リーリス、見捨てよう。」
優しいグレーシス様が割と本気のトーンで言ったので少し驚いたけれど、先ほどのハーレンス殿下の時と言い、軽口をたたける程の仲だと分かるので、きっと本心では無いはず。
水は事前にベクターが毒味してくれたので、安全は確認済みだった。
コップの水を一口飲んで見せて、カータンス殿下に再びコップを差し出した。
「この通り毒は入っておりません。殿下を心配した町の皆さんから頂いたお水ですので、ご安心下さい。」
カータンス殿下はじっと私を見つめて、ため息を吐くとコップに手を伸ばした。が、その前にグレーシス様がコップを取り上げて、ゴクゴクと一気に飲み干した。
「え?あの、グレーシス様?」
「お前、折角……。」
カータンス殿下が手を宙に彷徨わせながら、不機嫌そうにグレーシス様を見た。
カータンス殿下を無視して、グレーシス様が私に笑顔を向ける。
「すまない、喉が渇いていたから、つい。カータンスがグズグズしているから、先に頂いてしまった。リーリス、もう一杯頼む。」
「まあ、喉が渇いていたなんて知りませんでした。言ってくだされば良かったのに。」
グレーシス様が持っているコップに水差しの水を注ぐと、グレーシス様がコップをカータンス殿下に差し出した。
「私から飲めないとは言わないよな。」
「……言うか。」
カータンス殿下はチッと舌打ちして、グレーシス様からコップを奪うように手にすると、少しずつ水を飲んだ。
その間に持っていたハンカチを、残った氷水で濡らして絞り、それをターカンス殿下に差し出した。
「使っていないハンカチですので、ご安心ください。これでおでこ、顔でも首でも良いので冷やすと、少しは楽になる筈です。」
「……本当だろうな。」
「はい、幼い頃、よく熱中症になって看病されておりましたから、ご安心下さい。」
お兄様が。そう思いながら微笑んだ。
カータンス殿下はハンカチを受け取ると、おでこに当てた。
冷たさが気に入ったのか、気持ち良さそうに目を閉じている。
ハンカチは直ぐに温くなるので、その度にハンカチを氷水で濡らして絞っていた。
「リーリス、指先が真っ赤だ。交代しよう。」
「少し冷たくなっただけです。これくらい大丈夫ですよ。」
「駄目だ。」
グレーシス様は、カータンス殿下から受け取ったハンカチを私から取り上げると、氷水でハンカチを濡らして絞る作業を、交代してくれた。
「妃殿下、医者を連れてきたぞ。」
「ありがとう、助かったわ。あら、テリー。」
男性が連れて来てくれた医者は、王都で伝染病が流行した時、終息に協力してくれた町医者の代表、テリーだった。
「妃殿下に再びお会い出来るとは思いませんでした。まさか祭りの日に妃殿下が、患者の面倒を見ているとは。」
テリーに呆れられてしまった。
「後は私に任せて、祭りを楽しんで下さい。」
「では、そうさせて貰おう。」
テリーの言葉を受けて、グレーシス様は中腰になっている私の手を引き、立たせてくれた。かと思ったら、片腕を私のお尻の下に回して、そのまま私を持ち上げた。
「ひゃっ!」
バランスを崩しそうになると、サッともう片方の手で背中を支えられた。
「医師殿、後は頼む。」
グレーシス様は顔色一つ変えず、治療費として、テリーに金貨を一枚渡した。
「は、はい、お任せ下さいませ。しかし、これは貰いすぎです。」
金額は勿論だけれど、私を抱き抱えるグレーシス様にも、テリーは驚いているようだった。
「彼は他国の王太子だ。丁重に頼む。」
「そうでしたか、畏まりました。」
グレーシス様の行動に驚き過ぎて、ポカンとした顔をしているカータンス殿下と、その護衛を見たテリーが、冷静さを取り戻して答えると、グレーシス様は再び頷いて、私に目を向けた。
「リーリス、落ちないように、しっかり捕まって。」
「え?は、はい。」
訳も分からず、グレーシス様の首に腕を回して、しがみつくと、こんなに早く走れるの?と思う程、凄いスピードで走り出した。
いったい何処へ?
振り向いて進行方向に目を向けると、狭い路地を突き進んでいる。
突き当たりは壁で、道は無い。
「グ、グレーシス様っ!ぶつかります!」
ギュッとしがみつく手に力が入る。
「問題無い。」
「ひゃああっ!」
ダンッ!
近くにあった木の箱を踏み台にして、これまた凄い跳躍力で、一気に屋根まで上り、そのまま屋根を走り出した。
「お、落ち、落ちっ!」
「大丈夫だ。絶対落とさない。」
屋根と屋根の間を走りながら飛び越えると、高い時計塔と、その隣に少し低い建物が見えた。
グレーシス様の、私を支える手がいっそう強くなって、嫌な予感がした。
「グレーシス様っ、何をっ。」
「黙って。舌を噛むぞ。」
「っ……。」
グッと口を閉じる。
走るスピードが更に上がって、屋根から隣の建物の壁に向かって、突進するようにジャンプした。
素早く方向転換するように壁を蹴って、隣の時計塔に向かって、更に高く跳躍した。
まさに三角飛び!
「きゃああぁぁぁぁ……」
時計塔のてっぺんにある展望台らしき場所に無事着地した。
声は我慢出来なかったけれど、舌は無事だった。
「怖かったか?」
ギュッとしがみ付いたまま、コクコク頷いた。
若干、いえ、かなりの恐怖で涙目になってしまった。
「そうか、これくらい割と普通なんだが、すまなかった。ここは私が一人になりたい時に、よく来ていた場所だ。ここなら煩わしい奴も来ない。」
グレーシス様はそう言って、ゆっくりと降ろしてくれた。
眼下には、王都の町並みと沢山の人々が小さく見える。
その先には王宮が、さらに遠くに目を向けると、森まで霞んで見えた。
「素敵……。」
「王都が見渡せて、なかなか良い景色だろう。」
「はい、とても。こんなに高い場所に来たのも、初めてです!」
思わず感動して、テンションが上がってしまった。
グレーシス様は目を細めて、穏やかに言った。
「リーリスは初めてが沢山だな。」
「すみません、色々と経験がなくて。」
仕方がないけれど、急に自分の経験の無さが、恥ずかしく思われた。
「責めている訳ではない。リーリスの初めてを私で埋めるのは悪くない。だが、初めての町歩きは邪魔ばかりだったな。楽しめなかったのではないか?」
気遣うようにグレーシス様の手のひらが優しく私の頬を撫でた。
真面目で優しいグレーシス様は、町歩きが初めてだと言った私の為に、楽しませようと頑張ってくれていたに違いない。
「いいえ、好きな方と一緒にお出かけする夢が叶って、美味しい料理を食べたり、町の方や騎士達に優しくして貰ったり、こんなに素敵な景色をグレーシス様と見れるなんて、楽しくない筈がありません。でも、グレーシス様が笑ってくだされば、私はもっと幸せになれます。」
グレーシス様の両頬を軽くつまんで口角が上がるように上に動かした。
思ったより可愛らしい顔に、思わず吹き出してしまった。
「私がリーリスを喜ばせたかったのだが、まあ良い。」
そう言って、グレーシス様がとても優しい笑みを向けてくれたので、幸せな気持ちになった。
横から当たる夕陽の光が、グレーシス様のシャンパンのような黄色い瞳を益々輝かせて、美しい笑顔が更に美しくて、暫く見惚れてしまった。
初めての町歩きデートは予想外の事ばかりで驚いたけれど、グレーシス様のお陰で、とても楽しく過ごせた。
でも、帰りは階段で歩いて降りる事を、切に、希望した。




