6 初夜
食後にドルフから明日の予定について説明があった。
「明日の結婚式は王宮内にある神殿で、グレーシス殿下とリーリス殿下のお二人だけになります。現在、王都では伝染病が流行っておりまして、接触を避けるために街でのパレードは行わない方針となりました。ご理解下さいませ。」
「分かったわ。」
正直言ってテナール王国の国民から歓迎されているとは思えなかったから、パレードがないのは幸運だったように思える。
翌日の昼頃、グレーシス殿下と王宮の敷地内にある神殿へ行って、証人の前で名前を書いたら、結婚式は終了。あっさりしたものだった。
昨日はまだ婚約者だったので、客間に通されたが、今日からは、殿下の私室と扉一枚で繋がっている部屋で暮らす。
私室となった部屋のベッドは、二人でも余裕に寝転がれる程の大きさがある。ベッド脇のサイドテーブルに乗せられた花瓶には、五十本以上の薔薇が生けられていた。
一日目でお世話になった辺境伯家の庭園は、貴重とされる薔薇が有名らしく、ハンカチのお礼にと送ってくださったのだった。
とても香りが高く、部屋は薔薇の良い香りがして癒される。
夕食後、メイドのマイとメイに念入りに磨かれた。
使われた石鹸やオイルは、二日目でお世話になった宰相様の領地である、公爵家からの贈り物だった。
信じられない位、髪も肌もさらすべ、うる艶になった。
お風呂上がりに初夜用の白い夜着を用意された。デコルテ周りは大きく開いているし、丈は膝より短く、肌が透けて見えるほど生地が薄い。
何これ恥ずかしすぎる。
「この格好でグレーシス殿下に会うの?これは無理だと思うの。」
赤面しながら抵抗するが、マイにしれっと言われてしまう。
「それがテナール王国では初夜の正装です。」
文化ならば受け入れなければならない。
渋々着用する。
「やっぱり恥ずかしい。」
自らを抱き締めるようにして踞る。
私を落ち着かせようと、マイが肩にガウンをかけてくれて、美味しい紅茶を淹れてくれた。
三日目にお世話になった外交官をしている侯爵家から贈られた、特別な銘柄の紅茶だった。
薔薇に癒され、石鹸やオイルで体を解され、紅茶でリラックス……。
イニシャルを刺繍しただけのハンカチで、こんなに素敵なお祝いを頂いてしまったわ。お礼の手紙を書くべきね。
気持ちが少し落ち着いた頃、マイが私からガウンを取り去って、にっこりと微笑んだ。
「殿下に全てお任せすれば大丈夫です。」
その言葉を残して侍女二人は去ってしまった。
私も十八歳の成人だから、初夜の知識位は無くもない。
ただ、男性との接触が圧倒的に無かったので、何もかもが初体験でいっぱいいっぱいだった。
侍女が去って数分後、続き扉からノックがした。
慌ててベッドに飛び込んで、肩まで掛布団をかけたまま対応する。
「はい、どうぞ。」
カチャリと続き扉が開き、グレーシス殿下が部屋に訪ねて来た。そして、言った。
「言っておくが、人間を愛するつもりは無い。生活は保証するから好きにしろ。」
なんとも冷たい表情。
グレーシス殿下の本音が、この結婚に前向きでは無いと知って、少し、本当に少しだけ、ガッカリした。
でも、この驚くほど薄い夜着姿を見られなくて済む。
「そうですか。ではお言葉に甘えて好きにさせて頂きます」
思わずホッとしてしまった。
「そうか。では失礼した。」
グレーシス殿下は、さっと方向転換して私室に戻って行く。
あ、挨拶を忘れていた。
「お休みなさい」
扉が閉まる寸前の背中に声をかけた。が、返事はなかった。
初夜は殿下に任せれば良いとマイとメイは言っていたし、心の準備が出来ていなかったから、良かったのかもしれない。
何となくグレーシス殿下の閉めた続き扉を眺める。
グレーシス殿下は私、ではなく、人間を愛するつもりは無いと言った。
人間嫌いのグレーシス殿下は、初めから私を見る気がなくて、人間というくくりの中で、私を見ていたのだろう。
私自身を見て貰うには時間がかかるかもしれない。
だってまだ何も良いところを見せていないし、失態続きで信頼される事もしていない。
そもそも王宮に引き込もって、お転婆ばかりの私に良い所なんてあるのかしら……?浮かばないけれど、きっと癒し手以外でも、私に出来る事は何かある筈。
私の悪い噂を承知で受け入れてくれたテナール王国の為、送り出してくれた祖国の為に、両国の架け橋になれるよう頑張ろう!
そう決意した。