53 リロイ国王とリーリス(リロイ視点)
リーリスとグレーシスの結婚を決めた、リロイ国王の話です。
私はテナール王国国王のリロイ、豹の獣人だ。
父である先代が国王だった時、王太子であった私は隣国であるヒト族の国、セーラン王国へ何度か外交で訪問しなければならなかった。
獣人への差別意識が強いセーラン王国。いや、セーラン王国だけでは無い。全てのヒト族の国が、獣人を見下している。
だから、外交は本当に憂鬱だった。
しかし、三か月後。父が王位を譲る決断をした。
国王が国を不在にしない。それが我が国の法律なので、国王になる私は、外交から解放される。
だから、今回のセーラン王国訪問が終われば、もう、私がこの国を訪れる事は無い。
後任の外交官や将来成人する息子には悪いが、気持ちは、かなり軽い。
滞在日程は一泊二日。
日中は国交に関する会議、会食。夜は歓迎会という名の夜会が開かれる。
直接的な差別行為は受けないが、夜会では、ヒソヒソと感じ悪い視線に晒され、挨拶に来たかと思えば、間接的に嫌みを言ってくる始末。
流石に国王や外交官は態度に出さないが、それは、外交で有利に進めるための外面であって、腹の中が黒いのは明らかだった。
辟易していた私は、挨拶もそこそこに、理由をつけて会場を後にした。
歓迎会。と言いながら、どうせ誰も、引き止めはしない。
夜会会場と、用意された客室は棟が別で、回廊でつながっている。
回廊の途中には庭園が広がり、回廊から降りて自由に散策が出来る。
また、庭園には、ゆっくりと観賞出来るように、ベンチが設置されていた。
見事な花が咲き誇り、燭の灯りが所々に配置され、幻想的な雰囲気を作り出していた。
少し奥に噴水があって、聴こえてくる水音が、心地好い。
客室へ戻っても、特にする事もない私は、気疲れもあって、噴水近くのベンチに座り、暫くぼんやりと庭園の花を眺めていた。
目にした花に驚いた。
祖国では超、貴重とされる花が大量に咲いている。
妻のデニスにプレゼントしたら、さぞ喜ぶだろう。
だが、セーラン王国の法律で、王宮の花を国外に持ち出すのは、原則禁止だった。
国王の許可を特別に得た場合のみ、手に入れられるが、獣人に許可は下りないだろう。
そんな事を考えていた時だった。
噴水の向かいにある茂みから、ひょっこりとピンク色の頭と瞳をした四、五歳くらいの少女が現れた。
窺うように、頭を左右に動かしている。
何か、探し物だろうか。
「リーリス様、何処にいるのですか~。」
女性の声が聞こえてきた。
リーリス。確か、国王の娘と同じ名前だった、と記憶している。
少女が私に気付いて目が合った。
獣人を見た子供の反応は、十中八九、泣かれるか、恐怖のあまり固まるかの、どちらかだ。
さて、どうしたものか。
もし、王女に騒がれると要らぬ誤解を受け、非常に不味い。
気配を消している護衛のドルフが、騒ぐ前に黙らせようと行動する気配を察知したので、待ての合図を送った。
少女を注意深く観察する。騒ぐか固まるか、それとも……。
少女は、私の予想と、全く違う行動に出た。
こちらに向って走って来ると、座っている私の真後ろに回り込んで、かがんだ。
何事か、と思わず少女の方へ振り向いた。
「しーっ、かくれんぼなの。」
自分の唇に人差し指を添えて、静かに言った。普通に。
とは言え、黙っていたら少女が見つかった時、私が誘拐疑惑を持たれかねない。
さっさと差し出した方が良いだろう。
「リーリス様~、何処ですか~。」
声が近づいてきて、少女が来た方向から、侍女らしき女性が現れた。
私に気付いた瞬間、女性の肩が、ビクリと揺れた。
「し、失礼致しました。」
女性は顔面蒼白で、足早に去って行った。
声をかける暇さえも、与えられなかった。
背後から、クスクスと笑い声が聞こえる。
「ありがとう。おじ……お兄さん。」
人間の子供に気を遣われた事に驚いた。
今まで、人間に気を遣われた事など、あっただろうか?全く記憶に無い。
「ねえ、お兄さんは獣人さん、なの?」
窺う様に見上げてくる少女。
なるべく優しく答える。
「そうだよ。」
「私の事食べる?痛い事する?」
「食べないし、何もしない。」
「なんだ。じゃあ、怖くないね。獣人さんが怖いのは、嘘だね。」
少女は、ニッと笑うと、臆さず更に話かけてきた。
「お兄さんは何をしているの?」
「花を見ていたんだ。あの花はとても珍しいから、妻にプレゼントしたいな、とね。」
「そっか~。ここのお花は、お外に持って行ってはいけないって、ミアが言ってた。」
ミアとは先程の女性の事かもしれない。
「そうみたいだね。残念だ。」
少女は暫く何か考えていたらしいが、別に興味が移ったようだ。
「ねぇねぇ、しっぽ触っても良い?」
まさか、おねだりされるとは思わなかった。
人間に触らせたりはしないが、キラキラした子供の無垢な目に負けた。
「まあ、優しくなら触っても良い。」
「ありがとう。わぁぁ、ふわっふわ。気持ちいい~。」
少女は獣人と知っても、ちっとも私を恐れていないし、見下してもいなかった。
「あ、そうだった。」
何かを思い出したらしい。
私の前に来ると、可愛らしく淑女がするように、礼をした。
「初めまして、私はセーラン王国国王が娘、リーリスでございます。」
自己紹介された。
それは会って、一番最初にするものだが、おそらくリーリス王女は隠れるのに夢中で、今、思い出したらしい。
やはり国王の娘だったか。
「ご丁寧にありがとうございます。私はテナール王国王太子のリロイと申します。」
私も今更だが、自己紹介した。
遠くから、侍女がリーリス王女を呼ぶ声が聞こえる。
王宮内とはいえ、子供が夜に出歩くのを、侍女が許すとは思えない。
「もう、戻らなくちゃ。」
リーリス王女が残念そうに呟いた。
「ねえ、また会える?」
「……はい。」
「絶対ね。その時は、あのお花もあげるね。」
小さなリーリス王女は、手を出して握手を求めてきた。
私は小さな手を優しく握り返すと、リーリス王女は満足そうに、ニッコリと微笑み、もと来た道を戻って行った。
まさか、外交の最後に再会を約束してしまうとは。
リーリス王女には嘘をついてしまったが、最後に、綺麗な心の王女に出会えたのは、獣人にとって、希望のように思われた。
国に戻り、程なくして私は国王になった。
その後、外交官や成人した息子が、セーラン王国を訪問したが、王女の姿を見た者はいなかった。
病弱らしい。と報告を受けたが、信じられない気持ちだった。
残念な事に、一部の獣人がセーラン王国の王都で、奴隷解放運動をして、人間と争いになった出来事が切っ掛けで、国交が悪化し、訪問は叶わなくなった。
同時に息子のグレーシスが、なかなか結婚しないのも悩みの種だった。
王太子ではないものの、王族は国益の為、結婚は必須だからだ。
グレーシスの剣術の腕は高く、我が国で最強と名高い、王魔討専部隊の隊長を任せられるほどの実力だ。
本人は国に貢献するから、もう、結婚の事は言わないで欲しい。と主張するが、そうも言っていられない。
かと言って、婚約者に浮気され、傷つたグレーシスの心に、塩を塗り込むのも躊躇われる。
国内の令嬢は基本的に気も、押しも、物欲も、名誉欲も強い。
男性に貢がせてこそ、良い女。そう言う価値観だ。
惚れた弱味だから仕方がないが、私自身、仕事以外、妻の言い分は、ほぼ聞いているし、かなり貢いでもいる。贈る品も相当気を遣っている。
意外と繊細なグレーシスには、女性の価値観が肌に合わないのだろう。
頭を抱えていた時、ふとリーリス嬢の無垢な笑顔を思い出した。
あの時、彼女は四歳だったか……。流石に私の事はもう忘れただろう。
ただ、嘘をついた事だけは、気になっていた。
もし、彼女があの時のままなら、グレーシスを救えるのではないだろうか。
しかし、成長に従って価値観が変わってしまう事もある。
リーリス王女について調べさせたところ、病弱で社交界に出ないのは、他にも何か問題があるのでは?と噂が広がっているとか。
ただ、リーリス王女とグレーシスが結婚すれば、実質リーリス王女は人質同然だから、セーラン王国は下手な動きが出来ない。かと言って、こちらの出す条件は、向うにとって全く不利益ではない筈だ。
グレーシスにとっては苦痛だろう。
もし、上手く行かなければ、その時は、離婚でも何でもしてやれば良い。
これは賭けだった。
グレーシスには悪いが、一方的に決めさせて貰う。
セーラン王国に、断れなような条件を付けて結婚を申し込めば、私の計画通り、リーリス王女とグレーシスの結婚は決定した。
約一ヶ月後、いよいよリーリス王女と顔合わせの日がやって来た。
「お初にお目にかかります。セーラン王国国王の娘、リーリスにございます。」
笑みを湛え、上品な身のこなしで美しい礼をする。
成人した十八歳の彼女は、もう幼い子供のような言動をしたりはしない。
しかし、私達獣人を見つめる彼女の瞳は、変わらない無垢さを宿していた。
「よく来たリーリス。私達は家族だ。私の事は父親だと思ってくれ。そして、グレーシスを支えてやって欲しい。」
「はい、お義父様。」
嬉しそうに微笑むリーリスを見て、こちらも嬉しくなる。
あの時した、会う約束を今、果たせたのだ、と。
そして安心した。
私が癒されたように、きっと、グレーシスの心が癒される時が来るだろう。
眉一つ動かさないグレーシスを見ながら、息子の心が解れるのを、長い目で見守るつもりでいた。
しかし、驚いた。
思ったより早く、グレーシスがリーリスに惚れて、いや、ベタ惚れしていたのだ。
執務室に二人を呼び出した時、グレーシスがリーリスに尻尾を絡ませている。
グレーシスは、私の目を盗んでいるつもりだろう。が、私は見逃さなかった。
ああ、やっと心から思える相手に出会えたか。幸せそうで何よりだ。
心の中で安堵しながら、見て見ぬふりをしてやった。




