52 ティミラーとフレイル(ティミラー視点)
グレーシスの兄弟視点です。
グレーシスが伝染病から回復して、仕事に復帰した頃(目次17辺り)の話です。
私はテナール王国の王太子、ティミラー。
ヒョウの獣人だ。
獣人は一腹で複数生むのが普通。
私は三つ子で、一番始めに生まれたから、一応、第一王子となっている。
後に生まれた二人が、王位を譲るって言うから、私は王太子になった訳だ。
今は春。
窓から見える穏やかな青空を見ると、庭園でお茶でもしたいなぁ、なんて思うけれど、仕事のせいで執務室に、ほぼ毎日缶詰め。
全く嫌になるよ。
そろそろ休憩したい所だなぁ、なんて思いながら、ちょっと気になっている事を、直ぐ近くで、書類とにらめっこしている第二王子のフレイルに聞いてみた。
「リーリスの事どう思った?」
「印象は悪くない。が、取り繕うのは王女なら朝飯前だろう。」
私の兄弟であり次期宰相のフレイルは、いつも通り冷静だった。
「リーリスの人間性を見極めようと思う。」
フレイルに切り出した。
初めてリーリスを見たのは、顔見せの挨拶で、謁見の間に来た時だった。
正直、ヒト族の女に期待など微塵もしていなかった。
今まで、外交で会った全ての人間が、漏れなく印象最悪だったからだ。
表向きは取り繕っていても、裏では獣人を貶し、馬鹿にしているのは、明白だった。
しかし、私達王族を前にしたリーリスの、挨拶する仕草は上品で美しく、微笑む姿は親愛に満ちている様で、実に可愛らしく映った。
好印象、なんて初めてだった。
本当にこのままだったら良いのに。でも、ヒト族だからな…。
期待と不安を抱きつつ、女運の無いグレーシスの為にも、見極めようと思ったのだ。
「見極める、か。私も付き合おう。」
兄弟を思う気持ちは、フレイルも同じだったらしい。
数日後の午前中、私とフレイルは、グレーシスの住まいがある、王宮内の別邸に向かっていた。
今は午前十時半。
事前に入手した情報によると、グレーシスは仕事で不在にしており、リーリスは庭園で過ごしている筈だ。
グレーシスの邸に近付いた時だった。
「リーリス妃殿下、お止めくださいませ。」
突然、女性の声が聞こえて来た。
おそらく侍女だろう。
「あー、残念な方だったか……。」
私は酷くガッカリした気分になった。
「護衛は何をしている。」
不機嫌になったフレイルが、先を急ぐ。
リーリスには王国騎士団から護衛が付けられている。
表向きは護衛。となっているが、本来の目的は監視だ。
人間なんて、何をしでかすか分からない。そんな理由からだ。
侍女に危害を加えるなら、いくら護衛でも黙ってはいないだろう。
一体何が起きているんだ?
フレイルに続いて、急いで様子を見に向った。
「そんな、ダメです。」
「一体何事だ。」
侍女の言葉とほぼ同時に、フレイルが現場に到着し、私もフレイルの肩越しから、状況を確認する。
そこには花輪を持ったリーリスと、侍女が顔を真っ赤にして座っていた。
この状況は一体……。
ちょっと訳が分からなかった。
フレイルも同じ気持ち、だよね。
「まあ、ごきげんよう。ティミラー殿下、フレイル殿下。お散歩ですか?それともグレーシス殿下にご用ですか?申し訳ないのですが、今は留守にしております。」
「ああ、グレーシスが留守なのは知っているよ。」
リーリスの態度は急変したのだろうか。
笑顔で答えながら、リーリスと侍女を注意深く観察する。
侍女は、ハッとして素早く椅子から立ち上がった。
普通、侍女は王族と席を共にしないよね。何故、座っていたのかな?
「時間が出来たから、リーリスの顔を見に来たんだよ。」
見極めるためにね。とは勿論言わない。
「まあ、そうでしたか。わざわざありがとうございます。そうそう、聞いてくださいませ、ティミラー殿下、マイったら、花輪を乗せたら可愛いと勧めるのに、似合わないって言うんです。」
残念そうにリーリスは話す。
花輪?そんな事?
「……何か止めるように言っているのが聞こえたぞ。ダメだと拒否する言葉も。どうなんだ?」
フレイルが尋問モードに入ってしまった。
ロックオンされた侍女がビクッと肩を揺らしている。
もう、君が侍女を脅してどうするんだよ。ちょっと頭が痛い。
「侍女を妃殿下と同じ席に勧めるなんて、お止めください、と。あと、そんな素敵な花輪を、気軽にプレゼントしてはダメだ、と申し上げました。」
「マイは背が高いから、花輪を乗せるのにちょっと座って欲しかっただけです。それにこんな花輪、私の国では子供でも作れるのです。マイは何でも似合うのに似合わないって、自身を低く見積もっているのです。勿体ないと思いませんか?こんなに可愛らしいのに。」
リーリスが必死に侍女の可愛いさを私達に訴えてくる。
私達は何を訴えられているのかな?
どうやらリーリスが、侍女を蔑ろにしているわけではないのだろう、とは理解出来た。
「しかし、無理強いは良くない。」
フレイルは相変わらず冷静だった。
リーリスは、しゅんとして侍女に向き直った。
「嫌だったならごめんなさい。私の国では花輪をあげるのは普通だったから、貰って欲しかったの。他の皆みたいに。」
他の皆?
私達は初めて辺りを見回した。
侍女や侍従、庭師、さらには真面目な顔をした王国騎士団から派遣された専属護衛まで、花輪を頭に付けている。
「ブハッ!」
思わず吹いてしまった。
リーリスはどう言って、彼等の頭に花輪を乗せたのか、非常に気になる。
フレイルは体をくの字に曲げて、クックックックッと必死に笑いを堪えて、堪えきれていない。
「ここまでされて頑なに拒む理由が、寧ろ分からない。」
フレイルは不思議な所で、ツボに入ったらしい。
「私はお洒落しても似合わない、と両親に否定されて育てられました。リーリス妃殿下のお気持ちは、とても嬉しくて、皆みたいに貰いたかった。でも、勇気が持てませんでした。すみません。今更ですが貰っても良いですか?」
遠慮がちな侍女の申し出に、ニッコリ微笑んで、リーリスは花輪を侍女の頭に乗せた。
二人の間に優しい空気が流れて、気持ちがほっこりした。
「リーリス、私にも作ってくれないかな。」
そんな趣味があったとは、なんて視線を向けて来るフレイル。
誤解だよ。人間性を見極めるには、まだ不充分だろう。
リーリスがいない時に、聞き取りをしなくては、意味がないからね。
「はい、直ぐにお作りしますので、紅茶をお飲みになってお待ちくださいね。」
せっせとリーリスが、器用に花輪を作っているのを眺める。
その花は、庭師がリーリスの為に用意したのだろう。
周りを見渡せば皆、温かい視線を向けているのが分かる。
先程の侍女が紅茶を入れてくれたので、こっそり聞いてみた。
「皆、リーリスに蔑ろにされていない?グレーシスの為にも、正直に話してくれないか。」
「とんでもございません。とてもお優しい方です。」
「そうなんだ。」
あの酷いガッカリが、杞憂で良かったよ。
「ティミラー殿下、出来ました。」
「ありがとう。本当に直ぐ出来たね。」
リーリスが私の頭に花輪を乗せて、にっこりと微笑む。
うん、結構嬉しいものだね。
「やっぱり私にも作ってくれ。」
フレイルが突然、言い出した。
「はい、お作りしますね。」
リーリスは嫌な顔一つせず、再び楽しそうに花輪を作っている。
よく見れば、選ぶ花の種類や色を、変えているようだ。
各々の事を思って作っているのだろう。
「愛らしい事だな。我が義妹は。」
フレイルが、珍しく穏やかな顔をしている。
「本当にね。」
疑って申し訳なかったけれど来て良かった。
私達はリーリスが気に入ったし、きっとリーリスとなら、グレーシスも幸せになれる。そう思えたのは収穫だった。
私達は安心して王宮に戻った。
執務室に向かう途中、私の妻と、王妃である母に出会った。
私達に気付いた妻が、驚いたように目を見開いている。
どうしたのだろうか。
「ティミーそれ、どうされたの。」
私達は、花輪を頭に乗せたままであったのを、すっかり忘れていた。
「ああ、リーリスが造ってくれたんだ。な、フレイル。」
「ああ。」
フレイルは、花輪を頭に乗せた姿を、母に見られた事が恥ずかしかったようだが、母の視線は花輪に釘付けで、フレイルの事は全く見ていなかった。
「まあ、その素敵な花輪をリーリス妃殿下がお作りに?それは殿下達より、私達の方が、絶対、似合うと思いませんか?ねえ、お義母様。」
「ええ、そうね。私達の方が、絶対、似合うわね。絶対。」
二人の寄越せオーラが凄い。
彼女達は価値ある物にしか反応しない。リーリスの花輪は余程価値があるらしい。
まあ、人間に比べて手先の不器用な獣人には、まず作れない代物であるのは、私にだって分かる。
正直少し惜しい気持ちはあるけれど、私達より女性の方が似合う。と言われれば、まあ、その通りだろうね。
仕方なく、私とフレイルは、花輪を女性陣に献上したのだった。
妻と母の中で、リーリスの価値が上がったのは、言うまでも無い。




