51 花
残暑の厳しさが残る午前十一時、その日も雲一つ無い青空が広がっていた。
私は胸を踊らせながら庭園の畑に足を運ぶ。
畑にはもっさりとした重量感のある見事な花が三輪、咲いていた。
蕊を中央に赤色から白色にグラデーションしている花弁は美しく、花からは甘い香りが漂っていた。
「花を咲かせるなんて、凄いわフェルメス。結局、私は種を植えただけで何もしなかったわね。任せきりでご免なさい。」
「い、いえ、妃殿下はお忙しかったですし、私のプライドにかけて咲かせるつもりでしたので気にしないで下さい。三分の一しか育ちませんでしたが、日照量や温度管理、土の酸度や水を与えるタイミング等、私も勉強になりました。」
私にはとても出来そうにない事を、フェルメスは研究して、花を育てあげてくれた。
「フェルメス、私は幼い頃、会う約束をした獣人さんに、この花を贈りたくて育てたの。だから折角育てて貰ったのに申し訳ないけれど、摘んでしまう事を許してくれないかしら。」
「そ、そうだったのですね、心配なさらず、どうぞ、お好きにして下さい。これから何度でも咲かせて、ここを花畑にして見せますから。」
「有り難うフェルメス。心強いわ。」
フェルメスの手を握ると、獣耳がピンッと立って少し戸惑われた。けれど、ベインみたいに拒否はされなかった。
「その、妃殿下、お渡しするのは殿下以外の男性でしょうか?」
「ええ、そうよ。奥様に見せてあげたいと言っていたから、あげる約束をしたの。だから、やましい事はないわ。」
兎に角、息の短い花だから早く探さなければ。
「ち、ちなみに、こ、この花の効能はご存知で?」
「ええ、美容効果があると祖国では言われていたわ。だから王宮に来る来客は、この花を使ったお茶を楽しみにしていたそうよ。」
「な、成る程、あの……。」
「妃殿下、帽子くらい被ってくださいませ。日傘ならば私が差しますから。折角の美肌が焼けてしまいます。」
凄い形相で侍女のマイが走ってきた。
「あらら、ご免なさい。つい。」
「つい、じゃないですよ。この日差しでは熱中症になってしまいます。そろそろお戻り下さいませ。」
「分かったわ。フェルメス有り難う。また明日来るわ。」
「あ、はい。」
フェルメスが何かを言おうとしていた気がした。
けれど、聞きそびれてしまった。
夕方六時頃、グレーシス様が帰って来た。
何時ものようにドルフと護衛騎士、侍女と共に、エントランスで出迎えた。
「ただいま、リーリス。」
「お帰りなさいませ、グレーシス様。」
軽くハグした後、グレーシス様がドルフに視線を移した。
「ドルフ、話がある。リーリスと執務室へ。」
グレーシス様の執務室に入る。
初めて入った執務室は、騎士団の執務室に似た造りだった。
「イーサンから聞いたのだが、昔、外交官の護衛もしていたそうだな。セーラン王国で、リーリスに会った外交官が誰か、覚えているか?」
グレーシス様の言葉にドルフが頷いている。
「勿論覚えていますよ。私もその場に居ましたから。」
「え?ドルフ居たの?私は一人しか記憶にないのだけれど。」
ドルフにも会っていたなんて。
「そうでしょうね、私は護衛で離れた所に控えて居ましたから。気付かなかったのではないでしょうか。」
つまりドルフは、私がここへ来た時から、私の事を知っていたのね。
言ってくれたら、と思ったけれど、私が覚えているとは限らないから、黙っていたのかもしれない。
「で、その外交官は誰なんだ?」
グレーシス様がドルフを急かす。
「リロイ国王陛下です。」
「「リロイ国王陛下!?」」
私とグレーシス様は顔を見合せた。
「本当か?」
「はい、間違いありません。リーリス妃殿下と言葉を交わしたのは、テナール王国で、リロイ国王陛下ただお一人だけです。」
ドルフはキッパリと言った。
「ドルフは私と陛下の会話を全て聞いていたのよね。約束をしたことも覚えている?」
「ええ、朧気ながら。色々と印象的でしたからね。再開と花、でしたか?確か、王宮内の花は、許可を得なければ持ち出せないのですよね。」
「そう。実はその花が今日、丁度咲いた所なの。」
「今日咲いた?」
「実はね。」
私は王宮から種を貰う許可を得て、フェルメスに育てて貰った話をドルフにした。
「長く持たない花だから、急がなければと思って、グレーシス様に、心当たりがないか探して貰っていたの。」
「そうでしたか、そんな昔の約束を覚えていらしたとは。陛下もお喜びになるでしょう。ただ、陛下はお忙しいので、私が預かってお渡ししても宜しいでしょうか?」
「ええ、お願い。明日の朝食後、早速、摘んで渡すわ。」
翌日の朝食後、急いで畑へ行く。
フェルメスの許可を貰って、咲いている三輪の花を切り、直ぐに水を入れた花瓶に生けた。
私室に戻ると手縫いのリボンで花瓶を飾り付ける。
少しは可愛く見えるのではないかしら。
三輪の花を生けた花瓶を、執務室にいるドルフに手渡した。
午後、ドルフが私室を訪ねてきた。
手にはリロイ国王陛下に渡した花が一輪。
一輪挿しの花瓶に生けてある。
「陛下は王妃殿下の誕生日にプレゼントしようと、とても喜んでおりました。自分達だけ貰うのは勿体ないから、妃殿下にも一輪持っていて欲しいそうです。」
「そんな、良いのに。でも陛下のお気持ちは嬉しいです。」
ドルフから一輪挿しを受け取って、ベッド脇のサイドテーブルに置いた。
就寝前、私室を訪ねてきたグレーシス様が、一輪挿しに気がついた。
「これは希少な『惚れ花』じゃないか。どうしたんだ?」
「惚れ花?これは先日話したフェルメスが育ててくれた祖国の王宮にある花ですよ。」
「我が国で、この種は『惚れ花』と呼ばれている。花弁を茶にして飲むと、男性をその気にさせる効果があると女性に人気なんだ。貴重で花自体が美しいので、番の男性も女性を喜ばせる為に、その花を贈る。」
「え?そんな効果のある花を、リロイ国王陛下に送って良かったのでしょうか?」
「大丈夫だ。貴重で誰もが欲しがる花の、更に価値がある希少種なんて嬉しいに決まっている。」
「喜んで頂けるのなら良かったです。」
「しかし、希少種は効果が高いから気を付けなければならない。」
両肩を捕まれた。
まさかこの流れは『酔い花』と同じ流れでは?
突然、はむっと唇にかぶりつくようなキスの後、ポスンとソファーに押し倒された。
そして、無言で熱を帯びた瞳に見詰められる。
グレーシス様の大きな掌が私の左頬を包む。
さらに、親指で私の唇をゆっくりとなぞった。
恥ずかしくて顔ごと反らしてしまいたいのに、頬に触れる大きな掌から伝わる体温が心地好い。
でも、このまま無言なのは気恥ずかしくて、耐えられそうに無い。
「グレーシス様?」
前髪を優しく流されて、おでこに口付けされた。
さらに耳元に唇が近づいてくる。
キュッと目を閉じて、思わず肩に力が入る。
そして囁かれた。
「この種は、香りくらいじゃ何も起きない。」
「え?」
体を離して、悪戯っぽく微笑むグレーシス様。
何か期待していた自分に気付いてしまうし、それを見透かされた気がして、猛烈に恥ずかしい。
思わず両手で顔を覆うと、コロンと寝返りをうって、ソファーの背もたれに顔を埋めた。
「もうっ。グレーシス様の意地悪っ。」
「すまない、つい。」
クスクスと笑いながら、頭を撫でてくるグレーシス様。
落ち着くまで、暫くそのままになってしまったのは、仕方がないと思う。




