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獣人王子と癒し手王女の政略婚  作者: アシコシツヨシ


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50/128

50 騎士棟

お茶会があった日の夜九時、私室に訪ねて来たグレーシス様の手には、沢山のリボンがあった。


「ティミラーに話した通り、祝賀会の時に、全員からリボンを回収した。約束通り全員無事、帰還したからな。」


グレーシス様からリボンを受け取った。リボンは擦り切れて糸がほつれていたり、血で汚れていて、討伐の壮絶さが想像された。


「本当に良かった。」

リボンを、ギュッと胸に抱いて、グレーシス様と全員の無事を喜んだ。


「また、お守りのリボンを作りますね。」

何か、いけない事を言ったかしら?

グレーシス様が、眉間に皺を寄せている。


「すまないが、リボンは作らないで欲しい。決して迷惑では無い。寧ろ皆喜ぶだろうと分かっているが、私が嫌なんだ。その……儀式とは言え、リーリスの手に、他の男が口づけするのが。」


グレーシス様が私の手を取った。


「ごめんなさい。考えが至りませんでした。私だってグレーシス様が、他の女性に口づけするなんて見たくありません。もっと気楽に受け取って頂けると、有難いのですが……。」


「それは無理だろうな。喜びと忠誠を、最大級の謝意で表現したいのだろう。」


他に何かないかしら、と考えた。


「では、差し入れは如何でしょう。騎士団では、三時休憩があると、ドルフから聞きました。甘いものなら、疲れも取れるのではないでしょうか?」


「それは皆、喜ぶだろう。私もリーリスに会う口実が出来て良い。」


「私もグレーシス様に会えるのは嬉しいです。何かご希望はありますか?」

「リーリスのクッキーは好きだ。幾らでもいける。」

「では、クッキーにしますね。」


翌日の朝食後、早速ベインにお願いする。

「……と言うわけでベイン、また厨房を使わせて欲しいの。」

「オーブンだけは料理人に任せる事。いいな。」

「分かったわ。約束する。有り難うベイン。」

「だーかーら、手を握るんじゃないっ。俺はまだ死にたくない。」


何故かグレーシス様を誤解しているベインに許しを貰って、クッキー作りを始めた。

前回と比べて、かなり沢山作らなければならない。

勿論、邸の者達の分も忘れない。

何とか午前中に作り終わった。


昼食を済ませて三時前。

護衛のサンセに案内して貰って騎士棟へ向かい、騎士棟入口の受付係に、サンセが訪問理由を説明してくれた。


「受付係によると、殿下は執務室にいるそうです。ご案内します。」


サンセと執務室に向かっていると、向いから、エイガーがやって来た。


「妃殿下お久しぶりです。どうされましたか?」

「グレーシス様と皆さんに、差し入れをお持ちしました。お疲れでしょうから、甘いものでも如何かと思いまして。」


「其はありがたい。私も丁度、グレーシスに用があるので、一緒に行きましょう。」


執務室へ到着すると、エイガーは扉をノックして、返事を待たずに扉を開けた。が、執務室には誰も居なかった。


「仕方ない、折角なので騎士棟を案内しますよ。それとも、もう見学されましたか?」

「いいえ、でも、エイガーは休憩時間でしょう?休んだ方が良いのでは?」


「全然大丈夫。案内なんて、休憩みたいなものです。部隊長にも会えるかもしれませんし、皆喜びますよ。」


折角エイガーが申し出てくれたのに、頑なに断るのも失礼かもしれない。

「では、お願いしようかしら。」


「はい、決まり。護衛は自分がするから、サンセ殿はここで待機宜しく。グレーシスが戻ったら、探しに行ったと伝えてもらえるかな?」


「別に良いが、知らないぞ。」

何が知らないのかは分からないけれど、サンセは溜め息をついている。


一方、エイガーは全くお構い無しの様子で、サンセに手をヒラヒラ振ると、騎士棟を案内してくれた。


「ここが騎士の休憩室。今皆、気を抜いているから、驚きますよ。」


休憩室の前で、エイガーは、いたずらっ子のように私にウィンクした。

さっきの様に扉をノックして、直ぐに扉を開けた。


「妃殿下がお越しだ。差し入れを持って来てくださったそうだ。」

先程とは変わって、部隊長補佐らしい威厳のある声に驚いた。


休憩していた者達は驚いて、慌てて脱いでいた上着を着たり、ぐったりしていた姿勢を正したり、あたふたしている。


折角休んでいたのに、申し訳無い気持ちになった。

エイガーは、チラリと私を見て、口角を上げた。

本当に悪戯好きな方。


「お休みのところ、お邪魔してしまいました。差し入れのクッキーをお持ちしましたので、良かったらどうぞ。」


近くの机にクッキーの入った箱を置いて、直ぐに立ち去ろうとした。


「妃殿下、お待ち下さい。折角ですので、紅茶をお入れします。」

確か以前、カールセンと名乗っていた騎士が、急いで給湯室へ行く。


「お構い無く。すぐにお邪魔致しますから。」

「妃殿下、どうぞ付き合ってやって下さい。もてなしたいのです。」


そう言ってエイガーに椅子を引かれてしまっては、座るしか無い。


「では、お言葉に甘えますね。」

着席すると、エイガーが仰々しく聞いてくる。


「妃殿下、早速頂いても宜しいでしょうか。」

「どうぞ。上手く出来たと思いますが、感想を聞かせて頂けると嬉しいです。」

「「「妃殿下がお作りに?」」」


皆同じように驚くので、可笑しくて笑ってしまった。

最初にエイガーが食べてくれた。


「旨っ。これは癖になりますね。」

エイガーの後に皆、箱を順番に回してクッキーを食べ、旨いを連発してくれた。好評のようで安堵した。


「エイガー。」

一番離れた所にいた、体が大きくて強そうな騎士が指をクイクイと動かしている。


その瞬間、全員が彼に注目して、休憩室が静かになった。

一体どうしたのかしら?

疑問に思っていると、エイガーがクッキーを、一つ手に取った。


「ほら、ベクター。」

エイガーが、ベクターに向かって、クッキーを投げた。


クッキーは放物線を描いて、吸い込まれるようにベクターの口に入り、休憩室にモグモグと咀嚼音が響いた。


「まあ、凄い、上手ね。」

思わずパチパチと拍手してしまった。

今度は騎士達が目を丸くして私に注目する。

あら?何か間違えた?


それよりも気になる事がある。ベクターと呼ばれたあの騎士は、全く美味しそうな顔をしていない。


「あの、お口に合いましたか?」

ベクターは無言で、コクリと頷いた。


「エイガー、あと十枚くれ。」

「は?お前にやるなら俺が食う。」


ベクターとエイガーは互いに遠慮がない様子。

どうやら友人のような関係なのだろう。


「おい、まだ食ってない奴もいるんだからな。」

紅茶を淹れてくれたカールセンが、物申して、騎士達が同意している。


その後、緊張が解けたのか、騎士達は全員、クッキーを食べてくれた。


「また、お持ちしても良いかしら?」

「「「是非お願いします。」」」


再び差し入れする約束をした。

休憩室を出て、エイガーと執務室に向かう。


「思ったより長居してしまいましたね。次回は別の場所に案内致します。」

執務室に到着して、エイガーがノックする前に、扉が開いた。


「エイガーは充分休憩したようだな。訓練は任せた。リーリスは此方へ。」


グレーシス様に手を引かれて執務室に入ると、エイガーを外に残したまま、扉が閉められた。


「待っていてくれれば、騎士棟の案内くらい私がしたのに。」

「では次回お願いいたします。今日は休憩室に伺って、差し入れのクッキーを渡すだけで終わってしまいましたので。」


「そうか、取りあえずソァーの好きな所に座って。今紅茶を淹れる。」

「グレーシス様が紅茶を淹れるのですか?」


「ここでは何でも自分でする決まりだからな。」

グレーシス様が紅茶を持って、隣に腰かけた。


「グレーシス様には、別に取ってありますよ。」

ハート形のクッキーが入っている箱を開けた。


「あと、リボンも作りました。グレーシス様だけですが。」

黄色いリボンを差しだして、グレーシス様の方に向き直る。


「何時も、ご無事を祈っております。」

リボンを受け取ったグレーシス様は、ソファーから降りると、跪いて私の手に、少し長めの口づけをした。


やっぱりドキドキしてしまう。

立ち上がったかと思ったら、顎をクイッと上げられて唇を奪われた。


「あの……これはどんな意味が?」

「したくなったから、した。」

フッと微笑まれて、また唇を塞がれた。


「……っ誰か来たら、どうするのですか?」

「鍵を掛けたから問題無い。それに、サンセには、誰も通すな、と言ってある。」

いつの間にそんな事を。


「あの、でも、エイガーがグレーシス様に用がある、と言っていましたよ。」

「用は後でも聞ける。」


再びキスされた。


「グレーシス様っ、仕事場で……駄目ですっ。」

「休憩中だから問題無い。」


真面目な顔で言われてしまった。

冗談なのか本気なのか、分からない。

話題を変えよう。


「クッキーは今食べますか?其とも後にしますか?」

「今、食べさせてくれ。」


食べさせてくれ、と聞こえた。

じっと此方を見ている。どうやら聞き違いでは無いみたい。


ハート型のクッキーを一枚取って、グレーシス様の口に運んだ。

パクッと食べた時に、グレーシス様の唇が指に触れて、ドキリとした。


食べ終わると、今度はグレーシス様がクッキーを摘まんで私に食べさせようとしてきた。

「リーリス。」


何だかとても恥ずかしい。

ずっと待たせる訳にもいかないので、思いきって食べた。

でも、一口では食べきれずに割れて、半分になってしまった。

残りをグレーシス様が、パクリと食べる。


「やっぱりリーリスのクッキーは美味いな。」

ご機嫌そうに微笑まれた。


「今日のグレーシス様は、何時もと違います。どうされたのですか?」

「それは、少し、拗ねてしまったようだ。」


また唇を奪われる。

クッキーの甘い香りがした。


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