49 シェリーと獣人の赤ちゃん
フレイル殿下と別れた後、ティミラー殿下に連れられて、グレーシス様と共に王宮の廊下を歩く。
「私の妻はシェリーと言ってね、ヒョウの獣人なんだ。現宰相、イーサンの娘でね、幼い頃から婚約していたんだ。」
「まあ、素敵ですね。」
幼い頃から愛を育まれていたなんて、私には夢のような話だった。
「今から案内するのは、私とシェリーの私室だ。互いに私室を持つ必要は無いから、二人で一部屋にしたんだよ。」
「仲良しなのですね。羨ましいです。」
「二人も充分仲良しに見えるよ?だから、いっそのこと、部屋を一つにしてしまえば良いじゃないか。なあ、グレーシス。」
「……それは、まあ、そうだな。」
グレーシス様は内心、きっと困っている。
私はグレーシス様が大好きだし、グレーシス様も私に好意を向けてくれて、私達は確かに思い合っている。
でも、グレーシス様はその先を望んではいないように思えるし、私もその勇気をまだ持てていない。
案内された部屋の前には、護衛騎士が二人立っていた。
「さあ、ここが私達夫婦の部屋だよ。シェリー、ただいま。」
ティミラー殿下が部屋の扉を開けてくれた。
「シェリー、前に話したグレーシスの妻、リーリスだよ。」
ティミラー殿下に紹介されて、丁寧に淑女の礼をした。
「突然お邪魔してしまって申し訳ございません。お初にお目にかかります、グレーシス殿下の妻、リーリスでございます。」
祖国では王女だった私だけれど、ここでは王太子の妻、シェリー妃殿下の方が身分は高い。
失礼が無いように、気を付けなければならない。
「シェリーと申します。お会い出来て光栄です、リーリス妃殿下。ティミラーを兄と呼ぶなら、私の事は姉と呼んでくださると嬉しいわ。」
「ではシェリーお義姉様と呼ばせていただきます。私の事はリーリス、とお呼びくださいませ。」
「ええ、リーリス宜しくね。」
ニッコリと妖艶に微笑むシェリー妃殿下は妊婦だったとは思えない美しいスタイルと容姿。
全ての男性を虜にしてしまいそう……。
不安に思って、チラリとグレーシス様を見た。
私の視線に気付いて、優しい眼差しを向けてくれたので、ちょっと安心した。
「リーリスに赤ちゃんを見せてあげたくて、連れて来たんだ。ついでにグレーシスも。」
「まあ、是非見てくださいませ。リーリス、こちらにいらして。」
ベビーベッドに、シェリー妃殿下が案内してくれた。
ベビーベッドに近づくと、ミューミュー泣き声が聞こえる。
ミューミュー?
ベッドには、猫の生まれたてみたいな、獣の赤ちゃんが四匹いた。
全員合わせて、やっと人間の赤ちゃん一人分になるか、ならないか位小さい。
「これは……。」
「今は獣だけど、立ち歩きする頃には人型になるのよ。皆、男の子なの。抱っこしてみる?」
「良いのですか?抱っこしてみたいです。」
シェリーが妃殿下が、小さな手のひらサイズの赤ちゃんを、手に乗せてくれた。
そっと胸に引き寄せて抱っこする。
グレーシス様にも、こんなに小さい時があったのかと思うと、ちょっと信じられない。
「ああ、なんて可愛いの。」
思わず頬擦りしてしまう。
「良かったですわね。グレーシス様。」
「だから、そんなに心配しなくても良い。と言っただろう?」
ふふっとシェリー妃殿下とティミラー殿下が、グレーシス様に笑いかけているのを見て、気になった。
「もしかしてグレーシス様、私が赤ちゃんを嫌いだと思われていたのですか?」
「そう言う訳ではないが。」
「無いが何ですか?何を心配されていたのですか?」
先ほど元気がないように思えたのは、気のせいではなかったのかもしれない。
首を傾げて、グレーシス様をじっと見つめると、少し困った顔をされた。
クックッ……とティミラー殿下が笑い始めた。
「ちょっとティミラー、失礼ですわ。」
そう言うシェリー妃殿下も、口元を押さえて笑っている。
「いやはや、黒の鬼神が形無しだな。」
「あの……、ティミラーお兄様、黒の鬼神は討伐の時だけで、普段のグレーシス様はとても優しいのですよ?」
「リーリス、それは分かっていますのよ。」
それでも二人は笑っている。
どうしてなのか意味が分からなくて、グレーシス様を見ると、ため息をついている。
「私がリーリスに弱いのが、おかしいらしいな。」
「え?グレーシス様は私より強いですよ?」
「まあ、そうなんだが……。」
グレーシス様がポリポリと頬を掻いた。
「あはは……久しぶりに笑った。」
ティミラーお義兄様の、笑いのツボは、結局よく分からなかった。
「いつでも遊びにいらして、ね。リーリス。」
「はい、シェリーお義姉様。」
お義兄様だけではなくて、素敵なお義姉様や甥っ子まで出来て、とても幸せな時間だった。
「少し遠回りだが、庭園を散歩してから帰ろうか。」
グレーシス様に誘われて、王宮の庭園に向かった。
空は曇ってる。雨が降るほどではない。が、まだ午前中なのに、何処か庭園は暗く感じた。
「過去に獣人男性と人間女性が結婚し、獣人の子供を出産した事があった。」
前を向いたまま、グレーシス様がポツリと話始めた。
「その人間女性は、獣を生んだ事がショックで心を病み、育児放棄をした挙げ句、自殺した。」
俯くグレーシス様の、上着の裾をキュッと握ると、気付いたグレーシス様が此方を見つめた。
シャンパンのような黄色い瞳が揺れて、悲しみが滲んでいるように見えた。
「だからリーリスに、ティミラーの子供を見せたくなかった。人間から獣が生まれる事実を、知った時の反応が、怖かった。」
グレーシス様の、上着の裾を握る手に、自然と力がこもる。
「私は過去の女性とは違いますよ。」
「そうだな杞憂だった。」
グレーシス様の表情は、穏やかになっていた。
「グレーシス様との赤ちゃんなら、どんな姿でも愛する自信があります。」
「ありがとう。あと、すまない。」
「?」
急な謝罪に何事かと思った。
「今更だが、以前人間を愛するつもりがない、と言ってしまった事。ずっと謝ろうと思っていた。」
何時からそんな事を、思ってくれていたのだろうか。こういう真面目な所も愛しい。
「その気持ちが嬉しいです。謝ってくださると言うことは、愛してくださる気になったのですか?」
笑いながら、冗談のつもりで質問してみた。
グレーシス様もフッと微笑む。
「既に愛しくてたまらない。」
唇を、パクッと食べる様な、キスをされた。
思った以上に、熱烈な言葉とキス。
真っ赤な顔の私に対して、相変わらず余裕のグレーシス様。
素敵な微笑みを向けてくれるのは嬉しい。
けれど、何だかやっぱり、少し悔しい。
「また、お互いの事を知れましたね。」
「そうだな。」
互いの指を絡め合う。離れないように手を繋いで、庭園を後にした。
いつの間にか、雲間から光が差して、天使の梯子が見える。
私達の周りも、いつの間にか、明るくなっていた。




