47 茶会の招待状
寝る前、グレーシス様は私の私室でお茶をしながら一緒に過ごして、共寝をするのが日常になっていた。
執事のドルフもそれを知っているので、夜、グレーシス様に用があると、私の私室にやって来る。
「殿下、ティミラー殿下よりお手紙でございます。」
ドルフから手紙を受け取ったグレーシス様が、手紙の内容を確認した。
「私とリーリス宛に茶会の招待状だ。兄弟水入らずの気楽な会らしい。」
そう言えば帰還した日、ティミラー殿下とフレイル殿下が、任務が終わったらお茶でもしよう、と言ってくれたのを思い出した。
「ティミラーお兄様とフレイルお兄様は、あの時の事を覚えて下さっていたのですね。」
「お兄様?あの時?いつそんなに仲良くなったんだ?」
「それはですね。」
帰還した日の事を話した。
「そうか……家族として認められるのは、良いことだな。」
「はい、せっかくなので、何かお土産を持って行った方が良いかと思いまして、クッキーを作ろうかと思うのです。如何でしょうか?」
「リーリスがクッキーを作るのか?」
紅茶を飲んでいる手を止めて、グレーシス様が驚いている。
普通、王女が厨房に立ったりはしない。が、私は癒し手を隠す為に、王宮から殆ど出る事が許されなかったので、お菓子作り等の籠って出来る事は、何でもやらせて貰えた。
しかも、王宮専属料理人に指導して貰えたので、獣人と味覚が合えば、きっと喜んで貰える筈。
翌日の午前中、ドルフに事情を話した。
「ベインが許可すれば、私は構いませんよ。」
ドルフの許可を貰って、早速厨房へ行った。
「お願いベイン。クッキーを作りたいから、調理場を使わせて。隅っこで良いの。作った事あるから、手伝って、って言わないし。邪魔しないから。」
お願いポーズでベインを見る。
「……作った事あるって本当か?」
物凄く疑われている。
「本当よ。材料がいくら必要か、手順だって説明出来るわ。」
「なら、説明してみろ。今すぐ。」
「良いわよ。」
王宮料理人に教わって作った事を思い出しながら、説明した。
ベインは黙って最後まで聞いた後、ため息をついた。
「分かった。その代わりオレが見ている所で作る事。怪我でもされたら殿下に殺されるからな。」
「有り難うベイン!」
「うわっ、手を握るんじゃない。殿下に見られたら殺されるだろう。」
ベインはグレーシス様を誤解している。
あんなに優しいグレーシス様が、魔物でもないベインを殺す筈がないのに。
「何言っているのベイン、グレーシス様は今、出勤しているから見られるなんてないし、見られても、やましい事なんて、一つもないから問題無いでしょう?それに、グレーシス様はそんなに心狭くないわ。」
「……どうだか。材料は揃えてやる。兎に角やるならサッサと準備しろ。こっちは忙しいんだ。」
「準備してくれるのね。有り難う。」
何だかんだ言うけれど、ベインは面倒見が良い。
手を洗って、早速作り始める。
先ずは邸の皆と、グレーシス様が食べる量を作る。
ベインや他の料理人に見守られながら、材料を混ぜて、棒状に形を整えたら三十分冷やして包丁で切る。
「待て、刃物を使うのか?怪我するだろう。」
「ベイン、さっき説明した時は何も言わなかったでしょう?大丈夫よ。見てて。」
生地を等分に切っていく。
「型は抜かないのですか?」
「随分厚みがありますね。」
後ろで見ていた料理人が呟いた。
「生地が無駄にならずに、食べごたえがあるクッキーになるの。」
「珍しい作り方だな。砂糖は若干少ないが、バターは多めだな。」
ベインがまじまじと私の手元を見ている。
テナール王国とは分量が違うらしい。
「オーブンに入れるのと、出すのは火傷するから任せろ。」
ベイン、やはり面倒見が良い。
結局仕事そっちのけで最後まで見守ってくれた。
ドキドキしながら料理人を始め、邸の皆に味見して貰った。
「バターの香りが良いですね。癖になります。」
ドルフの口には合ったみたい。
「サクサクして程好い甘さだ。量、いけるな。」
ベインからも良い反応が貰えた。
「こんなに美味しいクッキー初めてです。」
マイやメイにも好評だった。
他の料理人や侍従、護衛のサンセにも食べてもらったけれど、皆誉めてくれた。好評だったので、当番じゃないシュナイザーにはお土産として、サンセに託しておいた。
グレーシス様に味見して貰う分だけは、手を加えてハートの形にしておいた。
反応が気になる。
「騎士団では三時が休憩時間なので、殿下に届けて差し上げればいかがでしょう?」
執事のドルフが提案してくれた。
グレーシス様に会う理由が出来るのは、とても嬉しい。
「でも、今回はグレーシス様の分しかないの。他の騎士達に悪いから、また今度にするわ。」
残念ながら、グレーシス様の訪問は諦めて、まだ渡していないフェルメスの所へ行った。
庭園へ行くと、フェルメスが私を見るなり急いでやって来た。
「妃殿下、ち、丁度良い所に。」
「私もそう思っていたわ。はい、これ庭師の皆で食べて。邸の皆には食べて貰ったから、味は大丈夫だと思うわ。」
「え?クッキー?妃殿下が?」
皆、同じ反応なのが面白い。
「お茶会のお土産に、と思って作ったの。で、フェルメスはどうしたの?急ぎの用事みたいだったけれど。」
「そ、そうでした。妃殿下が任務をされている間に、あの種が発芽したのです。」
祖国で育てるのが無理だ、と断言された花の芽が出るなんて。
「まあ、凄いわフェルメス!」
早速種を植えた畑に行った。
芽だけだと思ったら結構成長していた。
「直ぐに伝えようと思ったのですが、枯れる可能性もありましたし、妃殿下の任務が終わってからと思いまして。」
「有り難う、気を遣ってくれて。」
庭園には毎日来ていたけれど、自然エネルギーを吸収する為には、緑豊かな、花が咲き誇る場所が適していた。
だから、少し離れた庭まで行く気持ち的余裕がなかった。
フェルメスは、私の気持ちを察して、ずっと声をかけるのを待っていてくれたのだろう。
「植えた三分の一しか育ちませんでしたが、このまま順調に育てば、一週間程で花が咲くでしょう。」
「一週間?思ったよりすぐね。フェルメス、本当に有り難う。私、約束を果たせるかもしれない。」
「約束?」
「ええ、花が無事咲いて、叶いそうだったら教えるわね。」
幼い頃、外交官らしき獣人男性と、約束した。
今度会った時、花をあげる、と。
「そんな十年以上も昔の約束、よく覚えていたな。
」
夜、何時ものように、私の私室で紅茶を飲みながら、話を聞いてくれたグレーシス様が、驚いていた。
「多分、あの約束の後、癒し手のせいで、他者との交流を断たれたから、印象が強く残ったのでしょう。王族は約束を違えてはならない。と教育されていましたから、その獣人さんとの約束が、ずっと心残りだった事も大きいと思います。」
「なるほど、それで花を育てていたのか。で、その外交官に心当たりが無いか?と。」
「はい。私が五歳位の頃です。申し訳ないのですが、顔と名前は思い出せなくて。」
「それは仕方がない。十年以上前で、一度しか会ってないなら、忘れてしまうのが普通だろう。宰相にでも聞いてみるか。」
「お願いします。」
グレーシス様が皿のクッキーを一口食べた。
私が作った。とは、まだ言っていない。
「あの、クッキーのお味はいかがですか?」
「ウマイな。バターの香りが良いし、歯応えも堪らない。」
グレーシス様はもう一枚クッキーを口にした。
「お茶会のお土産にしても良さそうですか?」
「ああ、二人とも菓子にはうるさいが、これなら気に入るだろう。ただ、この形は……。」
グレーシス様がハート型のクッキーをまじまじと見ているので、空かさず言った。
「そ、それはグレーシス様だけの為に作った物で、お土産用は只の丸いクッキーにする予定です。」
自分から言うのは、何だか恥ずかしい。
普通の丸いクッキーにすれば良かった。
少し後悔した。
「え?リーリスが作ったのか?」
「はい、邸の者には好評だったのですが、率直な感想がお聞きしたくて、黙っていました。ごめんなさい。」
「いや、謝らなくて良い。そうか、私だけか。有り難う。」
目を細めて優しい笑みを向けてくれた。
嬉しい、やっぱりハート型にして良かった……。
単純にも、直ぐに心変わりしてしまう。
グレーシス様がベインを殺す訳無いわ。
やはりベインは誤解している、と思ったのだった。




