45 終息
任務から二ヶ月経ったある朝、食堂へ行くとグレーシス様が席に座っていた。
「お帰りになっていたのですか?」
「ああ、日付が変わる前くらいにな。魔物の討伐も順調で、一日だけだが、休みを交代で取れるようになった。」
「起こして下さっても良かったのに。」
グレーシス様の向かいに着席すると、ドルフが食事を配膳してくれる。
「リーリスは今日も癒し手があるだろう。しっかり寝ておいた方が良い。それより、あまりゆっくりしては居られないのではないか?」
「そうでした。」
一人で食事をする時は、直ぐに食べ終わるので、食事する時間をあまり取っていなかった。
一緒に朝食を取れるなら、もっと早く食堂へ来たのに。
残念に思いながら食事を終え、王都に向かう九時がやって来た。
馬車に乗る時、グレーシス様が、ドルフと見送りに来てくれた。
「丁度、王都に用があるから、一緒に行こう。」
「え?はい。」
見送りではなかった。
「テナール王国では、護衛を付ければ、王族も自由に町を散策出来る。だから、元王国騎士団の騎士だった執事のドルフに頼んだ。」
「ドルフって元騎士だったのですね。」
グレーシス様に言われて、ドルフが帯剣している事に気が付いた。
温厚なドルフが剣を振る姿なんて、全く想像が出来なかった。
癒し手をする小屋の前に到着すると、グレーシス様に手を借りて馬車を降りた。
私とクレインは小屋へ、グレーシス様とドルフは、町のどこかへと歩いて行った。
癒し手を終えて、患者を仮設建物に運んでいる時、グレーシス様とドルフが戻ってきた。
「これが終わったら帰れますので、馬車でお待ち下さい。」
「そいつは?」
グレーシス様が、私の抱っこしているボブキャットを指さした。
「患者さんです。クレインと医師のテリーとで、元居た場所に戻しているのです。」
「何故リーリスが?」
「人手が足りませんし、私でも運べる大きさですし、モフモフで可愛いので、苦じゃないからです。」
寝ているボブキャットの背中に頬をくっ付けた。
やはり心地好い。
「待て待て待て!ストップ、リーリス!」
グレーシス様が、急に大きな声を上げたので、唇に人指し指を当てた。
「しっ、ですよ。グレーシス様。患者さんが起きてしまいます。」
「しかし……。」
グレーシス様が何か言いたそうにしている。
王族がすべきではない、と言われるかもしれない。
その前に、この場を離れなくては。
「なるべく早く終わるように頑張りますから、待っていてくださいませ。」
患者を抱えて、かけ足で仮設建物に向かった。
「待てリーリス。」
グレーシス様が物凄い早さで追いかけてきた。
何故かクレインとテリーがそれぞれ運んでいた患者を左右の腕に一名ずつ、計二名抱えている。
「私も手伝おう。」
「でも、折角のお休みにお手伝いなんて、疲れが溜まってしまいます。」
「それは毎日通っているリーリスも同じだろう。だから早く終わらせて一緒に休もう。」
本当にグレーシス様は優しい。
「では、宜しくお願いします。」
ドルフも手伝ってくれたので、いつもよりも早く患者を運び終えた。
邸に戻ると、日課の庭園散歩をする。
その時も、グレーシス様は付き合ってくれた。
「昼食を取ったら湯浴みを済ませて、リーリスの私室でまったり過ごすのはどうだろう?」
「まったり、良いですね。夕食は部屋に運んで貰いますか?」
「そうしよう。」
三時頃、湯浴みを済ませたグレーシス様が、私の私室に訪ねて来た。
「二人きりなんて久しぶりだな。」
「そうですね。」
少し、気恥ずかしい。
いつものようにソファーに並んで座り、侍女のマイが用意してくれたアフタヌーンティーを楽しむ。
「王都では癒し手だけだと思っていたが、運ぶなら、せめて女性や子供限定にしてはどうだ?」
「それでは確認に時間を取られて、効率が悪くなって仕舞うのです。失礼かと思うのですが、私には患者さんが皆同じ、可愛らしいネコちゃんにしか見えないのです。見分け方があるのなら、教えてくださいませ。」
「見分け方か、見た瞬間に分かるから説明出来ない。そうか、リーリスには分からないのか、だからあんな風に……いや……。」
不意に、ポスンとグレーシス様の尻尾が、私の膝に乗った。
「運ぶのは仕方ないとしても、撫でたり頬擦りするのはコレで我慢して欲しい。じゃないと気になって討伐に身が入らない。」
グレーシス様が、そのくらいで身が入らない。なんて、あり得ない。とは思うけれど、懸念事項は無い方が良い。
「分かりました。撫でるのも頬を寄せるのも、グレーシス様だけにしますね。」
「ああ、そうしてくれ。」
グレーシス様の尻尾をなでたり、頬を寄せてモフモフを楽しんでいると、尻尾がスルリと手から抜けた。
「あっ。」
ゴロンとグレーシス様が横になって、私の膝に頭が乗った。
「もしかして酔い花?」
辺境でスリスリされた日の事を思い出した。
「只の甘えだ。いくらでも撫でてくれて構わない。」
グレーシス様が寝返りをうって、右腕を私の腰に回してきた。
サラサラとした髪と、獣耳の際をコショコショ撫でると、獣耳がピコピコと動いて可愛らしい。
労るように頭や肩、上腕や背中を撫でていると、いつの間にか、グレーシス様が眠りに落ちていた。
余程疲れていたに違いない。
暫くして、パチリとグレーシス殿下の目が開いた。
「ああ、すまない。眠ってしまったようだな。」
「いえ、お疲れのようですし、ベッドで休みますか?」
「いや、眠ると直ぐに明日になってしまう。もう暫く二人の時間を楽しみたい。」
部屋で夕食を取りながら、お互いの近況を報告し合った。
楽しい時間は直ぐに過ぎて、時間は夜の十一時。
そろそろ休まなければならない。
「また明日から暫く離れ離れですね。少し、寂しいです。」
「では、私の代わりにこれを。」
グレーシス様がポケットから、ピンクのリボンで飾られた小箱を出して、渡してくれた。
「ハンカチのお礼だ。」
箱を開けると、中にはリボンの形をした髪止めが入っていた。
中央にはグレーシス殿下の瞳とよく似た、黄色い宝石のシトリンが嵌まっていた。
「グレーシス様の瞳と同じ色の石が……ありがとうございます。絶対に毎日付けます。すごく、嬉しいです。」
「なら良かった。」
お互いベッドに横になる。
グレーシス様の胸元に顔を埋めるのが、いつの間にか、私の定位置になっている。
暫く温もりを感じていたかったのに、疲れていたのか直ぐに眠ってしまった。
翌朝、早速髪止めを付けて、グレーシス殿下を見送った。
「よく似合っている。」
別れ際、お褒めの言葉と、二回目の口づけを貰ってしまった。
これは、頑張らなくては。
気合いを入れ直した。
癒し手を毎日続けて、三ヶ月が経った。
以前、絶対安静を患者達にお願いしてから、皆、意外にも協力してくれたので、始めの一週間以降、死者は出ていない。
時には動こうとする患者もいた。が、それを知ったクレインが、鬼の形相で持参していたロープを取り出し、患者の手足をグルグル巻きに縛っていたのは驚いた。
「これで聞かなければ私が縛りつけましょう。」
いつか、クレインが馬車で話していのを思い出した。
冗談だと思っていたけれど、まさか本気だったとは。
「クレイン殿が余程怖かったのか、それ以降、全員、絶対安静を守るようになりました。」
医師のテリーが話してくれた。
仮設建物内の患者がどんどんヒト型に戻って、社会復帰し、残る患者は百名程になった。
辺境の時には百名が多いと思ったのに、今は少なく感じる。
それ程に王都の伝染病感染者数は甚大だった。
でも、それも今日で終わり。
獣化した患者全てに癒し手を施し終えた。
後は安静にして、ヒト型に戻るのを待つだけなので、町医者に任せる。
「今まで有り難うございました。お二人に会えなくなるのは寂しいですが、後は私達にお任せ下さい。」
テリーや町医者達は力強く約束して、馬車を見送ってくれた。
早速王宮に戻り、クレインが王子達に任務終了を報告する。
同日の午後、王都周辺の森では、グレーシス率いる王魔討専部隊の魔物殲滅活動が効果を上げていた。
夜営しなくても現地の下級騎士団の見回りだけで対処出来ると判断が下され、任務終了が決定したのだった。




