44 王都任務一週間後
患者が全員回復するのを目標に、毎日、王都の広場に馬車で通う。
当初、仮設建物に収容されている患者達は、人間とは言え、王族が来た。と驚き、私が患者を運んでいるのを、ただ、見ていた。
「そいつはそこに寝てたよ。」
「まあ、有り難う。」
数日後、私に見慣れてきたのか、患者を運んでいると、どこに寝かせれば良いのか、教えてくれる患者が現れだし、気付けば、誰もが教えてくれるようになっていた。
王都に通って一週間が経った。
「妃殿下、実は三名程亡くなってしまいました。申し訳ございません。」
突然テリーに謝られて、クレインと顔を見合わせた。
癒し手は全員問題なく行えていたし、クレインの診察でも異常はなかった。
「何があったの?」
「クレイン殿のお陰で、患者は劇的に、奇跡かと思う程、良くなりました。しかし、それ故、私達の絶対安静の言葉を聞けず、その三名は、ヒト型に戻る前に、黙って帰宅してしまい、その後、急激に体調を崩し、亡くなったそうです。」
今、治療している患者は瀕死の重症者なので、回復する力が僅かしか無い。力が育たないまま動いては、その力が、すぐに尽きて死亡してしまう。
安静にしなければならない理由を、具体的に説明出来ないだけに、対策が難しい。
でも、これ以上死者を出したくない。
「私から皆に、お願いしてみます。」
聞いて貰えるかは分からないけれど、患者の前に立った。
患者達は人間の私にも、一斉に畏まって注目してくれた。
辺境騎士の忠誠に感謝しかない。
「皆さんにお願いがあるのですが、その前にお話させてください。体調が優れないでしょうから、寝転がって、お耳を傾けるだけで構いません。」
そう伝えると、皆、へにゃりと寝転がった。目を閉じた患者もいる。
でも、獣耳は、ちゃんとこちらに向けられている。
「魔物は弱い生き物に反応して、襲いに来るそうです。実は随分と前から、弱っている皆さんを狙って、大量の魔物が王都に押し寄せています。」
患者達が、ビクリと体を震わせ、私を見た。
「ご心配なく、王都を守るため、多くの騎士が夜も寝ずに、毎日討伐してくれています。でも、魔物に狙われない為には、皆さんが早く回復する事が重要です。」
手招きしてクレインを呼び、患者に紹介する。
「私がリロイ国王陛下の命を受けて、この王宮医師のクレインを連れて来たのは、本来、一ヶ月、獣化で苦しむ伝染病を、一週間、早くて四日でヒト型に戻れる治療が出来るからです。ですが、絶対安静が条件で、それを破って動くと死亡します。獣のまま、ここを出て行った患者のように。」
患者達は死亡した三名に、心当たりがあるようだった。
「どうか、命を掛けている騎士の為にも、皆さんの命を救おうと頑張っている医師の為にも、待っている友人や家族の為にも、命を無駄にせず、クレインの治療を受けたら、ここで安静にしてください。お願いいたします。」
深々と頭を下げてお願いする。
「妃殿下、頭をお上げください。」
患者の誰かが声をかけてくれた。
「最後まで聞いてくださって有り難う。きっと騎士が沢山魔物を討伐しています。全員回復する頃には、きっと肉祭りが開催されるでしょう。魔物肉の食べ放題、私も楽しみです。だから頑張りましょうね。」
「「ええ―――――!?」」
急に全員、目が飛び出るほど目を見開いて、ふしぎな声を上げた。
思ったより体力はあるみたいで、安心した。
「では、また明日。」
にっこりと挨拶をして、仮設建物を出た。
今日の任務は終了なので、馬車に乗り込む。
後から馬車に乗り込んだクレインが、クスクスと笑っている。
「妃殿下が魔物肉を食べる事実に驚き過ぎて、吹き飛んでしまったかもしれませんが、妃殿下の誠意は、きっと患者に伝わりましたよ。少なくとも、医師達は感動していました。あと、サンセとシュナイザーも。」
「何故サンセとシュナイザーが?」
クレインの言葉に、首を傾げた。
「彼らの仲間も人知れず討伐に行っています。国を守るのは騎士として当然で、大きな戦争にでもならない限り、いちいち国民に伝えませんし、感謝なんてされません。でも妃殿下は騎士を思い、彼らの為に、頭を下げてくれた。それが嬉しかったみたいですよ。」
「そんな、彼らを思うのは、王族として当然の事だもの。それより皆、安静にしてくれると思う?」
「これで聞かないなら、私が彼らを縛り付けましょう。妃殿下の頑張りを無駄にするなんて、私が許しません。」
帰りの馬車で、クレインは元気付けようと気を遣って、冗談を言ってくれた。
邸に戻ると、一番に庭園へ行く。
深呼吸をして、自然エネルギーを吸収し、体調を崩さないよう、努めなければならない。
「やはり、ここに居たか。」
この声はまさか……。
グレーシス殿下が、庭園にある薔薇のアーチをくぐって現れた。
「お帰りなさいませ。お怪我はしていませんか?」
急いで駆け寄る。
「大丈夫だ。この通り無傷だ。」
力こぶを見せるように両腕を曲げて、元気さをアピールされた。
普段クールなグレーシス殿下の、こんなお茶目な姿を知っているのも、私だけだと思うと、嬉しくなる。
グレーシス殿下にエスコートされて、今ちょうど、薔薇が見頃を向かえている庭園を歩く。
「やはりまだ、お忙しいですか?」
「ああ、獣化の人数が減らない内は、当分夜営だな。」
癒し手で患者の回復が早まれば、グレーシス殿下の夜営も、終わりを向えられる筈。
「夜営しなくても良いように、治療を頑張りますね。」
「ほどほどにな。それで、刺繍のハンカチを貰ったお礼がしたいと思っていたのだが、何か欲しい物はあるか?」
「お礼だなんて、でも、そうですね。祖国では、好きな方の瞳の色をしたアイテムを身に付けると、その方のモノだとアピールする意味があるのです。ですから、何でも良いので、殿下の瞳の色をした物が欲しいです。」
「よし、それは我が国でも同じ考え方なので、了解した。で、リーリス、もう名前で呼んでくれないのか?」
顔を覗き込まれてしまった。
敢えて言われると少し恥ずかしい。
「つい、今までの癖で……。」
「ならば、これからは、名前で呼ぶ癖付けが必要だな。今から練習しよう。」
そう言われても、呼ぶ用事も無いのに、ただ呼ぶなんて、困ってしまう。
「グ……グレーシス様?」
「もう一度。」
「グレーシス様。」
「もう一度。」
「グレーシス様っ、いつまでやるおつもりですか?」
「ああ、ゴメン、つい困っているのが可愛くて。」
「そう言うコト言うのは、ズルいです。」
やっぱり私だけ顔が赤くなってしまう。
不意にキュッとグレーシス殿下が抱き付いてきた。
「お陰で元気が出た。」
「私もです。」
三名も死者が出てしまい、実は落ち込んでいた。
けれど、思わぬ気分転換になった。
グレーシス様のお陰で。




