43 王都任務初日
グレーシス殿下が出立して約、三時間後。
「治療出来る準備が整いました。出立のご準備を、お願いいたします。」
フレイル殿下の使者から報告が来たので、王宮医師のクレインと馬車で、王都の広場へ向かった。
護衛のサンセとシュナイザーは馬に乗り、馬車と並走している。
「お待ちしておりました。リーリス妃殿下、クレイン王宮医師殿。私はオセロットの獣人で医師のテリーと申します。一応、町医者のまとめ役をしております。こちらが仮設建物、治療の場所は、少し離れたあの小屋です。」
広場に着くと、男性医師のテリーが案内してくれた。
仮設建物の中には入らなかったが、窓から中の様子を見た。
物凄い数の猫ちゃん達が寝転がっている。
介助しているのは町医者なのだろう。
忙しそうに動き回っている。
「皆、苦しそうで可哀想。でも、なんて愛らしいのかしら。」
「え?あの小汚ない労働者達が? 」
テリーが驚きの表情をした。
「私が今まで見たのは、比較的大型の方が多くて、それはそれで勿論、可愛いと思いますが、やはり小さい可愛らしさも素敵です。」
「ああ、妃殿下はご存知ないのですね、身分が高位の王公貴族は、大型化の獣になる傾向があり、身分が低位の平民は、小型化の獣になる傾向にあるのです。」
「まあ、初めて聞いたわ。」
クレインの説明に驚いた。
確かに王宮には大型ネコ科動物の獣人が多かった。
「では、治療の小屋に向かいましょう。」
テリーに案内されて小屋の中に入ると、既に患者が寝かされていた。
「早急に治療が必要な者を三十名、こちらの小屋に移してあります。患者は睡眠効果のある薬草茶で眠っております。」
希望通り、しっかり準備してくれていた。
医師のテリー、サンセとシュナイザーは小屋の外で待たせた。
患者は重症者ばかりだったものの、幸い全員回復する力がある。
癒し手を施せたので、クレインに診察を任せた。
「大丈夫、全員状態が良くなっています。」
治療が完了した患者には、治療終了のしるしに、手首に日付を書いたタグを結び、ヒト型に戻る目安が分かるようにしておく。
二時間程で全てが終わり、後は仮設建物に運ぶだけになった。
クレインが小屋の外で待機するテリーに報告した。
「症状は安定しましたが、動くと元に戻ってしまい、命を失います。ヒト型に戻るまで絶対、安静にしてください。」
「承知致しました。他の医師達に伝えます。」
報告は終了したようだったので、声をかける。
「さあ、では皆さんを仮設建物に運びましょうか。」
「「え?」」
テリーとクレインが同時に私を見た。
「妃殿下、それはテリーや町医者にお任せしましょう。」
「そうです、我々でやります。」
「でも、さっき見たけれど、現地医師は食事介助もあって忙しいでしょう?それに、今は皆さん眠っていますし、グレーシス殿下に比べて小さいので、ほら、私でも抱っこ出来る。」
近くの患者、スナネコを抱き上げて腕の中に収めた。
「そりゃ、殿下に比べたら小さいでしょうけれど。」
「でしょう?それに、こんなに可愛い獣なら、いくらでも運ぶわ。」
クレインが呆れている間に、スナネコの頭に頬をスリ寄せた。
グレーシス殿下とは、また違ったモフモフ具合がたまらない。
「ひ、妃殿下、お止めください。彼は成人中年男性の鉱夫です。お顔をお離しください。汚れます。」
テリーが慌てている。
「あら、そうなの?まあ良いわ。さっさと運びましょうか。」
「ちょ、お待ち下さい妃殿下っ。」
テリーが近くの患者を拾い上げて、慌てて付いてきた。
「仕方ないですねぇ。妃殿下は。」
クレインも苦笑しながら患者を運ぶ。
仮設建物に入って直ぐ、患者に誤解された。
「に、人間だ!何で人間が。」
「獣人を捕まえている!誘拐だ!」
たちまち大騒ぎになってしまった。
患者達の状況を見て、テリーがため息をついた。
「小屋だけで完結すると思っておりましたから、妃殿下が来る事は、医師以外、知らせておりません。まさか王族が平民を抱いて、こんな所に顔を出すなんて、誰も思いません。」
「あらら、混乱させてしまったのね。こんなに騒がしいと、せっかく治療した彼らが起きてしまうわ。さて、どうしたものかしら。」
スナネコを撫でながら、患者に目を向ける。
シン……と静まり返っていた。
「妃殿下って、もしかして第三王子と結婚した人間の?」
ポツリと誰かの声が響いた。
獣人は耳が良い、おそらくテリーの、妃殿下。の言葉に皆、反応したのだろう。
王族を罵倒すれば不敬罪になる。それを恐れたようだ。
丁度、注目されているので、にっこり微笑んだ。
「どなたか存じませんが、正解。初めまして、第三王子グレーシス殿下の妻、リーリスでございます。この通り人間です。ですが、噂されているように、国を乗っ取る気も、彼を誘拐する気もございません。今回、私は皆さんの回復をお手伝いする為、リロイ国王陛下に任命されて、王宮医師を連れて来たのです。」
スナネコを抱いたまま、淑女の礼をした。
「「「大変失礼をいたしました。」」」
バッと皆に平伏されてしまった。
何事?
態度の急変に驚いていると、クレインが説明してくれた。
「妃殿下は存じ上げないようですが、昨日、妃殿下が、辺境騎士団を伝染病から救うために尽力し、騎士から忠誠を誓われた旨が、リロイ国王陛下から、王国内に発表されました。」
「そうだったの?」
初耳だった。
「はい、騎士の忠誠は最も名誉な事で、王族として相応しい証にもなります。特に辺境騎士は、極めて人間嫌いで有名ですから、彼らから忠誠を誓われるのは、国民からも、絶対的な信頼を得られるのです。」
「そうだったのね。」
テナール王国に馴染めるよう、働きかけてくれたリロイ国王陛下に、心の中で感謝を捧げる。
今回の任務も無事終えて、恩に報いなければ。
「ねぇ、テリー、彼はどちらに寝かせたら良いの?」
「ああ、こちらです。」
テリーに指定された場所に、スナネコを寝かせた。
「皆さん楽にして、療養に専念してくださいね。」
そう声をかけて、小屋にいる患者を仮設建物に運んで、指定された場所に寝かせる作業を、何度か繰り返した。
途中、他の医師が、患者を介助している手を止めて、手伝おうとしてくれた。
「あなたは今、そのお仕事をしているのだから、そちらを。ね?」
そう言えば、簡単に引き下がってくれたので、私はあらゆる種類のネコちゃん……ではなく、患者を、抱っこ……、ではなく、運んで、モフモフの感触を楽しんだ。
「王族にこんな事をさせたなんて、フレイル殿下の使者に知られたら……。」
テリーが心配している。
「大丈夫。フレイル殿下は心の広い方よ。私がやりたいならば、きっと止めないわ。」
「止めない、ではなく、止められないんです。だって、妃殿下って、慈愛の塊なんですよ。」
「クレイン、それは褒めすぎよ。」
私は自分の幸せの為に動いているだけで、慈愛なんて持っていない。
「……ああ、そうですね。それは止め難い。」
何故か今日、会ったばかりのテリーが納得して、クレインと二人だけで通じ合っていた。
「では、明日もよろしくお願いいたします。」
テリーに見送られ、本日の任務を終えた私とクレインは、馬車に乗り込んだ。
「それにしても、まさか妃殿下が患者を運ぶまでするとは、思いませんでした。グレーシス殿下が知ったら、気の毒で仕方がありません。」
「あら、どうして?殿下ならきっと、よく頑張ったって、言ってくれると思うわ。」
「まぁ、そうでしょうね。でも、複雑じゃないですかねぇ。」
「複雑?」
グレーシス殿下を思い出す。
今朝別れたばかりなのに、もう会いたくなってしまった。
きっと今は、討伐任務真っ最中だろう。
怪我していないと良いけれど……。
気付けば、グレーシス殿下の事ばかり考えていた。




