42 ハンカチ
朝八時、グレーシス殿下が出立する時間が近づいていたので、門の前でお見送りをする。
帯剣し、普段の騎士服とは違う、騎士用戦闘服を身に纏ったグレーシス殿下は、勇ましい剣士そのものなのに、美丈夫だからか、男性的な色気まで感じられた。
「なるべく早く戻る。リーリスの任務も大変だろう。無理しないようにな。」
「殿下こそお気を付けて。あと、これを受け取って頂けませんか?」
グレーシス殿下のイニシャルと、剣をデザインした刺繍のハンカチを差し出した。
「祖国ではお慕いする方に、その方のイニシャルと、モチーフを刺繍したハンカチを贈るのです。いつもお側に、という意味も込められています。」
グレーシス殿下は、刺繍入りのハンカチを受け取り、刺繍を手でなぞった。
「ありがとう。そうか、お慕いする方に……お慕いする方?」
顔を二度見されてしまった。
「はい、お慕いしています。私、殿……グレーシス様をお慕いしているのです。」
あえて確認されると恥ずかしい。
けれど、大事な事なので、二回言った。
勢いついでに、名前呼びもしてみた。
グレーシス殿下が、受け取ったハンカチを胸のポケットにしまってから、私をギュッと抱き締めた。
「ありがとう。肌身離さず持っておく。いつもリーリスを思う。」
「絶対、無事に帰って来て、リボンを返して下さいね。」
グレーシス殿下を抱きしめ返した。
「大丈夫だ。約束は必ず守る。リーリス、よく顔を見せて。」
抱きしめる手を緩めて、グレーシス殿下を見上げると、グレーシス殿下が、右手でマントを振り上げた。
急に視界が暗くなって、意味が分からないでいると、そのまま頤に左手を添えられて、グレーシス殿下の唇が、私の唇に、ふわり……と触れた。瞬間、その柔らかさに驚いて、体がピクリ、と反応した。
何が起きたか気付いた時には、互いの唇は離れて、同時に、マントも下ろされたので、視界は明るくなり、全てが一瞬の出来事のようだった。
「リーリスも無理はしないように。約束できる?」
グレーシス殿下の、シャンパンのように美しくて、熱を帯びた、黄色い瞳に見つめられると、恥ずかしさが込み上げてきた。
声も出せず、真っ赤になったまま、小さくコクリ、と頷くしか出来ない。
グレーシス殿下は満足そうに微笑むと、頤に添えた手を離し、待機させている馬に、サッと跨がった。
「行ってくる。」
「行ってらっしゃいませ。」
姿が見えなくなるまで、見送った。
唇の感触が、鮮明に思い出されて、暫く、顔の紅潮は治らず、その場に立ち尽くしていた。
控えていたドルフと護衛のサンセに、全ての様子を見守られていた。と気付いたのは、やっと紅潮が治まりかけて、冷静になった数分後だった。
「わ、私としたことが、二人が居たことを失念するなんて……。」
顔を覆って悶えた。
「妃殿下、そう恥ずかしがらずとも、大丈夫です。お二人の様子は、距離を取って見ないようにしておりましたし、肝心な所は、殿下がマントで隠しておりましたから、ご安心くださいませ。」
ドルフの生暖かい笑顔に、グレーシス殿下が、マントを振り上げた意味を、初めて理解した。
でも、獣人は耳が良いと既に知っている。だから内容は、全て聞こえていたに違いない。
もう、穴があったら入りたいっ。
まだ当分、顔の紅潮は、治まりそうになかった。




