27 グレーシスの心境
四日目、朝、六時に起床する。
顔を洗ったり、髪を梳かしたり、着替えたり……と、侍女のマイに世話されながら、準備を整える。
うう……頭がまだぼんやりとしている。実は早起きが、あまり得意ではないのよね……。
私の準備が終わった頃、朝の自主鍛練を終えたグレーシス殿下が、部屋に戻って来た。
「おはようございます。鍛練お疲れ様です。」
「ただいま。直ぐに着替えてくる。」
グレーシス殿下が浴室で軽く汗を拭き、騎士服に着替えている間、ソファーに座って、マイが淹れてくれた紅茶を飲みながら、目を覚ます。
準備が整ったグレーシス殿下と共に部屋を出ると、日替りの専属護衛騎士、三名が部屋の前で待機していた。
今日は、部隊長補佐のエイガーが教育係らしい。
「本日妃殿下の護衛を致します、辺境騎士二名です。」
エイガーに紹介された騎士二名は、各々簡単に自己紹介してくれた。
「今日は宜しくね。」
親しみを込めて微笑み、挨拶をする。
七時前には三名の護衛を伴って、グレーシス殿下と一緒に食堂へ行き、朝食を摂る。
その後、グレーシス殿下は討伐準備で辺境騎士の詰所へ行く。
一方、私は食堂で合流した王宮医師のクレインと、患者の食事を乗せた、手押しワゴンを取りに行く。
ホールに収容されている患者の朝食は八時と決まっていた。
介助者はお粥の皿を持って、患者の元へ行き、お粥を食べさせる。
私がお粥の皿を持って歩いていると、獣化した騎士達の大多数が口を開けて、私の食事介助を受け入れてくれるようになった。
きっと、辺境騎士団団長補佐、キャリオンが、私の食べさせるお粥を、それはそれは美味しそうに食べてくれたお陰だろう。
今では、食事中、膝の上に手を乗せられたり、尻尾を絡ませたりしてくる者までいる。
そう言えば、殿下も同じ様な行動をしていた気がする。
「あれは信頼感から来る、表現の一種なのです。良かったですね。」
次のお皿を取りにワゴンの方へ向かっていると、護衛として控えていた団長補佐エイガーが、こっそり話してくれた。
「妃殿下、今日は自分の番だよ。」
「お前は昨日、妃殿下に食べさせて貰っただろう。」
最も重症だった一~三のグループは、癒し手の効果もあり、皆、口喧嘩出来る程に回復していた。
「ほぅ、随分と元気になって何よりだな。」
いつの間にか、グレーシス殿下が隣にいて、ニッコリと騎士達に微笑む。
きっと討伐前にお見舞いに来たのだろう。優しい人だから心配してるのね。
微笑ましく思っていたのに、不思議と辺りは凍りついた空気になった。
私の膝に乗せられていた手や、尻尾が素早く退けられた。
「こんな事になって居るんじゃないか、と来てみれば、やっぱりだ。」
グレーシス殿下は口元に手を当てて、ハァーッ……とため息を吐いている。
何か心配事があったらしい。
「殿下、丁度良い所に。」
グレーシス殿下に気付いたクレインが、こちらへやって来て報告した。
「初日に治療したグループは、早い者ならば、明日にでもヒト型に戻れるでしょう。」
確か、伝染病に罹ったグレーシス殿下に癒し手をして、ヒト型に戻ったのは三日目後だった。しかも裸……。
ここでは食事の介助で来るだけなので、裸を目撃!なんて事も無さそうで安心した。
「其は何よりだな。早く復帰して貰わねば。甘え癖がついてしまう。」
甘え癖?休み癖ではなくて?
グレーシス殿下の真意が分からなかった。
「只横になって、食事をして、療養しているだけの彼等に、何か甘えているような事なんてありましたか?」
首を傾げる。
「あんなに分かりやすいのに、な。」
グレーシス殿下に話を振られたクレインが、苦笑いした。
「妃殿下はまだ、獣人の全てを理解するには日が浅いですから、仕方がないですよ。」
「あの、二人で分かり合っていないで、私にも分かるように説明して下さいませ。」
「そうしたいが、任務に行く時間だ。」
「私も診察途中でした。」
結局、はぐらかされてしまった。
周りの皆には簡単に答えられる問題が、自分だけ分からない時に感じる、あの、何とも言えない歯痒い気持ちになってしまった。
お昼休みと、癒し手の前後に時間がある時は、なるべく城塞の屋上へ行って、自然エネルギーを補給するのが日課になっていた。
グレーシス殿下は日中、魔物の討伐支援で城塞に居ない事が多い。
けれど、夜、私が屋上に行く時には当然のように付き合ってくれた。
今は、夜八時四十分を回った所。
食後の片付けが終わり、九時に行う癒し手には、まだ時間があったので、グレーシス殿下と一緒に屋上へ来ている。
今のうちに自然エネルギーを取り込んでおかなければ。
深呼吸している私にグレーシス殿下が言った。
「随分懐かれた様だな。」
「そうだと嬉しいです。」
初日の拒絶反応に比べれば、今はかなり接しやすい。
自然と笑顔になる。
「リーリスの頑張りは、獣化した奴等にちゃんと伝わっている。良かったな。」
グレーシス殿下が頭をポンポン撫でて褒めてくれた。大きな手が心地良い。そんな事をされたら、益々やる気が出てくる。
「はい、頑張ります。介助も癒し手も。」
グレーシス殿下のしっぽが、ベシッ、と足元の石畳を打った。
「あまり頑張らなくて良い。奴らに優しくするな。あと、私以外に……。」
「殿下以外に?」
暫く間があった。
「……やはり何でもない。そろそろ癒し手の時間だな。」
またしても、はぐらかされてしまった。
グレーシス殿下の事も、もっと知りたいのに。




