25 癒し手の任務
患者の就寝時間は夜八時と早い。
夜九時、薬草茶で皆が寝静まった頃を見計らって、ホールへ行き、癒し手を行う。
「医師が治療に専念したいそうだ。何かあれば呼ぶ。終わるまで誰も通すな。」
「「「はっ」」」
グレーシス殿下が専属護衛騎士達に、外扉の前で待機するよう命じてくれた。
ホール内では、グレーシス殿下と王宮医師のクレインが、少し離れた場所で見守ってくれている。
もし、誰かが起きた場合に、注意をそらす役目もある。
初日は特に、重症な患者のグループだった。
最も命が危険だと直感したサーバルの背中に触れて、絶望した。
回復する力が残っていない。
「……っ、お願い、逝かないで……。」
声が震えた。
近くにいたグレーシス殿下とクレインが、私の異変に気づいて駆け寄って来た。
「もしかして、回復する力が無いのか?」
グレーシス殿下の言葉に涙目で頷いた。
「もう、もってあと数分です。ご免なさい、何も、力になれなくて……。」
同じことは、過去にも何度か経験した事があった。
でも、分かっていても、やるせなくて涙がボロボロと溢れる。
「これも想定内だ。リーリスのせいじゃない。辛いが患者はまだいる。出来る事をすれば良い。」
「うぅっ……。」
返事をしようと思うのに、上手く言葉を出せず、手で口を覆ったまま、コクコクと泣きながら頷いた。
「獣人の為に泣いてくれて、有り難う。」
グレーシス殿下が、優しく涙を拭ってくれた。
数分して、サーバルの死を確認したクレインが、私の背中に手を添えて、言ってくれた。
「伝染病で亡くなる方の顔は、苦痛に歪むのですが、この方は、信じられないほど穏やかな顔です。きっと痛みが和らいだのでしょう。それは、とても素晴らしい事ですよ。」
二人に励まされ、亡くなった一名以外の全員に、癒し手をすることが出来た。
癒し手を受けた者は皆、呼吸が安定し、顔色が良くなっている。
「これは……本当に、奇跡です。」
患者の状態を確認する為に、全員の診察を終えたクレインは、感嘆の声を漏らしていた。
死者は呼び出した騎士によって運び出され、本日の癒し手は終了した。
「亡くなった方はどうなるのですか?」
「病気が蔓延しない為、早急に火葬される。遺族は骨を受け取るだけだ。」
「そう、ですか。」
やるせない気持ちでホールを後にした。
これから六日連続で、癒し手を行わなければならない。
祖国の病院に、お忍びで行く機会はあったけれど、多くても週一回で、毎日行うのは、今回が初めてになる。
自然エネルギーが不足しないよう普段よりも気を付けなくては。
「……もし、良かったら、気晴らしに星でも観ないか?城塞の屋上から見える星は、格別に美しいと言われている。」
グレーシス殿下は私が泣いてしまったから、元気づけようと誘ってくれたのだろう。
気遣いが嬉しい。
「はい。」
こくんと頷くと、サッと手を取られた。
壁に等間隔に提げられている、ランプの一つを手にしたグレーシス殿下にエスコートされて、屋上へ続く階段を暫く上った。
屋上に着くと、ビュオオーッと冷たい風が吹いてきて、思わず目を閉じる。
この森に囲まれた城塞は高台にある。
見張り台の役割がある城塞の屋上は、山からの風が強く、少し肌寒い。
「これなら寒くないだろう。」
「っ!」
ふわり、とグレーシス殿下が、マントで覆うように、後ろから抱き込んで来た。
「確かに、寒くは、ない、です。」
むしろ、密着しているせいか、顔が火照って熱い位だった。
グレーシス殿下は風邪を引かないように、親切心でやってくれているのであって、きっと、深い意味は無い。そう、只の親切心。何故なら殿下は優しい方だから!
気持ちを落ち着けよう。そう思って空に目を向けると、夜空には満天の星が輝いていた。
「綺麗……。」
一つ一つの星の光がハッキリとして、夜空を覆い尽くす程沢山ある。
今まで見た星空の中で、最も美しかった。
空に近いからか、それとも城塞が森の中にあるせいかは分からない。屋上には自然エネルギーが満ちていた。
深呼吸をすると、失われた自然エネルギーが、回復するのを感じられた。
顔を見て、お礼を伝えようとした。
けれど、後ろから抱きくるまれて、振り向くには無理がある。
仕方なく目の前にあるグレーシス殿下の腕に、そっと触れた。
「連れて来てくださって、ありがとうございます。明日も頑張れそうです。」
「それは良かった。今日はよく頑張ったな。」
いつもよりずっと優しい声で、さっきよりも少し強く、後ろから抱き締められた。
「っ……。」
折角気持ちを落ち着けた所だったのに、また顔が熱くなってしまった。




