23 辺境到着
お昼頃、ヘンケル辺境伯の領地に入った。
森の中にある一本道は、ずっと上り坂が続いている。
突如、周囲が開けて、石造りの城塞が現れた。
周囲を囲むように高い石の壁がそびえ立ち、周囲には濠が巡らされている。
「高い壁や濠には、魔物の侵入を防ぐ効果があります。」
馬車の中にいる騎士が話してくれた。
橋を渡って城門をくぐり、中に入ると、城を中心に小さな町が広がっていた。
城の入り口に馬車を停めると、グレーシス殿下が外から扉を開けた。そして、手を差し出して馬車から降りるのを補助してくれた。
城の入り口には、リロイ国王陛下とよく似た、体格の良い男性が、一人立っていた。
金色の髪は短く、茶色の瞳が印象的だった。
「グレーシス殿下、応援感謝致します。リーリス妃殿下、お初にお目に掛かります。リロイ国王陛下の弟で、この辺境の領主でもあり、辺境騎士団団長でもあるギルバート・ヘンケルでございます。先日は私と妻の為に、刺繍のハンカチをくださり、ありがとうございました。」
ギルバートは礼儀正しく礼をした。
「お会い出来て光栄です。ギルバート閣下。結婚祝いに素敵な薔薇を沢山送って頂き、感謝致します。今回は王宮医師の助手として参りました。またお世話になります。」
敬意を持って淑女の礼を返した。
一通り挨拶を済ませると、グレーシス殿下が早速本題を切り出した。
「叔父上、早速だが、現状を確認したい。」
「そうだな。付いて来てくれ。」
ギルバートによって舞踏会が開かれる大ホールに案内された。
獣姿になった騎士達が、一匹一畳程の薄いマットレスの上に寝かされて、ホール一杯に並べられている。百名はいるように見える。
「症状は悪化するばかりで、死者も何名か出てしまいました。」
ギルバートは悔しそうに話してくれた。
沢山のうめき声が聞こえる。中には力無くグッタリして、微かに息をしているだけの者もいた。
「なんて酷い。」
早く癒し手を使わなければ、手遅れになるかもしれない。
最も苦しそうにしているサーバルを見て、思わず反射的に駆け寄った。
「触るなっ!お前が病気を持ち込んで、テナール王国を乗っ取ろうとしたせいで、俺達は同胞を失ったんだ。」
サーバルの向かいに寝転がっているカラカルが、肩で息をしながら、吠える様に怒鳴ったので、その声の迫力に驚いてビクッと手を止めた。
周りから冷たい視線を感じる。
「「「人間は出ていけ!人間は出ていけ!」」」
非難する声がホールに響く。
迫力に押されて、なす術も無く、その場で固まるしか出来なかった。
「ハァ……。」
非難の中、顔をしかめて、ため息をついているグレーシス殿下の尻尾が、上下に激しく動いて、床を打っていた。
「妻のリーリスが来たのは王命だ。不服ならば王子である私が聞こう。」
非難する声の中、グレーシス殿下の怒りを纏った冷たい声は、決して大きな声ではなかった。むしろ普通くらいだったのに、ホールは一瞬で静かになった。
「伝染病は、リーリスが国境を越える前から、既に我が国で流行っていた。噂に根拠は無い。本人が目の前に居るんだ。どんな人間かは療養しながら、自身で真実を見極めればいい。」
私を擁護しながらも、騎士達の考えは否定しない。
グレーシス殿下の言葉に騎士達は冷静さを取り戻したようだった。
「リーリス、此方へ来て挨拶を。」
グレーシス殿下に手招きされて、隣に並んだ。
「皆さん、ご挨拶せず申し訳ございませんでした。セーラン王国の第一王女で、グレーシス殿下の妻になったリーリスでございます。祖国の国民が皆様に行った数々の差別的言動について、国を代表してお詫び申し上げます。」
最上級の礼をした。
王族が、下位の者に頭を下げる事は先ず無い。が、誠意を見せなければならない。
騎士達はざわついていた。
「今回、王宮医師のお手伝いをするよう、王命を受けて参りました。皆様が早く回復出来るよう、尽力させていただく所存にございます。」
どんなに辛いことがあっても、淑女は微笑みを絶やしてはならない。と教育されていたので、ニッコリと微笑む事ができた。
今はまだ癒し手を使う時ではない。その時が来るまで、どうか、もう少し頑張って欲しい。
後ろ髪を引かれる思いでホールを後にした。
早速用意された別室で、グレーシス殿下と、王宮医師のクレインとで、これからの事を話し合う運びとなった。
「王魔討専部隊一名と、辺境騎士二名を日替わりで、リーリスの専属護衛に付ける提案を、叔父上、ギルバート団長に打診しようかと思っているが、どうだろう。」
グレーシス殿下から具体的な話が出た。
辺境に行くと決まってから、考えてくれていたのだろう。
「一日でも専属になる事で、騎士はリーリスの人となりが分かるだろう。リーリスは患者以外の騎士と接する機会にもなる。それに国王直属のエリートである王国騎士から指導が受けられるのは、魔物討伐で忙しく、教育が行き届かないギルバート団長にとっても、悪くない話の筈だ。」
全員が、得をするように配慮できるグレーシス殿下の考え方に、思いやりを感じる。
「騎士団の中に居るのに、護衛されるのは気が引けますが、色々な方と接する機会を頂けるのは、ありがたいです。」
「私も賛成です。辺境騎士団の者達は王族に対する礼儀に欠けている気がいたしました。ところで妃殿下、殿下から伺ったのですが、食事介助までするとは本当ですか?」
流石グレーシス殿下。クレインとも情報共有を怠っていない。
「ええ、クレインがするのだから、助手の私もすべきだし、人手は大い方が良い筈よ。」
「それはそうですが、癒し手もされるのですよね。私はまだお目にかかっておりませんが、大丈夫なのですか?」
クレインは体力を心配してくれているのだろう。
お陰で重要な事を思い出した。
「そうだったわ。癒し手は一日三十人くらいが限界なの。それで重症な方を優先したいから、症状の重い患者から、三十名ずつグループ分をしたいのです。可能でしょうか?」
「重症患者の選別は医師である私が行います。」
「グループ分けで患者を移動させるのは、王魔討専部隊に任せろ。癒し手は、皆が寝静まってからで良いか?」
「そうですね、出来るならば、直ぐにでも行いたいですが、私が触れる事に拒否感がありますし、癒し手に勘づかれるのも避けたいです。」
「妃殿下、ご心配には及びません。殿下の指示で、薬草茶を沢山準備しております。これを就寝前の全員に処方すれば、よく眠れますので、気付かれないでしょう。疲労回復効果もありますので、一石二鳥です。」
リロイ国王陛下と話した内容を、グレーシス殿下はちゃんと覚えてくれていた。
クレインは時間が限られている中で、薬草の準備をしてくれたに違いない。
きっと薬草園の皆も、協力してくれたのだろう。
「では、ギルバート団長に話をつけてくる。暫く待機していてくれ。」
グレーシス殿下がそう言い残して部屋を退室した。
暫くしてグレーシス殿下が戻って来ると、早速専属の護衛騎士が三名付けられた。
二名の辺境騎士は強張った表情で私を見ていた。
私の護衛は嫌だけれど、王魔討専部隊の騎士から指導が受けられるのは、魅力的だから仕方が無い、みたいな感じかしら。
「グレーシス殿下の妻リーリスです。本日は宜しくね。」
先ずは彼等に淑女らしく、笑顔で挨拶をした。
どう想われようと、今は自分が出来る事を一生懸命にやるだけ。
王族として、グレーシス殿下の妻として、国の役に立つ為に。
それが私の幸せに繋がるのだから。




