22 騎士と辺境への旅
「辺境へは、途中にある騎士団御用達の宿に泊まりながら向かう。任務内容が漏れないように、宿は騎士団で貸切にするのが普通だ。」
馬車の中で、グレーシス殿下が教えてくれた。
夕方、宿に着いた。
来る時に、お世話になった貴族の邸と比べると、全体的に小さくて可愛らしい、木造の建物だった。
建物内は、思っていたよりも広い。
「宿には、シングルとツインルームがある。部屋はバス、トイレ付きで、食事は食堂か、部屋食かが選べる。」
グレーシス殿下に宿の説明をして貰いながら、二階の奥にある部屋に案内された。
部屋の正面には窓があり、ベッドが壁際に左右一台ずつある。ベッドの中央には簡易な台があって、その上にはランプが置いてある。
右手前には、お風呂とトイレへの扉、左手前には、クローゼットがあった。
「リーリスと私は、このツインルームになる。ベッドは好きな方を使ってくれ。私は食堂で夕食を取るが、リーリスの食事は部屋に用意させよう。」
「どうして私だけ、部屋食なのですか?」
気になって聞いてみた。
「リーリスは王女だが、私は騎士団にいる時、王子ではなく、部隊長だ。だから任務中の食事は、騎士達と食べるようにしている。」
「それなら今、私は王女ではなく、部隊長の妻ですから、皆様と、食事をご一緒しても宜しいですよね?」
両手を胸の前に組んで、真っ直ぐグレーシス殿下を見つめると、フッと目を細められた。
「ああ、それもそうだな。では一緒に食堂へ行こう。護衛も必要無いしな。」
「はい。」
グレーシス殿下に案内されて食堂へ行った。
食堂には六人掛けのテーブルがいくつかあって、既に騎士達は着席していた。
何だか騎士達から視線を感じる。
きっと、上司であるグレーシス殿下を見ているだけね。
席がまだ空いているテーブルに、グレーシス殿下が座った。
「リーリス、ここへ。」
グレーシス殿下が、隣の椅子を引いてくれたので、そこに座ると、直ぐに料理が運ばれて来た。
料理が全員に行き渡ると、グレーシス殿下がスッと立ち上がった。
すると、先程まで雑談していた騎士全員が、一斉にグレーシス殿下に注目した。
「ここまでご苦労。よく食べ、よく休み、明日に備えてくれ。」
「「「はっ!」」」
グレーシス殿下の言葉に、騎士全員が一斉に返事をして、食事が始まった。
料理はお肉と野菜を大きめにカットして、皿に乗せた、ダイナミックな料理だったけれど、味はとても美味しかった。
「リーリス、味はどうだ?」
「はい、この魔物のお肉、とても美味しいです。」
「そうか、良かったな。」
グレーシス殿下と話していただけなのに、辺りがざわついた。
同席していた騎士達の手が止まって、こちらを凝視している気がする。
視線が気になって、向かいに座っているチーターの獣人(確か、部隊長補佐のエイガーと言っていた)に声をかけてみた。
「エイガー、何か?」
「いえ。何でもございません。」
「そう?」
何でもない感じには見えないけれど、それ以上追求はせず、食事を続けた。
ベインの繊細な料理とは、また違った美味しさがあった。
でもお兄様の好みはベインの方ね。なんて考えていた。
気付けばエイガーは、グレーシス殿下に話しかけていた。
「任務について大事な話がある。食後時間をくれ。」
「大事な事なんてあったか?」
「ある。物凄く大事な事だ。」
「何だ?まあ良い、分かった。」
砕けた言葉遣いのエイガーに、面倒臭そうな態度を隠さないグレーシス殿下。
互いに気心の知れた仲だと分かる。
面倒臭そうにするグレーシス殿下なんて、初めて見た。
何時もキッチリしている所しか見たことが無いから、少し新鮮だった。
「では、お先に部屋へ戻らせていただきます。」
食後グレーシス殿下に一言告げて、侍女のマイと食堂を出た。
瞬間、ガタガタッと大きな音がして、食堂が急に騒がしくなった。
食堂には扉が無いので、振り返れば、食堂の様子が直ぐに分かる。
どうしたのかしら?何だか凄い勢いで騎士達が、グレーシス殿下の周りに集っている。
大事な話がある、とエイガーが言っていたから、きっとそのせいね。
騎士達といる時のグレーシス殿下は、王宮にいる時よりも遠慮が無く、生き生きしているように見えた。
先ほどのエイガーとの遣り取りを見て、グレーシス殿下にとって騎士団は、自然体でいられる場所なのだろう。
邪魔をしないように、そっとその場を離れた。
部屋に戻り、マイに世話をされて、お風呂に入った。
紅茶を飲みながらグレーシス殿下の戻りを待つ。
けれど、十一時を過ぎても戻る気配は無い。
「妃殿下、明日に疲れを残さない為にも、お休みになられた方が宜しいかと。」
マイが心配そうにしている。
私よりも、マイの方が疲れている筈だから、彼女を早く休ませなければ。
「そうね、もう休むわ。」
「では、お休みなさいませ。」
マイが退室して、入口から向かって右側のベッドに横になる。
隣にあるベッドをぼんやり眺めながら、グレーシス殿下の戻りを待っていたけれど、いつの間にか眠ってしまった。
グレーシス殿下は、騎士達と夜遅くまで起きていたみたいで、朝も早いのか、私が目覚めた時にはもう、ベッドにはいなかった。
掛布団が乱れていたので、少しは横になったらしい、と分かる。
皆寝不足で大丈夫なのかしら?
まだ一日しか経っていない。
辺境へ着けば、騎士達は魔物討伐が待っている。
心配せずには居られなかった。
「外には護衛も沢山居ますから、馬車内まで護衛をする必要はありません。休憩の為に馬車に乗るのですから、眠って下さい。」
馬車の中に居る騎士には、そう声を掛けるようにしてみた。
「大丈夫です。任務中ですから。」
騎士達は、頑なに休もうとはしてくれなかったので、休憩の時、グレーシス殿下に相談した。
「護衛対象を心配させない事も、任務のうちだ。そう部隊長に言われてしまいました。」
部隊長補佐のエイガーが、馬車に乗る順番になった時に教えてくれた。
「では、お言葉に甘えさせて頂きます。」
グレーシス殿下が私の気持ちを汲んで、直ぐに対応してくれたお陰で、騎士達は一言断ってから、眠るようになった。
やはり痩せ我慢していたのか、騎士達は眠りに落ちると、私がマイやクレインと話をしていても、次の休憩で交代するまで、起きる気配はなかった。
テナール王国は、山間部の森を切り開いて出来た国なので、辺境までは、田舎道や林道が続いている。
休憩場所は水辺があって、少し開けた場所が選ばれていたので、リフレッシュするのに、うってつけだった。
両手を広げて草や花、木々の清々しい香りを胸一杯吸い込むと、自然エネルギーが身体を満たして行くのを感じる。
「疲れていないか?」
グレーシス殿下の方が寝不足で、馬に乗り続けて疲れている筈なのに、いつも気遣ってくれる。
そういう所が優しい。
「はい、自然に触れると元気を貰えますから、平気です。」
笑顔で答えると、傍で見守ってくれているグレーシス殿下が目を細めて、それはそれは素敵な優しい微笑みを返してくれた。
「「「のおおおーっ?」」」
私の胸の高鳴りとほぼ同時に、遠くで待機していた騎士達が、何とも言えない声をあげたので驚いた。
彼等を見ると、此方を見ながら何か真剣な表情で互いに話し合っている。
ふと、食堂で殿下に騎士達が集っているのを思い出した。
「もしかしたら騎士の皆さんは休憩の間、殿下に大事なお話があるのかもしれません。行った方がよろしいのでは?」
私の言葉に、グレーシス殿下は首を横に振って、言いきった。
「必要無い。どうせ奴等はくだらない事しか考えていない。」
「え?あの真面目そうな騎士達が?」
信じられなくて首を傾げる。
「確かに仕事は真面目だが、頭の中は別ものだからな。」
平静を装ってもグレーシス殿下の笑顔を見たり、手を繋ぐとドキドキしたりと、異性の触れ合いに慣れていない身としては、頭の中では悶えている事もしばしばある。
「確かに頭の中は自由ですものね。」
外面と内面が必ずしも同じではない。
体験として知っているから、妙に納得してしまった。




