20 辺境準備
リロイ国王陛下の執務室を退室して、グレーシス殿下の背中を見送ってから、護衛のサンセと共に邸へ急いだ。
先ずは庭師のフェルメスに会いに行った。
「妃殿下、は、花の芽は、まだですよ。」
剪定をしていたフェルメスが、ひょっこりと顔を出した。
「そう、実は明日から暫く辺境へ行くと決まったの。植えた花の様子を、見に来れないのだけれど、お世話をお願い出来るかしら?」
「勿論です。お任せください。そ、それで花の事をジョーンに話したら、薬草園の方でも育ててみたいと言われまして、宜しいでしょうか?」
フェルメスの話を聞くに、私の知っているジョーンと一緒みたいね。
一応確認しておく。
「薬草園のジョーンと知り合いなの?」
「は、はい。ジョーンは私の兄で、薬草園の責任者をしています。兄から妃殿下の話を聞きまして、私も妃殿下とお会いした。と話した流れから、この花の話になりまして。」
確か、ジョーンもヤマネコの獣人。と言っていたのを思い出した。
「まあ!そうだったのね。種はまだ沢山あるから、後で薬草園に届けるわ。」
「そ、そんな、忙しい妃殿下が、わざわざ行かなくても、私が渡しておきます。」
「ありがとう、助かるわ。じゃあ一緒に邸へ来て貰える?」
「あ、ちょっとお待ちください。道具を片付けて、直ぐに戻ります。」
庭師フェルメスは何処かへ行って、直ぐに戻ってきた。
「お待たせしました。」
「急がせてごめんなさいね。」
邸へ戻ると、執事のドルフが玄関で待っていた。
「お帰りなさいませ妃殿下、話は既に聞いております。世話役はマイに決定しました。今、旅の準備をしております。他に準備があれば、何なりとおっしゃってください。」
「ありがとう、料理長のベインに魔物肉のレシピを用意して貰いたいの。頼めるかしら。」
「承知いたしました。」
ドルフは直ぐに、厨房へ向かってくれた。
「フェルメス、直ぐに持って来るから待っていて。」
「は、はい。」
私室に戻って、花の種をフェルメスに渡した。
「妃殿下、気を付けて行ってきてください。あと、これを。」
フェルメスから渡されたのは、乾燥した薔薇の花弁で作った匂い袋だった。
以前、辺境伯から貰った薔薇が枯れるのが残念だ、とフェルメスに話した事があった。
その時、花弁を乾燥させてポプリを作る提案をしてくれたので、早速一緒に花弁を取った。
天日干しはしておきます。そう言ってくれたので、お願いしていたのだった。
匂い袋から仄かに薔薇の香りがする。
「良い香り、ありがとう。大事にするわ。」
フェルメスは、はにかみながら、別の袋に入れた物も持たせてくれた。
「沢山あるので紅茶に浮かべたり、お風呂に浮かべてもリラックス出来ますよ。」
「フェルメスのお陰で辺境でも楽しく過ごせそうだわ。」
「それは何よりです。お、お帰りお待ちしております。」
フェルメスと別れて直ぐに、グレーシス殿下が戻ってきた。
「お帰りなさいませ。」
「ただいま。どうした?ご機嫌だな。」
「ええ、フェルメスが辺境伯に貰った薔薇で、匂い袋を作ってくれたのです。ほら、良い香りでしょう?」
ウキウキしながらグレーシス殿下に見せた。
「リーリス、君ってヒトはーー」
「殿下、お帰りなさいませ。直ぐに食事を用意させますね。」
「そうしてくれ。すぐ着替えてくる。」
ドルフが話しかけたので、グレーシス殿下の話は、途中で終わってしまった。
特に大事な話では、なかったのかもしれない。
グレーシス殿下が着替えている間、先に食堂へ行って、着席して待っていると、料理長のベインが、スッとテーブルに紙を置いた。
「頼まれていたレシピ。妃殿下の反応が特に良かった料理にしておいた。」
「ありがとう、ベイン。よく見てくれているのね。」
ベインはウッと詰まって、頭を掻いている。
「そりゃ、主人の好みを把握するのは仕事だからな。まさかこんな時に辺境に行く羽目になるとは。」
「チャンスよね。魔物肉送れるし。」
私の喜びに共感はなかった。
「は?災難の間違いだろう。辺境騎士の人間嫌いは特に酷い。巷では妃殿下が意図的に伝染病を持ち込んで殿下を操り、テナール王国を乗っ取るつもりらしい、なんて噂が流れている。本当に気を付けろよ。」
そんな噂があるなんて知らなかった。そもそも気高いグレーシス殿下が誰かに操られるなんて、あり得ない。
私だって両国の友好を願っている。それを分かって貰えないのは悲しい。
けれど、ベインは分かってくれて、心配してくれている。
口は悪い。けれど、やはり優しい。
「ありがとう。」
「主人を心配するのも仕事のうちだ。」
照れ臭いのか、ベインはフイッと、そっぽを向いた。
その後ろから声がした。
「随分仲が良いんだな。」
いつの間にかグレーシス殿下が、直ぐ近くまで来ていた。
肩をビクリと動かしたベインは、急に畏まった。
「お帰りなさいませ殿下、では、私は料理の仕上げがございますので、失礼致します。」
一礼すると素早く去って行った。
ベインがちゃんとした言葉も話せるのだと、初めて知った。
「今丁度、魔物肉のレシピを頂いたのです。」
嬉しくてにっこり笑って紙を見せた。
「リーリス、邸の者達と馴染むの早すぎだろう。良いことではあるが。」
グレーシス殿下が呆れたような顔で着席した。
「そうですか?良いなら良かったです。」
何故かグレーシス殿下は、ため息をついた。
「……辺境でも同じ事態になる気が……嫌な予感がする。」
嫌な予感、グレーシス殿下の言葉を聞いて、先ほどベインに聞いた噂を思い出した。
「グレーシス殿下、お願いがございます。」
食後、落ち着いた頃に切り出した。
「何だ?」
「もし辺境の騎士達が、私に対して不敬とされる言動をしても、命の危険が無い限り、護衛の皆さんには注意しないで、見守って頂きたいのです。」
グレーシス殿下の眉がピクリと動いた。
「何故だ。リーリスは既に我々王家の家族だ。辺境に居る騎士は、人間に虐待を受けて保護された者も多く、気性も荒い。彼等の気持ちは理解出来るが、王族に対して不敬は許されない。」
「ええ、分かっています。でも何かある度に護衛が出ると、彼等は本音を言えず、私と距離を置くようになるでしょう。それではいつまでも互いを理解出来ません。」
「それはそうだろうが……。」
「私は人間代表として、先ず彼等と信頼関係を築かなければならないと思っています。獣人を想う人間も居ると分かって欲しいのです。その為には、癒し手だけではなく、クレインの助手として、伝染病に罹らない私が、キチンと彼等の看病を手伝いたいのです。」
グレーシス殿下の獣耳がピクリと動いた。
「待て、頼みが増えている。助手は医師がする診察の助手であって、看病の助手では無い。」
気付かれてしまった。
「だって私と結婚したせいで、グレーシス殿下まで悪く言われるのは嫌なのです。それに好きにして良いって、言って下さいましたよね。」
お願いポーズで訴えると、グレーシス殿下は右手で顔を覆うように、中指と親指で、左右のこめかみを押さえた。
「……ああ、言ったが、その言葉を言った事を、とても後悔している。これから先も続くのか、と。」
後ろから、クスクスと笑い声が聞こえた。
「どうやら妃殿下の方が一枚上手のようですね。私利私欲ならば兎も角、殿下や他者の為で、心掛けもすばらしい。そんなお願いを断るなんて、出来ませんよねぇ、殿下。」
ドルフが微笑みかけると、グレーシス殿下は舌打ちしそうな表情になった。
「まあ、良いだろう。好きにしろ。護衛もリーリスが求めない限り、口を出さないようにさせよう。」
「ありがとうございます。」
「……看病、か……本当に嫌な予感しかしない。」
グレーシス殿下は、私の看病が余程足手まといになる、と思っているらしい。
看病と言っても、食事介助位の筈だけれど、そんなに下手だったのかしら?
「大丈夫です。ちゃんとお役に立てるよう、頑張ります。」
「いや、頑張らなくて良い。」
「頑張るなって殿下、任務の目的を忘れていませんか?」
首を傾げていると、ドルフがまた、クスクスと笑って言った。
「妃殿下に看病されてしまったらねぇ。そりゃ心配にもなるでしょう。」
まあ!ドルフまで酷い。
私だって看病出来るって証明しなくては。




