19 呼び出し
ある晴れた日の午後、庭園を散歩するつもりだったけれど、ドルフの一言で突如中止になった。
「リーリス妃殿下、至急リロイ国王陛下の執務室に来るように、との事です。」
迎えに来た使者に案内されて、護衛のサンセと共に執務室へたどり着いた。
「リーリス妃殿下、お待ちしておりました。お入り下さいませ。」
執務室の中から、宰相のイーサンが扉を開けた。
入室を許されたのは、私だけだった。
執務室の中央にはテーブルセットがあり、入り口を見るようにリロイ国王陛下が座っている。
その向かいに、扉を背にする形で、既にグレーシス殿下が着席していた。
私はグレーシス殿下の右隣に案内され着席すると、宰相のイーサンは、リロイ国王陛下の斜め後ろに控えた。
人払いされた執務室には、リロイ国王陛下と宰相のイーサン。そして、グレーシス殿下と私の四名だけだった。
何か、ただ事ではない雰囲気を感じて緊張していると、それを解すかのように、リロイ国王陛下が優しく声をかけてくれた。
「リーリス、先日は世話になった。癒し手の事はデニスから聞いた。改めて感謝する。」
「お元気になって何よりです。」
リロイ国王陛下は穏やかに頷いた後、一呼吸置いてから、真面目な顔つきになった。
「では、緊急事態なので本題に入る。単刀直入に言おう。リーリス、グレーシス率いる王国騎士団魔物討伐専門部隊、略して王魔討専部隊と共に、セーラン王国との国境に接する辺境へ向かい、伝染病で苦しむ辺境騎士団の為に、癒し手の力を使って欲しい。」
国王陛下の勅命は絶対だ。それに、苦しんでいる者の為ならば、断るなんてあり得ない。
「はい。お役に立てるのならば、行かせて頂きます。」
「そう言ってくれると信じていた。これはリーリスの祖国にも関係のある重要な任務だ。」
「祖国と関係がある、とはどういう事でしょうか?」
リロイ国王陛下の言葉が理解出来ないでいると、グレーシス殿下が説明してくれた。
「辺境の騎士団は、国境の守護と、森の魔物を討伐するのが任務だ。魔物を討伐する事で、国民が魔物の犠牲になるのを防いでいる。それは国境に近いセーラン王国の安全にも繋がっている。」
「え?」
セーラン王国は障気が無いから、魔物は殆ど発生しない、と習う。
まさか事実が違うなんて、考えもしなかった。
「テナール王国が魔物を討伐していたから、セーラン王国に魔物が流れずに済んでいたのですね。知りませんでした。」
「自国の為にした行いが、結果的に隣国を守る事に繋がっただけだ。本意ではない。」
私がグレーシス殿下と結婚しなければ、この事実を知らないまま過ごしていただろう。
その事実をひけらかさない獣人は、とても謙虚な人種なのかもしれない。
「教えて下さって、ありがとうございます。辺境の皆様の為に、力を尽くせそうです。」
グレーシス殿下からリロイ国王陛下に向き直り、改まって申し出た。
「リロイ国王陛下、お願いがございます。」
「申してみよ。」
「癒し手は異質な力です。民を救いもしますが、疑念や混乱を招きます。ですから祖国でも秘密とされてきました。どうか一般には知られないよう、医師の助手という形を取らせて頂きたく思います。」
リロイ国王陛下は何を思ったのか、少し間があった。
却下されるかしら?
「良いだろう。リーリスの望み通り、癒し手は秘密にすると約束する。では、リーリスが、辺境の為に王宮医師の派遣を強く望み、自分は伝染病に罹らないから。と助手を願い出たので、同行を許可した。と辺境伯には伝えよう。」
「願いを聞いてくださり、感謝致します。」
リロイ国王陛下は優しい眼差しで頷き、グレーシス殿下に目を向けた。
「辺境の討伐支援とリーリスの護衛を、グレーシス率いる王国騎士団魔物討伐専門部隊、略して王魔討専部隊に任命する。部隊員の選定と道中の世話役、派遣する王宮医師はグレーシスに一任する。」
「畏まりました。」
「では、明日迄に準備を整え、明日の朝には辺境へ向かってくれ。」
「「はい。」」
話が終了して、グレーシス殿下と執務室を退室した。
グレーシス殿下がいる間、専属護衛のサンセは離れて控えていた。
「辺境の騎士は特に人間嫌いだ。嫌な思いをするかもしれないが、必ず守ると約束する。」
グレーシス殿下がハッキリと宣言してくれた。
「はい、ありがとうございます。とても心強いです。」
「同行の医師は、リーリスもよく知るクレインに頼むつもりだ。あの事を話すが良いか?」
「はい、クレインならば構いません。よろしくお願いします。」
「では、私は一旦騎士団の詰所に戻る。リーリスも準備があるだろう。」
そう言われてハッとした。
「ええ、大切な事を思い出しました。魔物肉を祖国に送るには、辺境からが良い。と料理長のベインから教わったのです。だからレシピを教えて貰わないと。」
これでお兄様に魔物肉を送れる。
思いがけないチャンスが来たと喜んだ。が、グレーシス殿下には寝耳に水だったらしい。
「ちょっと待て!あの話、本気で実行する気だったのか?その前に、いつから料理長のベインと……って今は急ぐから、また帰って話そう。」
グレーシス殿下はポンポンと私の頭を優しく撫でて、足早に去って行った。
「お帰りお待ちしています。」
随分と距離が離れてしまったけれど、去って行く背中に声を掛けた。
突如、グレーシス殿下は振り向いて、私に返事をするようにサッと片手を上げた。
そして、再び背中を向けて去って行った。
「え?もしかして聞こえた?」
結構小さな声だった筈。
「あれくらいなら余裕で聞こえます。集中すれば騎士団の詰所から吹いた笛の音も聞き取れます。」
私の独り言に反応した護衛のサンセが、しれっと言ったので驚いた。
ドルフが五分前にグレーシス殿下のお帰りが分かるのは、その為だったのね……。
まだまだ獣人には驚かされてばかりだわ。




