16 リーリスについて(グレーシス視点)
グレーシス視点です。
「グレーシス、セーラン国の王女と友好の為、結婚して貰う。」
国王である父上の命令は、余程正当な理由か、代案が無い限り、絶対に従わなければならない。
「畏まりました。」
とは言ったものの、心は納得していない。
隣国のセーラン王国は人間の治める国だ。
老若男女問わずヒト族の奴らときたら、耳が獣耳で尻尾が生えている以外、見た目だけなら、ほぼ人間と変わらないのに、獣人と言うだけで野蛮等と差別意識が強く、理不尽この上ない言動は目に余るものがあった。
そんな人間と結婚しろ。と言われるとは拷問でしかない。
それに女にも苦手意識がある。
王子と言う肩書きに寄ってくる女。
王位継承に関わる気がない。と言えば、急に興味を無くす女。
王や兄を助けるため王国騎士団に入隊し、部隊長になった途端、すり寄るように近づいてくる女。
結婚しろと周りに煩く言われたので、仕方無く薦められた侯爵家の女と婚約したが、金使いが荒く挙げ句の果てに浮気された。
テナール王国では、浮気すると罪になるので、あっさり婚約破棄出来たのが、不幸中の幸いだった。
「グレーシス部隊長、御愁傷様です。」
「人間と結婚なんて、終わりましたね。」
部下達に憐れまれた。
結婚が決まった者にかける言葉ではないが、その通りなので返す言葉も無い。尾をバッタンバッタンさせてしまい部下に怖がられた。
「お初にお目にかかります、セーラン王国の王女、リーリスでございます。」
ピンクの髪と瞳、唇や頬も桜色で十八歳と聞いていたが、背が低いせいか、笑顔を湛えているからか、少女の様な無垢さを感じた。
獣人は他者の感情に敏感な所がある。人間には悪い感情を感じる事が多いが、其は感じられなかった。
しかし、今後本性が出るかも知れない。
嫌がらせをするとか幼稚な事はしないが、気を許さず距離を取ろうと決めた。
結婚式を終え、リーリスは客間から、寝室が扉一枚で繋がる部屋に移動した。
無駄に期待されても厄介なので、結婚したその日の夜、リーリスの部屋を訪ねた。
「人間を愛するつもりはないが、生活は保証するから好きに過ごすと良い。」
関わらない意志をハッキリと伝えておく。
「そうですか。では、お言葉に甘えて好きなように過ごさせて頂きます。」
予想外にニッコリと対応されてしまった。
「そうか、では。」
何だか気まずくなって、さっさと自室に戻るとする。
「おやすみなさい。」
扉を閉めようとした時、背後から爽やかな声が聞こえた。が、振り向いて、返事を返す余裕は無かった。
今までに接したことの無いタイプの人間に、困惑していた。
「で、初夜はどうだった?」
士官学校時代の同級生で、部隊長補佐のエイガーが、興味本位で聞いてくる。
「分かっている癖に聞くな。」
何かある筈がない。獣人なら、誰もが予想出来る。
「初夜に手を出されないのは、人間の女にとって屈辱らしいぞ。」
「全くそんな感じはなかったが。」
「じゃあ単に、獣人が嫌だったのだろうな。何せ相手は人間だ。」
「そうかもな。」
ふと昨夜の事を思い出した。
リーリスは布団を掛けていたが、首や肩周りには布が無く、僅かに見えた布は、それなりに薄手と思われる夜着を着ていたような……。
嫌なら、あんなものを着るだろうか?って拒否しているのはこちらなのに、何を思い出しているのか……。
仕事をしよう。
そう言えば伝染病が流行っていると聞いたな。良く見れば何人か休んで居るし、気を付けよう。
そう思っていた矢先、既に感染していたとは情けない。
邸に辿り着いたのは良かったが、身体は怠いし、息苦しくなり、動けなくなってしまった。
結局、ヒト型を保てず獣化して、今までに無い苦しみを味わう羽目になった。
「大丈夫、大丈夫。」
優しい声がして、身体を撫でられる夢を見た。
その声を聞くと癒され、撫でられるのは心地良く、ずっとそうして欲しいと思った。
撫でられる度に身体の怠さが和らぎ、呼吸も楽になる気がした。
あの夢は一体……。
朝、目を開けるとリーリスの手が身体に添えられ、横ですやすやと眠っている。
驚いて、一体何のつもりだ。と声を出そうとした時、執事のドルフが声を潜めて、話しかけてきた。
「殿下お静かに。リーリス妃殿下は先程までずっと、命が危険な状態の殿下を看病しておりました。きっと疲れて眠って仕舞われたのでしょう。もう少し寝かせてあげて下さいませ。」
何故リーリスが?と言う疑問と、先程までとは一晩中ずっと?と言う驚きで、リーリスとドルフを交互に見た。
「邸の侍従は、殆ど伝染病に感染して獣化してしまい、人間は感染しない。と知ったリーリス妃殿下が、率先して、皆の看病をして下さったのです。我々は人間が嫌いですが、リーリス妃殿下は、他の人間とは違うと思います。」
父上が国王になる前から、王族に仕えているドルフが認めるとは、余程の事なのだろう。
私の背中に置かれた、リーリスの手を見る。
あれは夢ではなくリーリスの手だったのだろうか。
獣化している者の隣で爆睡出来る人間が存在するとは、確かにリーリスは他の人間とは、違うのかも知れない。
まじまじと寝顔を見る。
まあ、外見は、可愛らしくはあるかもしれない。
暫くしてリーリスの目が開いた。と思ったら、驚いた様子で慌ててベッドから降りた。
やはり怖がっているのだろうか。
「体調はいかがですか?」
予想外にも心配された。
楽になった。と言ったら、安心したような表情をされた。
その後、不本意にもドルフのせいで、リーリスから食事の介助をされる羽目になった。
嫌だ、断ろう。
「侍従の様な事をする必要は無い。」
「好きにして良いって言いましたよね。」
初夜に言った言葉を今、持ち出されるとは思ってもみなかった。後悔が押し寄せる。
「あーん。」
リーリスはそう言うと、満面の笑みでお粥のスプーンを私の口に持ってくる。
羞恥心が無いのか、それともペットか何かだと勘違いしているのかもしれない。
それにしても、獣化で手が使えないのは、どうにも出来ない。
腹は減っているので不本意ながら食べる。
「かわいい。」
ペット認定の方だったか。
取り敢えず、自分の食事もするように言った。
「楽しいので大丈夫です。」
楽しいって、何に楽しみを見出だしているのか。
ああ、また食べさせようと準備して……満面の笑みでこっちを見てくる。
仕方がないので諦めて完食した。
楽になったし、この場を離れようとした。が、即座に押し倒される。
人間より遥かに力が強い、この王国騎士団魔物討伐専門部隊、部隊長である私を押し倒そうとする猛者が現れるとは。
しかも、それが人間の中でも小さい部類に入る、最も弱そうな女に。
リーリスには驚かされてばかりだ。が、更に驚くことがあった。
癒し手で回復を助けたけれど、動くとまた元に戻ってしまうから、体力がもどるまで休むように。と言われた事だ。
癒し手とやらについて訪ねると明かに誤魔化そうとした。
「獣人は嘘を見抜く。」
そう言うと、観念して話してくれた。
触れた者を癒す、リーリスの祖国で極秘とされる力、それが癒し手らしい。
信じ難いが嘘を言っているとも思えない。
実際に身体は楽になった訳だし力云々は別として、命を救ってくれたリーリスには、人間だろうと感謝するしかない。
一先ず心配掛けないよう休む事にした。
食事介助も拒まず受ける。
意外だが、回を重ねる毎に「あーん」される事が心地好くなっている。
笑顔を向けられると、こっちまで嬉しくなる。
ずっと見ていたいくらいだ。
食事が終わると、他の用事をしに行くので、若干淋しいとさえ感じるようになった。
気になって今日は何をしていたのか、夕食の時に質問するようになった。
日に日にリーリスを近くに感じたい気持ちになった。
尻尾を絡ませても嫌がらず、むしろ喜んで撫でてくれた。
リーリスは王女なのに、メイドのように働いている。しかも楽しそうに。
伝染病に罹らないとは言え、働きすぎではないか?
ちょっと休ませてやろうと思い、ベッドに腰掛けているリーリスを引き倒した。
思ったより簡単に引き倒せた。
逃げようとするので、軽くお腹に手を乗せた。それだけでリーリスは動けない。
力がかなり戻っているようだ。
「こんなに心地好いと眠ってしまいます。」
困った顔を向けられると、さらに困らせたくなってしまった。
「嫌なら眠らない事だな。」
暫く大人しくしていると思ったら、やはり疲れていたのだろう。
すぐに眠ってしまった。心地好さそうに……。
男のベッドでこんなに無防備に眠るとは、どうなのだろうか。
受け入れられる心地好さを知って嬉しく思う反面、ペット扱いされている事に不満を覚えた。
しかし、その不満はすぐに解消される事になった。
朝、目覚めるとヒト型に戻っていたのは良かった。が、何も着ていないので、裸のままリーリスを抱えている事に気づいた。
しかも、リーリスは既に目覚めていたようで顔を赤らめて固まっていた。
ヤバイ!!
まだ寝ている振りをして、ゆっくりと手の力を緩めると、リーリスは待っていたとばかりに、素早くベッドから降りて、自室へ戻って行った。
扉が閉まる音を確認してから、急いでクローゼットの服を着る。
ドルフが食事を持って来たので、いつも通り用意させ、リーリスを呼びに行った。
もう介助は残念ながら必要なくなった。
向かい合って一緒に食事をするが、リーリスは落ち着かない様子だった。
心当たりはある。が、あえて理由を聞く。
「ヒト型が見慣れない。」
視線を反らし頬を赤く染めて明かに照れている。
とても可愛らしい反応だった。
これはペットではなく、男として意識されている。
そう確信し、心の中で歓喜した。
こんな感情を人間の女に抱くなんて、信じられない。が、ハッキリと自覚してしまった。
ああ、リーリスが好きだ。




