15 グレーシス回復
グレーシス殿下は食事を食べると、大抵ベッドでそっぽを向いて横になる。
その間に自分の食事をして、食事が終わったら自室へ戻っていた。
しかし、グレーシス殿下が獣になってから三日目の夕食は、少し違っていた。
私が食事をしている時、食事を終えたグレーシス殿下は、珍しくこちらを向いて横になっていた。
「今日も薬草園に行ったのか?」
そろそろ食事を食べ終わる頃、グレーシス殿下から初めて話しかけてきた。
元気なのにベッドで休まなければならないので、暇だったのかも知れない。
「ええ、皆さんとても親切にして下さるので、楽しいです。見てください、本日出来立てほやほやの薬草茶です。昨日、皆で葉を摘んで、これは私が袋詰めしたものですよ。」
話かけられたのが嬉しくて、薬草の小袋を見せようとベッドに腰掛けた。
すると、黒い尻尾が膝の上に乗って来た。
これはどういう意味があるのでしょう。
グレーシス殿下の雰囲気から、怒っている感じではなさそうだった。
「あの……どうされたのですか?」
「どう、とは?」
「その……こんなに近いと触りたくなってしまうのですが。」
尻尾に目を向けると、一瞬、間があった。
「……触りたいなら構わない。」
予想外にお許しが出た。
「では、お言葉に甘えて。」
そっと撫でてみた。
「なんて素敵な手触り。もう少し触ってもいいですか?」
獣耳がピクッと動いた。
これは駄目かな?
「好きにしろ。撫でられるのは案外心地良い。それより、ちょっと休んだ方がいい。働き過ぎだ。」
グレーシス殿下はどうやら心配してくれていたらしい。
やっぱり優しい方。
突然、ヌッと黒豹の大きな前足が乗っかって来て、ベッドへゴロンと仰向けに引き倒された。
前足は体に乗ったまま、黒豹に寄り添われ、左半身が黒い毛並みに包まれる。
「こんなに心地好いと眠ってしまいます。」
「少し位良いんじゃないか。」
「そんな……少しで済まなくなります。部屋に戻って休みますから。」
起き上がろうとするも、グレーシス殿下の、それなりに重量のある前足が、お腹の上に乗っているので動けない。
それが心地良い重さなので、余計に困ってしまう。
ああ、なんてもふもふで、ほかほかして、心地好いのかしら。
不快ならば逃れる努力も出来たのに、早々に諦めてしまった。
カーテンから漏れる光に気付いて、目を開ける。
結局睡魔に負けて、朝を迎えてしまったらしい。
「!?」
もふもふが、無い!
ヒト型に戻ったグレーシス殿下に添い寝されていた。しかも裸!
片腕がお腹に乗って、しっかりと抱き抱えられている。
獣とヒト型では、同じ状況でも感じ方が全く違った。
獣では癒されてもヒト型の場合は、恥ずかしさで混乱するばかりだった。
ああ、どうしよう。動けない。もし無理に動いて起こしてしまったら、きっとお互い暫く気まずい思いをする筈。
どうかグレーシス殿下がまだ起きませんように。そして、今だけ黒豹に戻ってください。
そう神様に祈りたい気分だった。
息を殺すように固まっていると、幸いにも腕が緩んで解放された。
今だわ!
素早くベッドから降りて、そーっと足音を立てないように続き扉へ向かった。
細心の注意を払って右手でドアノブを回し、扉を通れるギリギリの隙間だけ開けて、自室のノブに左手をのばした。
ノブが動かないよう左手で押さえたまま入室して、扉を閉める。
最後にゆっくり、ゆっくり、ドアノブを戻した。
ああ、ビックリした。
その場にヘナヘナと座り込んだ。
「リーリス妃殿下、おはようございます。身支度の準備に参りました。」
少し落ち着いた頃、侍女のマイがやって来た。
マイに身なりを整えて貰った頃、続き扉をノックする音がした。
思わず驚いて肩がビクッとなった。
「は、はい。」
「食事はいつものように私の部屋に用意をさせた。準備出来たら来てくれ。」
「分かりました。」
当たり前だけれど、もう介助は必要ないし、黒豹でもない。だから、何時も一人で食べていたテーブルに二人、向かい合って食事をする。
久しぶりに見た、ヒト型のグレーシス殿下は美丈夫で、所作も美しく、本当に素敵で目のやり場に困った。
勿論、ちゃんと服は身に付けている。
挙動不審になっていないかしら。
チラリとグレーシス殿下を伺うと目が合った。
「どうした?食欲がないのか?」
「ああ、いえ、ただ見慣れなくて。黒豹の方が良かったと言いますか……あ、でも、元気になったのは嬉しいですよ。」
「黒豹が良いなんて初めて言われたな。」
グレーシス殿下がフッと初めて笑った。
その時、胸の辺りがピョンと跳ねる感覚がして、どんどん顔が紅潮していく。
益々視線を合わせるのが恥ずかしくなってきて、思わず俯いてしまった。
「どうした?」
「あの……しっぽを触りたいな……なんて……。」
思い付きで思わず答えてしまった。言った事に嘘はないけれど、本心とは違う。
「好きにしろ。」
ポフッと私の膝にグレーシス殿下の尻尾が乗せられた。
唯一残っているもふもふを撫でていると、何だか気持ちも落ち着いてくる気がした。
「楽しそうな所悪いが、そろそろ食べたらどうだ?」
「あ、はい、そうでした。」
すっかり食事の事も忘れて、撫で続けてしまった。
頬杖をついて、こちらを見ているグレーシス殿下の皿には既に何も無い。いつの間にか食事を食べ終えていたらしい。
早く食べてお暇しなければ。
急いでカトラリーに手を伸ばした。
「慌てなくても、ゆっくりで良い。」
「はい…。」
心を読まれてしまった。
せっかくもふもふで落ち着いたのに、結局グレーシス殿下に見られながら食事する羽目になってしまった。
ううっ……余計に恥ずかしい。




