14 薬草園シャルル
午前中の作業が終ったので、早めの昼休憩となった。
一旦邸に戻って、グレーシス殿下の私室へと向かった。
「お昼は玉子がゆだそうですよ。」
用意されたお粥を、黒豹姿になったグレーシス殿下の口へと運ぶ。
「……薬草の匂いがする。」
「あら、匂いますか?実は本日から薬草園へお手伝いに行っているのです。手を洗ったのですが、匂いが残っているのでしょうか。」
指の匂いを確認したけれど、石鹸の匂いしかしない気がする。
「薬草園?聞いてないが。」
「グレーシス殿下が眠っている時に決まったのです。ドルフからリロイ国王陛下にも報告済みですよ。」
「何をどうしたらそういう流れになるんだ。そもそも手伝いなんて出来るのか?」
「シャール侯爵家のシャルル嬢が指導してくださったので大丈夫です。午後からも薬草園に行って来ますね。」
「シャール侯爵家のシャルルだと?」
グレーシス殿下の口振りから、おそらく知り合いなのだと窺える。
シャルル嬢は侯爵令嬢なのだから、王家主催の夜会にも参加していただろうし、今は王宮内の薬草園で奉仕活動もしている。
過去に浮気をしたらしい事からも、王族のグレーシス殿下が知らない訳がない。
予想外に時間が経ってしまった。
急いで昼食を食べて、再び薬草園へと向かう。
午後からは、同じ温室内で育てられている別の種類の薬草を採取する。やり方は午前中と同じなので、終わったら、他の作業員を手伝う。
「少し早いですが、採取作業は終ったので、休憩にしましょう。」
責任者のジョーンにより、袋詰め作業の前に一旦休憩することとなった。
作業員の皆は、温室に幾つかあるベンチに腰かけて、水分補給をしている。皆に倣って近くのベンチに座ろうとした。
「妃殿下は別室にて、お茶をご用意致します。先にシャルル嬢が行っておりますので、ご案内致します。」
ジョーンが声をかけてきた。
「結構よ。私もいち作業員ですもの。ここに座って皆と同じものを頂くわ。」
「シャルル嬢の言った事はお忘れ下さい。誰もそんな失礼な事は思っておりません。」
どうやらシャルル嬢の言葉を、根に持っている。と思われたらしい。そんな事は無いのに。
「心配しなくても大丈夫よ。グレーシス殿下からは好きなようにして良いって言われているの。私がここに居たいのだもの。不敬なんて罰したりしないわ。」
「……そこまで仰るなら仕方ありません。では皆が飲んでいるお茶をお持ちします。本当に良いのですね?」
「勿論よ。ありがとう。」
笑顔で言うと、ジョーンは困ったように一礼して去って行った。
ベンチに座って暫くすると何故かシャルル嬢が物凄く慌ててやって来た。
「いち作業員と言ったのは私ですけれど、作業時間外まで下級の者達と同じ空間で過ごして欲しいとは思っておりませんわ。さあ、別室に来てくださいませ。お茶を用意させますから。」
普通、王宮で王族と席を共にする場合、きちんとした手順で招待された者でない限り、許されない。
流石シャルルは侯爵令嬢なだけあって、その事を解っている。
けれど、私が王族としてテナール王国の役に立つ為には、王宮で働く者達も理解する必要があると思っている。
「ありがとう。でも、ここで良いの。もう座ってしまったし、ここに飲み物を持って来てくれるってお願いもしてしまったもの。それに、ここなら直ぐ作業に戻れるでしょう?」
動く気ゼロをアピールする。
「リーリス妃殿下って、本当に王族なのですか?」
シャルル嬢に盛大なため息を吐かれた。
まさか王族かどうか疑われていたなんて。
「生まれてからずっと王宮暮らしよ。そんな事より私の担当で疲れたでしょう、座ったら?」
ベンチの座席を手でポンポンと撫でて隣を促す。
「私、罪人なのですが。」
「そうみたいね。でも、今は同じ作業員でシャルル嬢は私の担当、それだけよ。だから、ね。」
ポンポンと再び座るように促した。
「……では、失礼致します。」
シャルル嬢は暫く眉間を押さえていたが、結局すんなり隣に座った。
そして、ふーっと息を吐いたかと思うと、話しかけてきた。
「クレインから聞いたのですが、グレーシス殿下の為に薬草園の手伝いを決めたそうですね。」
「ええ、そうなるのかしらね。」
殿下の為だけ、と言うわけではないけれど。
「私はグレーシス殿下の婚約者でしたが、そこまでしてあげたい、なんて思った事はありません。どうしてそこまで思えるのですか?」
「……婚約者、だったのですね。」
突然のカミングアウトに内心驚いた。が、一般的に王族なら幼い頃から婚約者が決められる。
実際、お兄様は公爵令嬢と十歳の時に婚約していた。
ましてやグレーシス殿下は今、二十三歳。
過去に婚約者くらい居てもおかしくない。
「終わった事です。愛情なんて欠片もございませんわ。殿下は婚約しても剣術と任務ばかり。デートに誘ってくれた記憶もないし、プレゼントやドレスもあまり買ってくれない。甘い言葉も囁いてくれない。会話もはずまないし、笑いかけてもくれない。そんな方にどうして尽くせるのか不思議なのです。」
グレーシス殿下に対するシャルル嬢の不満が凄い。
「元気で笑っていて欲しい、それだけよ。グレーシス殿下の笑った顔は見たことないけれど、辛そうにされるより余程私の気分が良いわ。」
「それだけ?」
「大事な事よ。私は幸せになりたいの。幸せになるには、周りも幸せじゃないといけないのよ。あと、シャルル嬢はグレーシス殿下をつまらないと言ったけれど、私は楽しいわ。可愛らしい所もあるし。」
もふもふだし。
「は?あの仏頂面殿下のどこが?ご存知ないかも知れませんが、グレーシス殿下は魔物討伐の凄絶さから、黒の鬼神と呼ばれて騎士団員からも恐れられているのよ。」
なんと、グレーシス殿下の新情報を得てしまった。
「まあ、お強いって事ね。流石毎朝欠かさず訓練されているだけあるわ。」
納得していると、シャルル嬢に呆れられた。
「そうではなくて、グレーシス殿下に畏怖は感じても、可愛らしいさを感じるご令嬢なんて、存在しないと言い切れますわ。」
「あら勿体無い。」
お粥を食べる姿はあんなに可愛らしいのに……ああ、そうだわ。皆さん元々もふもふしているから、あの良さに気付かないのね。
「妃殿下って随分と図太いと言いますか、王族らしくないと言うか、そもそも身体が弱いなんて嘘でしょう。」
ジトリとした目をされてしまったので、笑ってごまかした。
「あら、そろそろ時間かしら。結局お茶を飲めなかったわね。」
きっとジョーンは約束を忘れてしまったのだろう。
「あ!忘れてた。」
「忘れたのは、妃殿下を連れ戻すから、別室にお茶を用意しろ。と私に命令した事で間違いありませんかね、シャルル嬢。」
ひきつった笑顔で、ジョーンがお茶の入ったコップを持って現れた。
「リーリス妃殿下、遅くなりましたがどうぞ。」
「あら、約束覚えていてくれていたのね。ありがとう。」
ジョーンからコップを受け取る。
青リンゴのような爽やかな香りがして、一口飲むと渇いた身体に染み渡るようだった。
「あと少しね、頑張りましょう。」
気合いをいれて元気良く立ち上がった。
「やっぱり身体弱いなんて嘘でしょう。どうしてそんなに元気なのよ。」
渋々とシャルル嬢も立ち上がった。
午前中と比べて、シャルル嬢は随分親しみ易くなった気がする。
前日に干した薬草を皆で小袋に詰めて、本日の作業は終了した。
「妃殿下、本日は手伝って頂き、有り難うございました。明日も宜しくお願いいたします。こちらも忘れずにお持ち下さい。」
ジョーンが本日詰めた、薬草茶を持たせてくれた。
「こちらこそありがとう。また明日も宜しくね。」
朝に会った時は、冷たい視線を向けていた作業員達は、いつの間にか、優しい眼差しを向けてくれていた。
夕暮れ時、時間は午後四時になろうとしていた。
邸に歩いて戻る道すがら、護衛のシュナイザーが珍しく声をかけてきた。
「妹のシャルルが大変失礼致しました。妹は何と言いますか……。」
何か言いづらそうにしている。
「そうだ、何だか見たことがあると思っていたのよ。シュナイザーに似ていたのね。正直で楽しい方だったわ。」
「そう言って頂けると助かります。」
表情を余り変えないシュナイザーが、明らかにホッとした表情をしていた。
「シュナイザーは妹思いの、素敵なお兄さんなのね。」
「いえ……。」
「私のお兄様も心配してくれているかもしれないわ。お転婆していないかって。」
「あーー……。」
そこは、そんな事無いです。って言って欲しかった。
冗談で言ったのになぁ。




