13 薬草園ジョーン
朝九時頃、ドルフが私室を訪ねて来た。
「リーリス妃殿下、本日午前十時頃ならば、クレイン殿が薬草園の担当者を紹介出来るそうですが、お身体は大丈夫ですか?」
私の体調を心配する執事のドルフに、元気良く答える。
「大丈夫よ。薬草園なんて元気を貰いに行くようなものよ。」
植物は自然エネルギーの宝庫なのだから。
午前九時五十分頃、王宮医師のクレインが迎えに来た。
「本日の護衛は私、シュナイザーが務めさせて頂きます。」
彼はジャガーの獣人で襟足まで伸ばした茶色い髪と瞳をしている。目はつり目で鋭いが、顔立ちは整っている。
もう一人の護衛サンセと同じ二十七歳らしい。
王宮医師のクレイン、護衛のシュナイザーと共に歩いて薬草園へ向かった。
邸からは徒歩五分ほどの場所にある薬草園は大きな温室の中にある。
先ず温室の隣にある更衣室で、用意された作業着に着替えた。
温室の中に入ると、四名の作業着を着た獣人達が既に作業をしていた。
「普段は最低八名はいるのですがね。」
クレイン医師が教えてくれた。
半分の人数で、王宮内にいる全ての患者の薬草を賄うなんて大変だろう。
「皆、ちょっと。」
クレインが声をかけると、全員手を止めて億劫そうに集まって来た。
作業を中断されて不満なのか、私自身に不満なのか、こちらを見る視線が、どことなく冷たい。
どちらにしても歓迎されていないのは分かる。
「昨日話したと思いますが、リーリス妃殿下が薬草採取の手伝いに来てくださいました。」
クレインに紹介されて挨拶をする。
「皆さんお初にお目にかかります。グレーシス殿下の妻、リーリスでございます。ご指導宜しくお願いします。」
教えを乞う立場なので、敬意を持って淑女の礼をすると、作業員達が驚いた表情になった。
「我々に頭を下げるなんて……。」
誰かの声が聞こえたが、クレインは気にせず話を進める。
「リーリス妃殿下の担当は侯爵家のシャルルが引き受けてくれました。彼女は二十三歳で、ジャガーの獣人です。二年ほど前から、この薬草園で奉仕活動をしております。」
奉仕活動されるなんて、お心の立派な方なのね。なんて感心しながらシャルル嬢に目を向けた。
獣人女性特有の豊満な体つき、腰まである茶色い長い髪を編み込んで横に流している。つり目がちな茶色い瞳は力強さを宿しているように見えた。
どこかで見たような……でも、テナール王国の高位貴族令嬢に会うのは初めてなので、気のせいよね。
「初めましてリーリス妃殿下。私はシャール侯爵家のシャルルでございます。ここでは侯爵令嬢の私だって只の作業員扱いですから、王女だからって特別扱いは致しませんわ。それでも宜しくて?」
「おい、言葉遣い。」
シャルルの近くにいた三十代位の獣人男性が小声で注意している。
「彼はここの責任者で子爵家のジョーン。ヤマネコの獣人です。」
クレインが補足してくれて、コクリと頷くと、周りの獣人達が青ざめた顔をしている。
不敬を理由に罰せられるとでも思っているみたいだった。勿論そんな事はしない。
「結構です。皆さんと一緒で構いませんよ。」
ニッコリと微笑むと、周りは明らかに安堵の表情を浮かべていた。
「では、私は診察がございますので失礼致します。」
クレイン医師が薬草園を去り、早速シャルル嬢に案内されて採取する薬草の畑へと向かう。
「文句ばかりで仕事遅い奴が、格上相手に下手な事言いやがって。連帯責任にされたらどうするんだよ。」
背後の方から、ボソリと穏やかでは無い発言が聞こえて来た。
聞こえない振りをして、シャルル嬢の後に続いた。
「先ず、畑の一列を一人が担当します。一株全部摘まず大きな葉っぱを数枚だけ摘んで、この籠に入れてください。籠が一杯になったら、あそこにある天日干し用の網に広げます。前日の午前中に干して乾いた薬草はあっち。三時頃に一回分ずつ小袋に入れて終わり、これが一日の流れです。」
シャルル嬢から一通り説明を受けて、液体ならば五リットル位入る。と言われている大きさの籠を渡された。
「妃殿下のノルマはこの一列になります。終わった者から休憩を取れますの。」
「分かったわ。」
畑にしゃがんで早速作業に取り掛かった。
黙々と葉っぱを摘んで籠に入れ、一杯になったら指定された網に広げる。ひたすらそれの繰り返し。
一時間程して担当していた一列が終わった。
「シャルル嬢、作業なのだけれど。」
「あら、やっぱりお疲れになったのですか?ならば止めても宜しいのですよ。」
シャルル嬢は何か勘違いしているようだった。
「お気遣い有り難う。でも自然に触れるのは元気を貰えるから疲れてはいないの。」
「まあまあ、強がらなくても宜しいのに。では、どうされたのです?」
少し怪訝そうにしているのは、作業を中断させたからかもしれない。
「指示された所は終わったのでお手伝いしても宜しいかしら。」
「は?え?もう?」
シャルル嬢は立ち上がって、私が担当していた列を確認し始めた。
「確かに終わっているわ。じゃあ、あちらの端からお願いできるかしら。」
「分かったわ。」
言われた通り、シャルル嬢の担当する列の終わりから作業を再開すると、十分程で終わった。
「こんなに早く終るなんて初めて。」
「協力した甲斐がありましたね。」
ノルマが終わったので、シャルル嬢と共に責任者のジョーンへ報告に行く。
「終わった?」
「ええ、」
ジョーンはシャルルと同じように、私とシャルル嬢が担当した列を確認した。
「終っているな。」
ジョーンの言葉にシャルル嬢は高らかに笑って周りを見回した。
「あら、やだ、皆さん未だに終わっていらっしゃらないの。何時も私に遅い遅いなんて言って見下しているのに。」
シャルル嬢が嬉々としている。
「浮気した罪人の癖に偉そうに。」
別の所から声が聞こえた。ジョーンではない。
確かテナール王国の法律によれば、浮気は罪とされ
浮気をした者は、何かしらの罰を受ける。と習った記憶がある。
「だから何だって言うのよ。後悔なんてしていないわ。言いたい事があるのなら、こそこそしてないで顔を見ておっしゃれば?」
シャルル嬢が声のする方をキッと睨んだ。が、誰もいない。
どうやらシャルル嬢の口振りから浮気をしたのは間違いないらしい。それをよく思わない者がいるのだろう。
「シャルル嬢、本当に言葉遣いには気を付けてくださいよ。反省の態度が見られないなら、奉仕活動では済まなくなります。」
「そのくらい存じておりますわ。」
ふんっ、とそっぽを向くシャルル嬢にジョーンは困り顔で、ため息を吐いていた。
薬草園の責任者はジョーンなので、シャルル嬢より立場は上になる。
しかし、罪人でもシャルル嬢は侯爵令嬢。ジョーンは子爵だから、やりにくいのだろう。
「私達は喧嘩をするために来たのではないの。終わったから、他の方を手伝う為に来たのよ。次は何処を採取すれば良いかしら?」
「「え?」」
シャルル嬢とジョーンがほぼ同時に声をあげた。
「仕事は平等に割り振っていますので、いつもノルマが終わった者から休憩を取らせています。お気になさらず休憩してください。」
ジョーンの言葉にシャルル嬢が頷いて、深く同意している。
しかし、私は首を横に振った。
「私は手伝いに来たの。皆が終るまで休むつもりはないわ。シャルル嬢がお疲れなら、私に構わず休憩して頂いて大丈夫よ。」
「……ま、まさか経験者の私がリーリス妃殿下より疲れている筈がないでしょう。」
シャルル嬢はまだ余裕らしい。
「担当のシャルル嬢もそう言っておりますので私達に指示を下さいませ。」
ジョーンに微笑む。決して威圧してはいない筈。
「分かりました。では、妃殿下は一番奥の列を。シャルル嬢はあちらの列をお願いします。」
ジョーンの指示に従って他の作業員が作業する列へ手伝いに行く。
「妃殿下が私を手伝いに、ですか?」
「ええ、早く終らせましょうね。」
呆気にとられたような顔をしている作業員は気にせず、作業に取り掛かる。
「早っ。」
作業員はそう言ったかと思うと、慌てて作業を始めた。
「シャルル嬢が手伝い?何の仕返しですか?」
「別に何も。私が優秀で優しいからに決まっているじゃない。」
「どの口が。」
シャルル嬢の行った方向から、そんな会話が聞こえてきた。手伝いに行った相手は、先ほど悪態をついていた声の主に似ていたけれど、あまり険悪にはなっていないみたいで安心した。
「なるほど、これは早くて正確……やはり人間の手が器用というのは本当みたいですね。」
いつからいたのか、ジョーンは斜め後ろから、私の作業する手をじっと観察していたらしい。
「そうなの?」
ただ葉っぱを大きい順にむしって籠に入れる。
差程器用さを求められる作業ではない気がするけれど。
手は止めず、ジョーンをチラリと見る。
「獣人は人間に比べて力や身体能力は高いのですが、その代わり動きが大雑把で、特に手先を使う繊細な作業が苦手だと言われています。只、ここまで違いがあるとは思いませんでした。」
「そんなに違うの?見た目は同じなのに不思議ね。」
話ながらも手を動かしていると、その場所も終ってしまった。
「ジョーン、他にまだ手伝う所はあるかしら。」
「いえ、もう充分です。シャルル嬢が手伝っている所も、もう終わります。」
温室内の掛け時計は十一時四十五分を指していた。
「半分の人数で、しかも全員がこんなに早く午前中のノルマを終えるなんて信じられません。」
ジョーンは時計を二度見して言った。
「シャルル嬢も休憩返上で頑張ったからですね。」
「担当者として格好悪い所を見せたくなかったのでしょう。まさか彼女が手伝うなんて、槍でも降るのかも知れません。」
ジョーンは遠い目をしていた。




