123 獣花
明日から四月になる。
テナール王国も段々と暖かくなって来た。
フェルメスと植えた花の芽が出る頃かと、庭園を歩いていると、何処からか、甘い香りが漂って来た。
「ひ、妃殿下、邸にお戻りを。私も避難致します。」
フェルメスが焦ったように言って、走り去って行った。
「フェルメス?避難って?」
突然、ピーピーピーと笛の鳴る音が、あちこちから聞こえて来た。
「妃殿下、失礼致します。」
護衛当番の近衛騎士アイザックが、私を素早く抱き抱えると、足早に邸へ戻った。
「お早く!」
ドルフが扉を開けて、私達を待っている。
私達が邸に入ると、素早く扉が閉められた。
「窓は閉めました。」
侍従達が互いに報告し合っている。
「何事ですか?」
私を降ろしてくれたアイザックに訪ねた。
「獣花です。」
「獣花?」
何だか恐ろしいネーミング。
「四月の限定された僅かな期間ですが、獣花の甘い香りを一定時間吸うと、我々は獣化して、暫くヒト型に戻れなくなるのです。」
「つまり、獣花は、獣人の体力を奪ってしまうのね。」
「その通りです。」
モフモフ祭り、なんて喜んでもいられない位、獣人にとっては大変な事態らしい。
「ヒト型に戻れないのはそんなに大変なの?暫くと言ったけれど、いつかは、戻れるのでしょう?」
「はい。ただ、獣化に体が慣れると、体力を使わないので楽なのです。それで、ヒト型に戻りたくなくなってしまい、最悪、ヒト型に戻らない、いえ、戻れなくなるのです。そのような心境になるのも、獣花のせいだと言われています。」
どうやら獣花は、獣人にとって、麻薬のような効果があるのかも知れない。
「国民の殆どが獣化したら、国の機能が崩壊してしまいます。我が国の生活基盤は全てヒト型を前提に作られていますから。」
「確かにそうね。だから、皆避難していたのね。グレーシス様は大丈夫かしら?」
大型魔物が少ない三月と四月は、新人研修で、ほぼ毎日森へ討伐に行く。と言っていた。
「大丈夫ではないかもしれません。毎年四月に入って、暫くしてから香るのに、今年は例年よりも早すぎます。花が香る時は自宅待機で、森には行きません。森に行ったなら、きっと全員獣化を避けられないでしょう。」
アイザックの言う通り、グレーシス様は獣化して黒豹姿で邸に戻って来た。
「獣花の匂いに気付いて、直ぐに退却したが、間に合わなかった。香りは一週間程で収まるから、今週一杯は全員、自宅待機になるな。済まないが、不便をかける。」
「いいえ、黒豹姿のグレーシス様も大好きですので、大丈夫です。食事は私が食べさせて差し上げますね。」
久しぶりに黒豹姿のグレーシス様に、あーんをした。
寝る前、私室に訪ねて来たグレーシス様に聞いてみた。
「いつ頃、ヒト型に戻れそうですか?」
「分からない。早くて三日くらいだろう。獣花の香りは体力を奪うからな。」
「ちょっと背中を触りますね。」
グレーシス様の背中に手を置くと、確かに少しだけ、力が不足している気がした。
でも、伝染病ほどではない。
「癒し手をする事も出来るのですが、祈り花のシロップがあるので、実験台みたいで申し訳ないのですが、飲んで効果が出るか、試して頂けますか?」
祈りを施した花で作ったシロップは、癒し手と同じ、生きる力を助ける効果がある。
でも、まだ出来たばかりなので、全く同じ効果になるのかを知る程には、試せていなかった。
「良いだろう。そもそも特効薬なんて無いから、戻れる可能性があるなら、試してみたい。」
グレーシス様から了解を得たので、水差しに飲みやすい温度の紅茶と、小さなスプーン、一匙分だけのシロップを入れて、グレーシス様に飲んで貰った。
「花の香りがして、美味いな。」
味に関して、グレーシス様から高評価を頂けて良かった。これで効果も出れば良いのだけど。
体力を回復する為、グレーシス様と早めにベッドで横になった。
黒豹姿のグレーシス様なんて、本当に久しぶりで、もふもふが堪らない。
「グレーシス様、最高です。」
素敵な触り心地に、思わず抱き付いて頬擦りする。
気持ち良すぎて、スリスリが止まらない。
「……私が黒豹でも、男性だと自覚してくれないか?」
「?グレーシス様が女性だと思った事は、一度もありませんよ。」
スリスリしながら答えた。
「……そういう意味では無い。」
どういう意味か分からないまま、抱き付いて頬擦りしていたら、突然、グレーシス様がヒト型に戻った。
「思ったより早く、シロップが効いたようだな。」
「きゃっ!」
グレーシス様がギュッと私を抱き締めた。裸で。
「どうした、もうスリスリしないのか?」
グレーシス様が頬擦りしてくる。
鍛え上げられた美しい肉体に包まれて、身動きが取れない。
「グレーシス様、あの、裸です。先ずは服を……。」
「さっきからずっとそうだ。何も変わっていない。」
「違います。もふもふじゃないですし、裸だし。」
大事な事なので二回言った。
「さっき言ったよな。黒豹でも男性だと自覚しろと。リーリスは自覚した上で抱き付いて、頬を擦り寄せていたのだろう?」
顔を覗き込まれてニッコリと微笑まれた。
つまり、私はもふもふを堪能していただけのつもりが、グレーシス様からすれば、積極的に裸にスリスリしてくるな、と?
私ったら、なんていやらしい事を。
せめて、スリスリする場所は選ぶべきでした。
今は裸のグレーシス様に密着して、ただでさえ恥ずかしいのに、更に恥ずかしい。
「ごめんなさい。軽率でした。だから、離して下さい。」
グレーシス様の顔を見上げて、必死にお願いした。
「駄目だ。」
とても良い笑顔をされて、余計に強く抱き締められた。
グレーシス様のすべすべとした素肌に、暫く包まれてしまった。
恥ずかしいのに、心地好さを感じてしまったなんて、絶対に言えない!




