121 誕生祭
三月二十五日。今日は、テナール王国王子三兄弟の誕生祭が行われる。
日中、王子三兄弟は、オープンルーフの馬車に乗って、王都をパレードしながら、国家の紋章が焼き印された小さな丸いパンを、沿道の国民に撒くらしい。
その後、各地から謁見に訪れた領主や貴族から献上品を贈られるので、その対応。
夜は王家主催の夜会に参加して、招待客と親交を深めたりと忙しい。
「私達妻の本番は、誕生祭が終わってからよ。でも、その前に夜会ね。存分に着飾って、夫を魅了する所から、私達のお祝いは始まっているのよ。」
シェリーお義姉様は教えてくれた。
着飾るのは侍女に任せるとして、魅了は……。
お義姉様の素晴らしいスタイルと、妖艶な容姿を思い出す。
魅了、かぁ。ハードルは高い。
勿論、お祝いしたい気持ちは変わらない。
私なりに準備したつもりなので、グレーシス様が少しでも喜んでくれるといいな。
準備万端整えて、いよいよ夜会。
「リーリス素敵だ。やっとダンスの約束が果たせるな。」
正装姿でエスコートしてくれるグレーシス様。
ホーウル王国へ行く前にした約束を、覚えていてくれたなんて。
「有り難うございます、嬉しいです。」
ああ、違うの。いえ、違わないけれど、私が喜ばせるつもりだったのに、私が喜んでどうするの。
でも、念願のダンスだし、グレーシス様は素敵で、シャンパンのような黄色い瞳はキラキラして、吸い込まれそうなほど美しい。
ポワンと頰が染まってしまう……って私の方が魅了されてしまった。
結局、存分にダンスを楽しんでしまい、目的は果たせず、少し凹んでしまう。
「どうしたリーリス、疲れたか?」
気遣ってくれる所がまた優しい。
「いえ、お疲れなのはグレーシス様ではありませんか?」
「まあな、だが、もうじきお開きになる。」
つまりこれからが本番。
「何時ものように、早く二人でゆっくりしたいな。」
グレーシス様が、耳元に顔を近づけて囁くので、コクリと頷いた。
誘わなくても何時もの習慣で、私室に訪ねて来てくれるのは、好都合。
ただ、これからの事を考えると、顔が赤くなってしまった。
夜会が終わり、互いの部屋で着替えてお風呂を済ませる。
私の方が、着替えやお風呂に時間がかかるので、何時も準備が出来たら、侍女がグレーシス様を呼んでくれる。
きっと、グレーシス様は疲れているので、あまり待たせてもいけない。
急いで着替えとお風呂を済ませ、侍女のマイに、初夜に着る夜着を着せて貰った。
夜着のデザインは、デコルテ周りは大きく開いて肩まで露出している。袖は半袖のパフスリーブで、丈は膝より少し短い。
前開きのワンピースになっている生地は薄く、ほんのり肌が透けて見える。
これでもシェリーお義姉様の夜着に比べたら、まだ服、と言える。
私室の明かりは、ベッド周りとソファー近くの蝋燭だけで、ほの暗いものの、落ち着く空間にして貰った。
テーブルには軽食や焼き菓子、紅茶も蒸らし時間を待つだけにしてくれた。
「では、殿下を呼んで参りますね。」
マイがにっこりと微笑んで、廊下側の扉から出て、グレーシス様を呼びに行くのを、ドキドキしながら見送った。
夜着の上からガウンを羽織って、何時ものようにソファーに座って待つ。
先ずはお話しながら軽食や紅茶、お酒を楽しむ。
落ち着いた頃、ガウンを脱いで、グレーシス様を受け入れると伝える。よし。
頭の中でガウンの脱ぐタイミングを考えていると、グレーシス様が続き扉から入室して来た。
「今日は随分と雰囲気が違うな。ほの暗いのも良いな。」
「はい、お誕生日なので、少し趣向を変えてみました。」
初夜の夜着姿になるから、なんて言えない。
何時ものように、私の座っているソファーの隣に、グレーシス様が腰かける。
ガウンの下は初夜の夜着。スースーして落ち着かないけれど、何時も通り、いえ、何時もよりは、おもてなし気分でグレーシス様を迎える。
「グレーシス様、お腹は空いていませんか?」
パーティーでは挨拶やダンスで、あまり食べられないから、お腹が空いている筈。
「確かに食べ足りなかったな。」
「では、お取りします。何が食べたいですか?」
「では、サンドイッチを。」
グレーシス様に指定されたサンドイッチを手に取った。
「はい、あーん。」
グレーシス様の口に持って行くと、クスリと笑われた。
「私はいいから、リーリスこそ食べろ。ドレスのせいで食べれなかっただろう。腹が空いているのは、リーリスじゃないか?」
確かに、お腹は空いているけれども。
「グレーシス様のお誕生日ですので、その、おもてなししたいのですが、余計でしたか?」
サンドイッチを引っ込めた。
「いや、リーリスが祝ってくれる気持ちが嬉しい。ありがとう。」
グレーシス様が、サンドイッチを手にしている私の手首を掴んで、サンドイッチをぱくりと食べた。
お菓子や紅茶を飲んで、お腹も落ち着いてきた。
そろそろお酒を勧めるタイミングね。
「お酒もあります。飲みますか?」
「貰おうか、リーリスもな。」
グラスにお酒を注いで乾杯した。
「グレーシス様、お誕生日おめでとうございます。」
「ありがとう。今迄で、一番幸せな誕生日だ。」
グレーシス様が嬉しそうに笑ってくれたので、嬉しい。
でも、本番はこれから。
シェリーお義姉様によると、少し食べて、お酒で気持ちが解れたら、ガウンの脱ぎ時だそう。
「これを飲んだら脱ごう、これを飲んだら……。」
おかしい、なんだかぼんやりして、ぽやぽやしてきた。
「リーリス、大丈夫か?飲ませ過ぎたな。」
「大丈夫ですよ?」
コテンと首を傾げた。つもりが、ふにゃりとなる。
「それは、大丈夫じゃない時だな。」
ふわりとたくましい腕に抱き上げられて、ベッドまで運ばれた。
優しくベッドに降ろされて、グレーシス様が隣に横たわって言った。
「もう休もう。」
それは駄目。折角覚悟を決めて準備したのだから。
フルフルと首を振って体を起こして座った。
「グレーシス様のお祝いは、これからですっ!」
強い意思で伝えた。
「リーリス、充分して貰った。」
グレーシス様が起き上がって、宥めるように頭を撫でてくれるけれど、ブンブン首を振って、思いきってガウンを脱いだ。
「グレーシス様、お誕生日おめでとうございます。愛してます。」
思い切って、ギュッと抱き付いた。
お義姉様、私ついにやりました。この先も……。
「愛してます。とっても。だから………」
グレーシス様を見上げると、黄色いシャンパンのような美しい瞳が揺れていた。
そう、美しい黄色い瞳……と目が合った。
「おはよう、リーリス。」
「おはよう、ございます?」
あれ?朝?
確か私、ガウンを脱いで、グレーシス様に抱き付いた。
そこまでは覚えている。
その後……どうなったっけ?
「飲み過ぎたようで心配したが、よく眠れたようだな。」
「え?私、お誕生日のお祝いをしたくて……」
「充分祝って貰った。ありがとう。」
横になっているグレーシス様が頬を撫でてくれた。
グレーシス様の服は変わっている。
きっと何時ものように早起きして、鍛練をした後、着替えて戻って来てくれたに違いない。
ハッとした。
私ガウン脱いだよね。と言う事は今…………あれ?しっかりとガウンを着ている?
「グレーシス様、あの、私……ガウン、脱いだり、しませんでしたか?」
ドキドキしながら尋ねると、普通に返された。
「いや、着たまま寝てたな。」
「そう、ですか……。」
ガウンを脱いだのが、まさか夢だったなんて、嘘でしょう!
グレーシス様を、受け入れようと、初夜の夜着を着て臨んだのに、いつかみたいに、また、お酒で失敗してしまった。
本当にもう、猛省するしかないっ!
リーリスお酒の失態は、目次41でやらかしています。




