12 看病
掌には、心地良いふわふわとした肌触り。
私は確か……。
回らない思考で目を開けると、黒豹のグレーシス殿下と目が合った。
「ひゃっ!」
吃驚し過ぎて動悸が止まらない。
グレーシス殿下の背中に手を乗せたまま、いつの間にか寝てしまったらしい。
転がるように慌ててベッドから降りた。
「すみません、あの、体調はいかがですか?」
「かなり楽になった。」
黒豹姿でも言葉は話せるらしい。
「それは何よりです。では私は私室にーー」
戻る。と言いかけた時、コンコンと扉をノックする音がした。
「入れ。」
「おはようございます、朝食をお持ちしました。」
執事のドルフが、お粥と普通の食事、二人分の朝食をワゴンに乗せて持って来た。
「リーリス妃殿下、お疲れ様です。今日はこちらでお食事をお取り下さいませ。」
ベッド脇にある小振りのテーブルセットに、手早く食事を用意し始めた。
「あの、私は……。」
直ぐに私室に戻るから、朝食はそちらに。と言うつもりだったのに、すっかり朝食の準備が整ってしまった。
「私は仕事がございますので、殿下の食事を手伝って頂けると助かるのですが……。」
ドルフの視線がチラリと、ある一点に注がれたので、視線の先を辿ると、グレーシス殿下の前足に行き着いた。
なるほど、獣化でスプーンが持てないと。これは大変不便に違いないわ。
「私で良ければ、お手伝いしますよ。」
「是非お願い致します。大変助かります。」
ドルフから、お粥の入った皿を受けとった。
「食事くらい自分で出来る、他の侍従はどうした。」
「皆、伝染病で倒れております。グレーシス殿下は今、手が使えないのです。王子が直食いなんて、はしたない行動はなさいませんよう諦めて下さいませ。リーリス妃殿下、お願い致します。」
ドルフは私にニッコリと微笑んで去って行った。
早速スプーンでお粥をすくって、グレーシス殿下の口元に運んだ。
「はい、お口を開けてくださいね。あーんですよ。」
ヒト型の男性に対して、こんな事は恥ずかしくて絶対に出来ない。でも、黒豹姿ならば問題無い。
「こんな侍女がする事はしなくていい。」
「これは私がしたいのです。好きにして良いって言いましたよね。」
コテンと首を傾げる。
「………。」
グレーシス殿下は、ハァ……とため息をつきながらも、差し出したお粥をパクっと食べてくれた。
「可愛い。」
思わず心の声が漏れてしまった。
その時、グレーシス殿下の耳がピクッと動いた気がした。
「……私より自分の食事をしたらどうだ?」
「ありがとうございます。でも、こっちの方が楽しいので、私は後で大丈夫です。」
大変失礼だけど、安全で可愛い大型のペットに、餌をあげる感覚だった。
「楽しいって……。」
フイと顔を背けられてしまった。
機嫌を損ねてしまったかもしれない。でも、まだお粥はある。
「まだありますよ。はい、あーんして下さいね。」
ちょっと強引だったかな。食べてくれないかな?と思いながら、お粥をグレーシス殿下の口元へ運ぶ。
「………。」
不服そうにしながらも食事を完食してくれた。
見た感じは、かなり回復したように見える。でも、油断は出来ない。
「邸の様子を見てくる。」
グレーシス殿下が動こうとするのを、慌てて覆い被さるようにして身体で押さえた。
「まだ駄目です。ヒト型に戻るまでは安静にしてください。」
「……私を押し倒す女性が現れるとは……。」
「押し倒すだなんて、そんなつもりは。」
はしたない事をしてしまった。
急激に顔が熱くなり、直ぐに離れた。
「かなり楽になったから大丈夫だ。もう何ともない。」
「それは一時的に、癒し手で治る力を助けたからです。病気自体の根治は時間が必要なんです。体力が無いまま動くと治る力が弱まって、また元に戻ってしまいます。だからーー」
「癒し手とは何だ?」
「え?」
思わず口が滑ったことに気づいて慌てて誤魔化す。
「せ、セーラン王国にあるおまじないの様なモノで……。」
「ほう、獣人は感情に敏感な生き物なんだ。特に嘘は直ぐに分かる。」
「……そう、なのですね。」
自身の口の軽さに後悔した。話さざるを得ない状況に諦めるしかない。
「癒し手とは触れた者を癒す、私にしか無い力で、祖国では、極秘扱いにされていました。」
「何故極秘扱いに?」
「それは、癒し手が知られるせいで魔女と迫害されたり、心無い者に利用されたり、拐われないようにするためだと、お父様は言っていました。テナール王国へ嫁ぐ時も、決して癒し手を知られず、使わないように言われていたのです。」
「……そうか、セーラン王国国王が秘密にしているのなら、我が国でも秘密にすべきだろう。癒し手の事は貴女の許可無く他言しないと誓おう。」
「ありがとうございます。ではヒト型に回復するまでは、ベッドで休んで下さいね。」
「分かった。従うよ。元の苦しい状態には戻りたくないからな。」
グレーシス殿下はポフンとベッドに身体を横たえて、そっぽを向いた。
「では、私は一旦私室に戻ります。また伺いますね。」
背中に声をかけて、続き扉へと歩いた。
「……ありがとう、リーリス。」
初めて名前を呼ばれて驚き、振り向くと、グレーシス殿下は変わらずそっぽを向いたままだった。
「どういたしまして。お大事にして下さいね。」
それだけ言って自分の私室に戻った。
扉を閉めて苦笑した。
「結婚早々に、早速お父様との約束を破ってしまったわ。」
祖国を発つ時に、癒し手は使っても知られても絶対駄目。と念を押すお父様の顔が思い出された。
ごめんなさい、約束を守れませんでした。でも、後悔はしていません。
心の中で、祖国にいる家族に謝った。




