119 覚醒者の希望
リロイ国王陛下の執務室で、クレインに祈りを施した花を渡してから、一週間程が経った。
今、私は本邸にある調剤室の個室で、どうしたら祈りの花びらの存在を隠せるかについて、クレインと話し合っていた。
一週間、調査した結果、祈りを施した花びらは、煎じて飲むと、生きる力を助ける効果を得られる。
小さい花びらよりも大きい花びらの方が、力を貯められて、効果が高い。
だから、治療に使うなら、大きな花びらの方が効率的。
ただ、効果があるのは光った花のみで、乾燥した花びらや、新鮮でも、葉や茎には効果を施せない。
また、祈りを施した花びらは、一週間経っても枯れず、太陽の光を当てても乾燥せずに、みずみずしいままだった。
「薬効のある花びらを煎じて飲むなんて、珍しい花に目が無い獣人女性は、絶対に欲しがります。花の出所を調査しようとする者も現れるかもしれません。」
テーブルを挟んで、向かいに座っているクレインが腕を組んだ。
「王宮医師にのみ扱える花。とするのはどう?」
私の意見に、クレインがゆっくりと首を横に振った。
「それだと、私以外の王宮医師にも花の真実を話さねばならなくなります。それは出来ません。」
「そうね。この力は本当に有事の時だけ使うべきで、秘匿した方が良いものね。」
「ええ。万能薬に頼り過ぎては医療が停滞してしまいますから。」
良い案が浮かばないまま、二人して黙っていた所に、扉をノックする音がした。
クレインが解錠して扉を開けると、獣人男性が情けない声で訴え始めた。
「クレイン殿、聞いて下さいよ~。ティミラー殿下の子どもが、全然薬草茶を飲んでくれないんです。このままだと後遺症が残る可能性もあるってのに、吐き出すわ、泣かれるわ、お手上げですよ。何か飲ませる方法はないですか~?」
かなりお困りの様子。
「そう言われても困りましたね。薬草はそもそも苦いものですから。皆、我慢して飲んでいるとしか。」
「ねぇ、クレイン、シロップにしてみてはどう?あと、クッキーに混ぜたり、粉にして、ジャムに入れたり。祖国の王宮医師は、そうして誤魔化していたわ。ハチミツを入れるだけでも違うのではないかしら?」
思わず口を挟んでしまった。
「なるほど。我が国では兎に角我慢するように言われるのです。だから、形や味を変えるとは、思い至りませんでした。確かに、子どもは甘い味を好みますね。」
クレインと話をする私を見て、獣人男性は少し、戸惑った様子だった。
「クレイン殿、そちらはもしかして……。」
「ああ、リーリス妃殿下です。妃殿下、彼は王宮医師のイラネル殿です。」
「初めましてイラネル、グレーシス殿下の妻、リーリスです。」
にっこりと微笑むと、ペコリとお辞儀された。
「妃殿下、シロップ作りについて何かご存知でしたら、教えて頂けますか?」
「ええ、構わないわ。王宮医師に教えて貰って、作っていたの。とても簡単よ。」
「妃殿下が?」
イラネルが驚いている。
最近は誰も驚かないので、久しぶりの反応が新鮮だった。
「ええ、王宮医師には色々お世話になっていたの。」
引きこもり生活で暇だから、無理矢理押し掛けて、アレコレ教えて貰っていたのが実際だけど。
早速調剤室でシロップ作りを実践した。
基本は水と砂糖を鍋で煮るだけ。
「薬草や柑橘類を入れて煮れば、薬草シロップになるの。果物を入れると、薬草の癖が緩和して飲みやすいわ。」
幼い頃、病弱だったお兄様が、これなら飲める、と言っていた。
「時間があれば、砂糖と薬草を交互に敷き詰めて成分を抽出する方法もあるのよ。どちらも飲む時は、水で薄めた方が良いわ。」
「妃殿下、それです!シロップで成分を抽出すれば!」
クレインの勢いに驚きつつも、花をシロップで煮て成分を抽出した液体ならば、材料を知られない。と言いたいのだと、理解出来た。
「そうね、盲点だったわ。」
イラネルの問題を解決する方法が、私達の問題をも解決する形になった。
後日、私が贈った花でシロップを作ったクレインが、その効果について報告に来てくれた。
「成分が凝縮されて、少量でも大きな効果を得られました。持ち運びに便利ですし、薬草茶に混ぜても問題ありません。妃殿下の力を知られる事も、この液体の材料を見られもしません。」
作ったシロップを見せながら説明してくれた。
「凄いわクレイン!これなら未来の覚醒者も普通に生きて行けるわ。」
癒し手で体力を奪われたり、人前で力を使わなくても済むから、利用される事態も避けられる筈。
「少し寂しいですが、もう、有事の際に妃殿下が足を運ぶ必要もありませんね。」
クレインの言葉に、ブンブンと首を振った。
「いいえ、間接的にでも力が使われるなら、私は見届ける義務があるわ。それに、クレインとなら、より良い治療方法を確立出来る気がするの。だから、王宮医師の助手として、ずっと付いて行くつもりよ。迷惑、かしら?」
クレインの手を握って表情を窺った。
「迷惑だなんて、とんでもない。妃殿下と共に国に貢献出来るなら、光栄です。只、何事も無いのが一番ですがね。」
「そうね。元気が一番だものね。」
ニッコリと笑うクレインに、私も微笑んで頷いた。
クレインと話していると、コンコンと扉がノックされて、グレーシス様が私室にやって来た。
「お帰りなさいませ。今日は、早いのですね。」
「ああ。クレインと随分、楽しそうにしているな。」
グレーシス様は鋭い。
「分かります?新たな発見があったのです。これなら未来の覚醒者も守れますし、グレーシス様に心配を掛けなくて済みます。」
嬉しくてグレーシス様の傍に駆け寄って、興奮気味に報告してしまった。
グレーシス様の獣耳が動いて、目が見開かれた。
引かれたかしら?
何故かクレインは、クスクスと笑っている。
「妃殿下の一番は常に殿下で、私はあくまでも妃殿下の秘匿を守る同志の一人ですから、ご心配なく。」
「分かってはいるが、全く、私は愚かだな。」
グレーシス様は眉を下げて、ポンポンと頭を撫でてくれた。
「愚かだなんて、グレーシス様は何時も国民や仲間の事を考えておられて、立派だと思いますよ?」
思った事を言うと、ふわりと甘く微笑まれた。
「……敵わないな。リーリスには。」
何が敵わないのか、さっぱり分からない。
クレインがまた、クスクスと笑っている。
私の分からない事を、クレインは分かるみたい。
「黒の鬼神と呼ばれる殿下に、そんな事を言わせるのは、やはり、妃殿下くらいですね。では、用も済みましたし、失礼します。」
クレインは扉まで行くと、立ち止まって振り向いた。
「そうでした、シロップは子ども達にも好評だったそうです。ただ、もっと欲しいと言われて、イラネルは、困ったそうですよ。」
クレインは報告してくれると、爽やかに退室して行った。
「クレインにも敵わないな。」
グレーシス様がボソリと呟いていた。
後日、祈りを施した花についての調査結果を、セーラン王国のレミリオお兄様に報告する為、手紙を書いた。
そして、祈りを施した花で作ったシロップも一緒に送る事にした。
お父様は腰痛持ちだし、何か急病や怪我の時、きっと役に立つ筈。
セーラン王国では、家族に守られて、テナール王国に嫁いでからは、グレーシス様を初め、沢山の出会いに恵まれて、今まで知らなかった色々な事に気付けた。
若くして亡くなってしまった過去の覚醒者に比べると、私は本当に幸運だった。
この新たな発見が、未来の覚醒者の幸福に繋がりますように。
そう願いながら、セーラン王国に荷物を送った。




