117 容疑者後編
「妃殿下、移動をお願い致します。」
アイザックに促されて、騎士棟の部屋を出て、地下へ続く階段を降りた。
「こちらの部屋でお過ごし頂きます。侍女は一名付けますので、何なりとお申し付け下さい。ただし、確認が終るまで、外には出られません。」
案内された地下の部屋は、私室より少し狭い位。
シングルサイズのベッドと、サイドテーブルに一脚の椅子、小降りなキッチン。別室にトイレとお風呂等、最低限の設備は整っている。
室内に侍女が一人、立っていた。私を見るなり、ビクリと肩を揺らす。
人間の私が怖いのかしら?
「分かったわ。ここで過ごしていれば良いのね。」
アイザックに返事をして、部屋に入ると扉が閉められ、外から鍵がかけられる音がした。
中からは開けられないらしい。地下なので窓は無い。
先ずは侍女に声を掛ける。
「初めまして、私は第三王子グレーシス殿下の妻、リーリスよ。貴女は?」
「ネコの獣人、リズです。御用があればお申し付け下さいませ。」
ビクビクしながらも答えてくれた。
黒髪に黒い獣耳に尻尾、瞳も黒い。
そして、獣人特有の豊満な体。羨ましい。
「まあ、黒猫なのね。素敵。」
「素敵!?黒は不気味では無いのですか?」
リズが一定の距離を保ちながら、声を出した。
「全然。グレーシス様は黒豹だけど、とても素敵だわ。だから貴女も素敵よ。」
にっこりと微笑んだ。
「……ありがとう、ございます。」
椅子に座ると、リズが紅茶を入れてくれた。
「有り難う、リズ。」
「トンでもございません。その、妃殿下は何か罪を犯されたのですか?」
リズが遠慮がちに聞いてきた。
「いいえ、何もしていないわ。だから早く解放して貰えると良いのだけれど。フェルメスとの約束もあるし。」
「どなたかとお約束が?」
「ええ、庭師と種を植える約束をしていたの。汚れても良い服にも着替えたのよ。」
洗えるドレスの説明をすると、リズに驚かれた。
紅茶を飲みながら、暫く待つ。
時計も無いので、今が何時なのか、どれくらい時間が経ったのか、分からない。
「グレーシス様は大丈夫かしら。」
強いと分かっていても、討伐では何が起こるか分からない。つい、心配になってしまう。
騎士棟から出ていないから、ここは騎士棟の地下よね。
グレーシス様が戻っていれば、近くにいるかも知れない。
獣人は耳が良いから、大きな声で名前を呼べば、気付いて会いに来てくれるかも。
でも、大きな声なんて出した事がない。
「コホン、あ、あ、あ――――。」
「妃殿下、如何されましたか?」
私の発声練習に、リズが動揺している。
「ちょっと声を出す練習をしているの。」
「声?」
怪訝そうにするリズに構わず、スーハーと深呼吸を何度かした。
「グレーシスさま―――。」
先ずは扉に向かって、普通の声で言ってみた。
リズがいるので恥ずかしい。でも、続ける。
「グ――レ――エ――シ――ス――さ――ま―――。」
伸ばして言うと、少し大きな声になった気が。
でも、何を言っているのか分からないわね。
ここは地下だから、上に向かって言う方が届くかしら。
「グレーシス様会いた――い。グレーシス様会いた――い。グレーシス様会いた――い。グレーシス様会いた―――――い。」
リズが目を見開いて私を見ている。
流石に恥ずかし過ぎて、止めた。
「グレーシス様……。」
ベッドに転がって呟いた。
ガチャリと音がして、扉が開いた。
もう確認は終ったのかしら。
起き上がって扉に顔を向ける。
「!?」
抱き締め、られた。
「私が居れば、こんな事態は避けられたのに、すまない。」
「グレーシス様っ!」
もしかして、声が届いた?
嬉しくて、グレーシス様の背中に手を回した。
「謝らないで下さい。私の疑いは晴れたのですか?」
「ああ、全ては王宮医師パウロの勘違いだ。」
「王宮医師のパウロ?」
初めて聞く名前だった。
「父上や兄上の専属医師だ。父上が伝染病に罹って、危篤から回復した時に診察したのだが、リーリスは覚えていないかも知れないな。」
確か、リロイ国王陛下に癒し手をした後、確認してくれた医師はクレインではなかった。それは覚えている。
「葉の裏が毒花の特徴と違う。とクレインから指摘されて、パウロの勘違いと分かったらしい。」
「そう、クレインが。」
私を疑っていたのは、クレインではなかったのね。
「父上の執務室に呼び出されたシュテルムから、今までの詳しい経緯について報告を受けた。」
始まりは、リロイ国王陛下とお義兄様達の定期検診に訪れた王宮医師パウロが、花束の中に毒花と全く同じ見た目の花を見付けて、指摘した事だった。
「リーリスがくれた花は問題無い。」
全員そう言って、パウロに花を調べさせようとしない。
それは祈りを施した花だったから。
私の力について知らされていないパウロは、毒花を贈った私を皆が庇っている。と思い、罪に問わない事を危険視して、リロイ国王陛下の近衛騎士で団長のシュテルムに報告した。
「陛下や殿下の為にも、毒花を贈った理由を問い詰め、殺意が無かったのか、真実をハッキリさせるべき。」
パウロの主張に、シュテルムも同意して、私から話を聞く許可をリロイ国王陛下に貰い、動いた結果が今に至る。
一方、私の状況をグレーシス様から聞いたリロイ国王陛下とお義兄様達は、寝耳に水だったそう。
「話を聞く事を了承したが、尋問するとは聞いて無いぞ。」
かなり激怒していたらしく、国王騎士全員の再教育をすると決断したそう。
「それで私の専属護衛、ですか。」
リロイ国王陛下や、お義兄様達の近衛騎士、しかも団長クラスから、一週間交代で私に就くなんて、騎士の無駄遣いにも程がある。
「心配しなくても、何時も通り過ごせば良い。それにしてもリーリスは余程、私に会いたかったのだな。」
グレーシス様がフッと笑った。
「私の声、届いていたのですね。」
「丁度戻った時だったし、地下部屋は、尋問後に入れると、罪人の本音が出やすい傾向にあるから、室内の声を聞く為に、壁は薄く作られている。」
「そう、なのですね。」
つまり、声を出す練習とか、名前を連呼して会いたいとか、全て聞かれていたわけで……。
部屋に入れられた時は、グレーシス様の事しか考えていなかったけれど、獣人は皆……そう、皆、耳が良い!
「ああっ、私ったら!もう、騎士棟に行けないっ……というか、この部屋から出られませんっ!!」
ベッドに突っ伏し、足をパタパタさせて悶えてしまう。
顔だけではなく、全身から汗が吹き出しそうな程、熱くなって仕方がない。
「大丈夫、私への愛が知れ渡っただけだ。」
グレーシス様は何だか楽しそう。
今後、騎士達から生暖かい眼差しを向けられると思うと、余計に恥ずかしい。
暫くベッドにしがみついて悶える姿を、私の専属護衛に指示され、待機していたシュテルムと、扉前に待機していたドナンとアイザックに見られていたなんて、当分気付かなかった。
名前は出ていませんが目次18の国王専属医師はパウロです。




