116 容疑者前編
セーラン王国へ出発して、二週間ぶりにテナール王国にある王宮の邸へ帰ってきた。
翌日、休む間も無く、グレーシス様は通常通り、騎士棟へ出勤して行った。
今日から暫く、新人の魔物討伐研修で森に行くのだそう。
確か、新人の入団が決まった話は聞いていた。
グレーシス様が出勤して直ぐ、セーラン王国のガンザから約束していた花と種が届いた。
早速、庭園にいる庭師のフェルメスに、種と花を届けに行った。
「フェルメス、セーラン王国から種が届いたわ。一緒に植えましょう。」
「は、はい。喜んで。」
二人で話していたら、執事のドルフが庭園にやって来た。
「妃殿下、リロイ国王陛下が執務室へ来るように、とのことです。」
「あら、フェルメスご免なさい、種は午後からで良いかしら?」
「ぜ、全然、大丈夫です。」
フェルメスとは午後から種を植える約束をして、午前中はリロイ国王陛下の執務室へ行き、癒し手についての報告をした。
午後一時頃、再び庭園に行く準備を整えて私室を出た時だった。
「妃殿下、近衛騎士団の皆様が御用とのことです。」
執事のドルフが急いだ様子で呼びに来た。
近衛騎士って、お義父様やお義兄様に仕える直属の騎士よね。
エントランスに護衛のサンセと向かうと、体格の良い獣人騎士が三名、無表情で立っていた。
「私は、国王陛下直属の近衛騎士、団長のシュテルム、ライオンの獣人です。彼はトラの獣人ドナン、そして、彼はジャガーの獣人アイザックです。」
つまり、お義父様の命を受けて来たのね。
「グレーシス殿下の妻リーリスです。ご用件は何でしょうか。」
緊張しながらも、笑顔で対応する。
「国王陛下、そして、ティミラー殿下とフレイル殿下に毒花を贈り、殺そうとした容疑がございます。一度、騎士棟へご同行願います。」
毒花って何?
「あの、全く身に覚えが無いのですが。」
「本日、陛下と殿下に花を贈りませんでしたか?」
「ええ、セーラン王国から届いた花は贈りました。」
今朝、庭師のガンザから花が届いた。
皆に配る準備をしていた時、リロイ国王陛下の使者が執務室に来るよう呼びに来た。
リロイ国王陛下の執務室には、クレインとお義兄様達も呼ばれている。と聞いたので、全員で花を分ける為、花を執務室へ持って行った。
「その贈った花の中に、毒花と言われる毒性の強い花があったのです。」
近衛騎士団長のシュテルムは言う。
私が執務室に呼ばれたのは、覚醒者(女神様が持つ、癒しの力を受け継いだ者)について、お義兄様達から報告を受けたリロイ国王陛下が、私に祈りを実演させ、花の効果をクレインに調査依頼し、今後も秘匿を守りつつ、情報を共有しよう、と伝える為だった。
リロイ国王陛下とクレインに見て貰う為、私は持参した花に祈りを捧げた。
花は光ったから、きっと何かしらの効果がある。
ただ、命を奪う効果では無いのは確か。
でも、その事を口には出来ない。
「まさか、そんな筈はありません。」
「我が国の王宮医師が言うのだから、間違いない。話は聞くので、騎士棟まで同行願えますね。」
強い口調で有無を言わせない雰囲気のシュテルム。
端から私を信じる気が無いと分かる。
今は抵抗するだけ無駄な気がした。
「分かりました。」
「私も妃殿下と共に同行します。」
護衛のサンセが申し出てくれた。
「騎士棟迄なら許す。では、行きましょう。」
ドルフや侍従達が心配そうな表情をしているので、安心させるように微笑んだ。
「説明すればきっと、分かって貰えるわ。疚しいことなんて無いもの。信じて待っていてくれる?」
「勿論でございます。」
ドルフを始め、皆、しっかりと頷いてくれた。
私の前には近衛騎士団長のシュテルム、両脇にはドナンとアイザック。後ろにはサンセがいる。
シュテルムが言う王宮医師とはクレインの事?
でも、クレインなら何か分かれば、一番に私に教えてくれる気が……。
ただ、優先順位ならば、私よりもリロイ国王陛下になる。先に報告してもおかしくはない。
祈りの花が一部だけ毒花になるなんて、あり得るの?分からない。
リロイ国王陛下の近衛騎士が動く。それは、リロイ国王陛下の意思と言える。
あんなに私を大事に思ってくれていたお義父様が私を疑うなんて、信じられない。信じたく無い。
頭が混乱したまま、騎士棟まで来た。
「サンセ殿は部署に戻って待機を。」
「……畏まりました。」
シュテルムに命じられて、サンセが不本意そうに私から離れる。
何時も見る受付の男性騎士が、私の状況を見て、驚いた顔をしていた。
騎士棟の内部は三方向に廊下が別れている。
何時もは右手の廊下を歩いて、グレーシス様がいる王魔討専部隊の専門棟へ行く。
でも、今日は何時もとは逆。左手の廊下を歩く。
確か今日、グレーシス様は、新人の魔物討伐研修で森へ行く。と言っていた。
ひと目でも会えたら……。と思ったけれど、まだ騎士棟には戻っていないかもしれない。
連行されたのは、暗くて狭い部屋の一室だった。
中央には、小さなテーブルと、向かい合って座れるように二脚だけ椅子がある。
部屋の隅にも小さな机と一脚の椅子があった。
「こちらにお座り下さい。」
シュテルムに促されて、中央のテーブルにある椅子に座った。
向かいにシュテルムが座り、アイザックが扉の前に立ち、ドナンは部屋の隅にある机に向かい、私達から背を向ける形で着席した。
シュテルムが私を睨む。
私も視線を反らさないで、真っ直ぐシュテルムの目を見た。
「単刀直入に聞く。国王陛下と殿下方を殺す気は?」
「絶対にありません。贈った花は全て、私がお茶として口にしております。」
私の庭園に咲いている花は、全てお茶や、食用として楽しめる品種に限定して育てていた。だから、全部口に出来る。
「人間には効果が無くても、獣人にだけ毒になる場合がある。それを知っていたのでは?」
確かに、以前、リロイ国王陛下に贈った祖国の美容効果程度の花が、ここでは『惚れ花』と呼ばれている事実を知った。
「効果の違いには思い至りましたので、祖国でティミラー殿下に確認をして頂き、全て問題無い。とお墨付きを頂きました。」
ティミラーお義兄様は博識で、私の庭園にある花についても詳しかった。
祖国に滞在中、花を紅茶に入れて味見をして貰ったら、好評だった。
「王太子殿下は既に口にしていると?」
「はい、フレイル殿下も。確認して頂いて結構です。」
シュテルムは、少し考えるような素振りを見せた。
「しかし、あれだけの種類だ。セーラン王国の者が、わざと口にしていない花を紛れさせたのでは?」
「あり得ません。届いた花は私が庭師と植えたので、全て把握しております。」
ダンッ!とシュテルムが机を叩いた。
「ふざけないで頂きたい。王女が庭仕事をするわけが無い。」
普通はそうよね。
「私は致します。今日も午後から、庭師のフェルメスと種を植える約束をしていたのです。約束を破る形になってしまいましたが、信じられないなら、フェルメスに確認して頂いて結構です。」
しっかりと真っ直ぐ目を見て言うと、シュテルムは勢い良く立ち上がった。
「妃殿下の言い分を確認する。それまでは容疑者だ。邸には帰さない。別室へご案内しろ。」
シュテルムは、扉前に立つアイザックに指示をして、部屋を出て行った。




