111 王宮医師ホムン
女神祭当日の朝八時頃、馬車で王立病院へ向かう。
「リーリス、私達も同行するよ。癒し手をこの目で見てみたいしね。」
「そう言う事だ。」
ティミラーお義兄様とフレイルお義兄様も急遽王立病院へ同行する事になった。
出発時間より少し早く馬車に乗り、グレーシス様達と王宮医師ホムンを待つ。
「おはようございます、リーリス殿下、お久しぶりでございます。お元気でしたか?そちらは?」
馬車に乗ったホムンが、ローブを着た男性三名を見て、戸惑っている。
「護衛、ではなくて、なんと、テナール王国の殿下方です。」
私がネタばらしをしたと同時に、グレーシス様達がフードを取って顔を見せた。
「なっ!?」
驚くとは思ったけれど、予想以上に驚かせてしまったかも知れない。
「驚かせてしまってごめんなさい、紹介するわね。」
私はホムンにグレーシス様達を紹介した。
「癒し手の事もご存知とは。それで国王陛下も同行を許可したのですね。分かりました。私は王宮医師のホムンでございます。殿下方、以後、お見知りおきを。」
ホムンは礼をして、獣人であるグレーシス様達に敬意を示し、受け入れてくれたようで、安堵した。
馬車が出発して、王立病院がある王都に入った。
「セーラン王国の祭りも随分と賑やかだね。出店も多いし、見て回れないのは残念だよ。行列が出来ているのは何のお店かな?」
窓から外を覗き見ていたティミラーお義兄様が、ホムンに話かけた。
「治療院ですね。女神祭では無料で治療が受けられますから、行列がある場所は大抵、病院等の治療院です。」
「そうなんだ。祭りの日に病院へ行くなんて、我が国ではあり得ないよ。おや、ホムン殿、あそこに見える高い建物は時計塔かな?」
「あれは、王宮内にある教会です。見えている吊り鐘は、鳴らす回数によって、様々な用途で使われます。」
ティミラーお義兄様は王子三兄弟の中で最も社交性が高く、好奇心旺盛という印象がある。
ホムンが何でも答えてくれるのが楽しいのか、ホムンを質問攻めにしていた。
馬車が王立病院に到着して、グレーシス様達は脱いでいたローブを着た。
病院の裏口に馬車が停まる。
事前に人払いがされているので、誰にも会わず重症患者が眠る病室へと着いた。
「殿下方も病室に?」
ホムンが戸惑っている。
病室の外で、護衛騎士と共に待機だと思っていたらしい。
「ええ、視察よ。お父様も了解しているわ。」
「国王陛下がお許しに……。分かりました。」
ホムンも納得してグレーシス様達と病室へ入り、二時間程で無事、癒し手が終了した。
「お疲れ様です。少し顔色が悪いですね、脈も早い。直ぐに王宮へ戻りましょう。」
馬車に乗ると、何時ものように、ホムンが私を診察してくれる。
馬車が走り出して直ぐ、教会の吊り鐘が鳴り始めた。
「この鐘の音は?」
いち早くティミラーお義兄様が反応して、ホムンが答えた。
「確か、明日の結婚式が始まる時間を知らせる鐘だと聞いています。」
鐘が三回鳴り終わる頃、馬車が止まった。
王都は人通りが多いので、馬車が止まるのも珍しくない。
「残念、良くない事が起きた。」
「そのようだな。」
窓の外を覗き見たティミラーお義兄様の言葉に、何も見ていないグレーシス様が返事をして、フレイルお義兄様が溜め息をついた。
「護衛のロベルタは頑張ってくれているけれど、やはり敵の数が多いね。我々が出なければ犠牲が増える。」
ティミラーお義兄様の言葉に、グレーシス様が目深にフードを被った。
「仕方ない、出るぞ。」
「でも、こんな所で、正体が知られてしまったら……。」
私の心配をよそにグレーシス様はニヤリと笑った。
「大丈夫だ。知られなければ良い。」
「グレーシス様!?」
グレーシス様が素早く私を抱き抱えた。
「ホムン殿、失礼する。」
「うわっ!な、何を!?」
フレイルお義兄様がホムンを肩に担いだ。
「準備は良いかい?行くよ。」
ティミラーお義兄様がフードをしっかりと被り直して、馬車の扉を開けて、勢いよく飛び出すと、一気に走り出した。
グレーシス様とフレイルお義兄様も続いて馬車から飛び出して、やっぱり物凄く早いスピードで走る。
背後の敵が、こちらに気付いて向かって来るけれど、当然、追い付けない。
前から向かって来る敵にも、凄まじい跳躍力でジャンプして躱しながら、近くの屋根に飛び乗ると、一気に王宮へ向かって駆け出した。
「逃げたぞ!追え!」
敵の叫ぶ声が聞こえたけれど、当然、追い付ける筈もない。
物凄いスピードで屋根を飛び越え、木々を伝いながら、王宮の塀も飛び越えて、ものの数分で、王宮内の庭園に到着した。
「王宮内に入れば安全だね。いやぁ、教会が王宮の目印になったから、分かりやすくて良かったよ。ホムン殿のお陰だね。」
ティミラーお義兄様が息も切らさず、余裕の笑みで言った。
「よく頑張ったな。リーリス、怖かっただろう?体調は平気か?」
グレーシス様が背中をさすってくれた。
庭園には自然エネルギーが満ちていたので、直ぐ楽になった。
「はい。大丈夫です。それより、グレーシス様達が獣人だと知られなくて良かったです。」
直ぐ近くでは、フレイルお義兄様がゆっくりとホムンを地面に降ろしていた。
ホムンは怖かったのか、腰が抜けたようにその場でしゃがみ、震えていた。
「ホムン、大丈夫?怖かったわよね、私も初めての時は、とっても怖かったのよ。今でも、怖いけれど、誰も犠牲が出なくて良かったわね。」
ホムンの手を取って微笑むと、ホムンが所在無さげに言った。
「まさかあの様な事態になるとは。乱闘になると思っていたのに、まさか運ばれるとは。」
「ええ、優しい殿下方が誰も傷つけないように配慮してくださったから、良かったわ。獣人はとても優しくて紳士だってホムンも分かったでしょう?」
ホムンが目を見開いた。
「リーリス殿下は、獣人を随分と信頼されているのですね。」
「ええ、自慢の新しい家族ですもの。」
にっこり笑いかけると、ホムンは手で顔を覆った。
「は、はは……私は長年、何を見ていたのでしょうか。優しいリーリス殿下ならば、何処だって愛されるに違いないのに。愚かにも程がある。」
ホムンの様子がおかしい気がして、心配になってきた。
「どうしたの?心配事でもあるの?」
「殿下方の襲撃を依頼したのは、私なのです。」
「え?」
「私は国の為に結婚させられたリーリス殿下を、獣人から解放して差し上げたかった。獣人の王子さえいなければ、我が国で幸せに過ごせる。そう、思い込んでいたのです。リーリス殿下は自分を犠牲にしても、誰かを犠牲にした幸せなんて望む筈が無いのに。申し訳ございません。」
ホムンは蹲って深々と頭を下げた。
「全く、リーリスを一番可愛がっていたお前が、リーリスを分かっていなかったとは残念だ。」
「お兄様、いつの間に……。」
レミリオお兄様が、近衛騎士と共に立っているのに驚いた。
よく見ればここは、お兄様の私室からよく見渡せる、王家のプライベートな庭園だった。
「昨夜、捉えていた襲撃犯を尋問した。密入国している獣人貴族の馬車を襲え、と依頼していたそうだな。王家だと教えてやったら、直ぐに色々教えてくれた。だから、今朝、殿下方に情報を流して対策を立てておいた。」
今朝?グレーシス様達とお兄様が話していたなんて知らなかった。
「では、ここへ来るのも計画の内だったのですか?」
「ああ、奇襲があったら、あのリボンを目印に、この場所に来るよう話合っていた。」
グレーシス様が指で指し示した先を見上げた。
お兄様の私室がある三階のバルコニーに、グレーシス様に渡した黄色いリボンが結ばれている。
「申し開きもございません。他国とはいえ、王家の暗殺を企てたのです。死を以て償います。」
「そんな……!」
王家を狙うなんて重罪なのは分かっている。でも、感情が受け入れられない。
グレーシス様の手が、そっと私の背中に触れた。
「セーラン王国の法律に口を出すつもりは無いが、我々は死罪を望まない。生きて罪を償って貰いたい。そう意見が一致している。」
グレーシス様が王子代表としてお兄様に言った。
「私達は無傷だしね。でも、次は無いよ。」
ティミラーお義兄様が笑顔で言い、フレイルお義兄様が同意するように頷いた。
「恩情、感謝する。」
お兄様はそう言うと、近衛騎士にホムンを拘束させた。
「ホムン、また帰国したら、何処に居ても会いに行くから!何処に居てもよ!」
「それは、グレーシス殿下にご迷惑がかかりますよ。」
「殿下はお優しいから、付き合ってくれるわ。」
グレーシス殿下の腕に腕を絡ませると、ホムンは呆れたようにクスリと笑って、穏やかな表情を私に向けてくれた。
そして、切り替えるように立ち上り、お兄様に連行されて行った。
「グレーシス様、お義兄様方、ホムンの事、恩情を有り難うございます。」
「案ずるな。こちらは無傷でセーラン王国に恩を売れるから、都合が良い位だ。」
「こういう小さな積み重ねが、外交には後々有利に効いて来るからね。」
フレイルお義兄様がニヤリと笑って、ティミラーお義兄様がウィンクした。
流石、次期宰相と次期王国。どんな時も国益を考えている。
「明日はいよいよ本番だな。晩餐会では、リーリスも着飾るのだろう?楽しみだ。」
グレーシス様が私の腰を引き寄せて、甘く微笑むので、嬉しいけれど、困ってしまう。
「主役はお義姉様ですよ?」
「勿論、分かってるが、リーリス以外に興味は無いな。」
「……っ!」
お義姉様ご免なさい。
私、グレーシス様の言葉が、凄く嬉しいと思ってしまいました。




