110 リーリスの私室
朝早くから馬に乗りっぱなしで疲れが溜まっていた事もあって、夕食は早めに済ませ、部屋で休む事になった。
ティミラーお義兄様とフレイルお義兄様は客室、グレーシス様は私が育った私室で一緒に休めるよう、事前に準備して貰った。
「ここがリーリスの部屋か。思ったよりシンプルだな。」
部屋は居間とベッドルーム、お風呂やトイレ、衣装部屋、給湯室がある。
居間には本棚やテーブルがあり、教育係が訪ねて来た時は、居間で勉強を見て貰ったり、休憩時間にはお茶をしたりしていた。
ベッドルームのベッドは、グレーシス様と休めるように、大きいベッドを用意して貰った。
「ベッドに寝転がったままでも、庭園が眺められるようになっているのですよ。」
ベッドルームの大窓を開けて見せた。
「体調が悪くなって、寝込んだ時の為か?」
グレーシス様は鋭い。
「それも、あるかもしれませんね。幼い時はまだ、分からない事ばかりでしたから。」
グレーシス様がベッドに腰掛けて、隣に座るよう促した。
「過去のリーリスに言ってやりたい。よく頑張ったな、将来は楽しい事や、出会いが待っている、と。」
グレーシス様は、穏やかな声で言うと、私の頭を抱えるように抱き寄せた。
今まで淋しいとか、辛いなんて思った事が無い筈なのに。どうして?
グレーシス様の優しさに涙が零れた。
本当は淋しかったのかな?誰かに甘えたかったのかもしれない。
私が泣き止むまで、グレーシス様はずっと抱き締めてくれた。
「明日は女神祭と言っていたな。どんな祭りなんだ?」
涙が落ち着いた頃、グレーシス様がふと思い出したように聞いて来た。
「そうですね……、女神様に感謝を捧げつつ、敬意を表して、病院や治療院が無料で患者を治療します。」
「それは祭りなのか?由来が気になるな。」
私達にとっては普通でも、文化が違うテナール王国からでは、感覚が違うらしい。
「大昔、この島は病人の墓場と呼ばれていたそうです。多くの国で伝染病や不治の病が発生した時、治らないと判断された患者が、帰国を禁じられ、大量に運ばれたそうです。」
「この島にそんな歴史があったとは。」
テナール王国は、セーラン王国の後に出来たので、初耳だったらしい。
「無人島だと思われていた島には人が住んでいて、不思議な力を持つ女性、後に女神と呼ばれる女性が、全ての患者を救い、帰国を許されなかった彼等と建国したのが、セーラン王国の始まりとされています。」
「この島に、人間の国がセーラン王国しかないのは、その為か。病人の墓場と呼ばれる島に国を作るとは、普通、考えない。」
グレーシス様が納得したように頷いた。
「女神様の死後、女神様の存在と、健康に感謝し、彼女の行いを讃え、敬意を示す為に女神祭は始まったそうです。因みに、女神祭の前後は縁起が良いとされて、王家の結婚式は、女神祭の翌日に行われるのが恒例です。」
だから、お兄様の結婚も女神祭の翌日に行われる。
「なるほど、結婚を機に、王家は覚醒者について伝えていたのかも知れないな。しかし、何故癒し手なんだ?癒し手は秘匿されている。わざわざ知られる危険を侵してまでする必要はないだろう。」
グレーシス様の尻尾がベッドを打った。
これは多分、不機嫌ね。
やっと尻尾の動く意味が分かってきた。
「王家のイメージアップです。女神の子孫とされる王家が、女神祭に、有能な王宮医師を無料で派遣する奉仕活動をすれば、国民から愛され、王家の支持も高まります。だから、年に一度、私がセーラン王国へ帰国するのを条件に、グレーシス様との結婚が成立したのです。」
グレーシス様の獣耳が、ピクリと動いた。
「では、今後毎年、リーリスはセーラン王国へ行くのか?父上から聞いてないぞ。」
「最初に書面で契約を交わしているので、説明されているものかと。」
首を傾げると、グレーシス様がハッとして、顔を片手で覆うと、上を向いた。
「あ―――……。よく、聞いていなかったかもしれない。」
「セーラン王国に行く時は一緒。って言った事、覚えています?やっぱり、気が変わりましたか?」
グレーシス様の袖を摘まんで、顔を窺った。
「勿論覚えている。気持ちは変わらないが、リーリスは一生、この祭りに縛られるのか?」
グレーシス様から見れば、私は縛られているように見えるのね。
感覚の違いが新鮮だった。
「言われてみればそう、ですね。でも、毎年グレーシス様と祖国の家族に会えて、国に貢献出来るなら、不満はありませんよ。」
グレーシス様が不満気な表情をして、労るように、私の頰に触れる。
「他国について言うべきでは無いが、リーリスを利用するなと言いながら、王家の為に利用しているじゃないか。年、一回なら良いとか、回数の問題じゃないだろう。リーリスが消耗するのは変わらない。」
グレーシス様は一番に私の事を考えてくれている。それが嬉しい。
でも、セーラン王国にはセーラン王国のルールがある。
グレーシス様の指を掴んで微笑んだ。
「医師も同行してくれますし、今までの経験もあります。終わったら、庭園で休むので大丈夫です。心配してくださって有り難うございます。」
「ティミラーやフレイルはどうするか分からないが、明日の癒し手は私も同行する。」
「でも、お疲れでは?」
「私は待っているだけだ。疲れるのはリーリスだろう。」
気遣うような眼差しが何処までも優しい。
ああ、もう、どうしてこんなに優しいの。好き。
思わずグレーシス様に抱き付いた。
「どうした?何か不安か?」
心配そうに私の背中に手を置くグレーシス様を見上げて、首をゆっくり横に振った。
「グレーシス様が好きすぎて、つい。」
ピクッとグレーシス様の獣耳が動いた。
「可愛い事を言ってくれる。」
整った色気のあるグレーシス様の顔が近付いて、唇に口付けされた。
その時、風に乗って、庭園に咲いている花の甘い香りがした。
私が過ごして来た私室で、グレーシス様と口付けしたこの日を、花の甘い香りがする度に、思い出してしまう気がした。




