11 獣化
数分後、ドルフが薬草茶を持って部屋に戻って来た。
「獣の看病はどうすれば良いの?おでこは冷しても良いの?」
「薬草茶を飲んだら、後は自己治癒力に任せるしかありません。特にやれる事は無いのです。」
「そんな…」
薬草茶を飲んでも、グレーシス殿下は薄目で、ハァハァと荒い呼吸のまま、相変わらず苦しそうにしている。意識は朦朧として視線は定まっておらず、眠る気配はなかった。
命を落とす場合もある。ドルフの言葉を思い出して益々心配になってきた。
結婚直後に夫が他界なんて悲しすぎる。
目の前で苦しむグレーシス殿下を、何とか元気にしたい。
『癒し手は決して知られてはいけないし、使ってもいけない。良いね。』
ふとお父様に念を押された言葉を思い出す。
けれど、夫の命がかかっているのだから仕方がないわよね。
そう自分に言い聞かせた。
癒し手は自然からエネルギーを貰って、触れた者の治る力を助ける事が出来る。けれど、治る力がないと助けられない。
グレーシス殿下の背中側から、ゆっくりとベッドに座って、黒豹姿の背中に手を伸ばし、そっと触れて確認する。
「リーリス妃殿下何を……。」
自分の口元に人差し指を当てると、ドルフは静かにしてくれた。
良かった、グレーシス殿下には治る力がある。
癒し手をするには注意が必要だった。
他人を助けられても自分自身は癒せないし、蓄えたエネルギーが枯渇すると体調不良になってしまう。
だからセーラン王国では、癒し手の後、必ず専属の医師に体調を見て貰っていた。
医師がいないのは不安だけれど、きっと大丈夫。
セーラン王国を出てから癒し手はしていないし、私室に飾られた大量の薔薇や、午前中、庭園を散歩したので、自然エネルギーは充分に得られていた。
グレーシス殿下の背中に置いた手を、ゆっくりと動かし、優しく撫でて、癒し手を始めた。
「大丈夫、大丈夫」
端から見れば、ただ励ましているようにしか見えない。
だから側にいるドルフに力を気付かれたりしない筈。
五分ほど背中を撫でていると、苦しみに歪んでいるグレーシス殿下の表情が、穏やかになってきた。顔色も良くなって、気付けばぐっすりと眠っている。
もう大丈夫そう。
ゆっくりと黒豹の背中に触れている手を離して、ベッドから降りた。
「他の侍従達も心配だわ。様子を見に行きたいのだけれど、良いかしら。」
心配そうに立っていたドルフに声をかける。
「この様子ならば席を外しても大丈夫そうです。薬草茶がかなり効いているようですね。」
ドルフは薬草茶の効果に感心していた。
良かった、癒し手の事は気付かれてない。
ドルフが案内してくれた広間には十五名程の獣化した侍従達が横たえられて、やはり苦しそうに呻いていた。
「大丈夫、大丈夫。」
グレーシス殿下と同様に、症状の重そうな侍従から背中を撫でながら声をかけて、癒し手を施していく。
癒し手を終えると、全員の苦痛に歪んだ顔も穏やかになった。
これで良し。
ドルフは傍で控えて、黙って此方を見ている。
変に思われたかもしれない。
「元気が無い時は励ますと良いと聞いて、励ましてみたのですが、意外にも効果があるのかもしれませんね。」
苦しい言い訳をしてしまった。
「そのようですね。其より妃殿下がお疲れの様に見えます。少しお休みになられては如何でしょうか。」
ドルフが心配そうな表情をしている。
言われてみれば少し息が苦しい。
いけない、思ったよりも自然エネルギーが減りつつある。今、体調を崩す訳にはいかない。早く補給しなければ。
「疲れた時は自然を見ると癒されるので、庭園のベンチで少し休憩しようと思います。」
こんな時間から庭園?眠った方が休めるのでは?と疑問を持たれたかしら?
「雨も上がったようですし、庭園のテーブルセットに、リラックス効果のある紅茶と軽食をご用意致します。夜でもランタンで照らせば幻想的で素敵ですよ。」
「ありがとう。そう言えば、何だかお腹が空いてきたわ。」
突然の事で夕食も忘れていた。気付けばもう十一時を回っている。
急にお腹が減ってきたので、ドルフの気遣いが嬉しい。
庭園へ行き植物の香りや風を感じながら深呼吸をすると、身体にエネルギーが満たされていく感じがする。
春の夜には珍しく、風も穏やかで気温も過ごしやすい。
もう夏がすぐ近くまで来ているのだろう。
テーブルセットを照らすランタンの灯りは優しく揺めき、幻想的な雰囲気を演出していた。
用意された具だくさんのサンドイッチと、香り高い紅茶に、お腹も心も満たされて、ようやく一息ついた気持ちになれた。
「ドルフありがとう。今日は念のため、グレーシス殿下についておくわ。」
「そうして頂けると助かります。ですが、無理はせず、お疲れになったらお休み下さいませ。」
「ええ、無理はしないわ。お休みなさい。」
ドルフと別れて再びグレーシス殿下の私室を訪た。
さっきの様にベッドに腰掛けても、黒豹のグレーシス殿下は起きる気配もなく、穏やかな寝息をたてている。
良く眠れているみたい。
少しでも早く元気になって欲しい気持ちと、初めて撫でた黒豹の毛並みが心地良かったので、もう必要無いのに、つい、いつまでも撫でてしまった。




