106 レミリオ
約束の朝六時。
エントランスに集合した私達テナール王国ご一行は、その場で立ち尽くしていた。
「ノーネリア、無事で良かった。」
「レミリオっ、会いたかった。」
今しがた到着したばかりのお兄様が、お義姉様と熱い抱擁を交わしている。
きっと、お兄様はとても心配して、お義姉様を探していた筈。
だから、サイモンの知らせを受けて、待って居られず、急いで馬を走らせて来たに違いない。
ノーネリアお義姉様も、拐われて凄く不安だったと思う。
だから本当に、お兄様が恋しかったに違いない。
盛り上がる気持ちも分かる。
でも、エントランスで二人、猛烈にラブラブしている姿は、こちらが恥ずかしくなってしまうほど刺激的で、見てはならないモノを見た気がした。
思わず、隣にいたグレーシス様の腕に、顔を押し当てて、目を反らしてしまう。
「身内のいちゃつきを目の当たりにした時ほど、気まずいものはない。いちゃつくのは勝手だが、場所は考えてもらいたいところだ。私にも覚えがあるから、気持ちは分かるぞ。」
フレイルお義兄様が私の頭に、ポンポンと手を乗せて、チラリとティミラーお義兄様に視線を向けた。
「仕方ないよ。つい盛り上がってしまう事もあるんだよ。リーリス、ここはそっとしておくのが良いんだよ。」
ウインクするティミラーお義兄様は、フレイルお義兄様に、よく目撃されているのかも知れない。
一体何処で、とは勿論、聞かない。
「では、あっちは適当にするだろうから、我々は馬車に乗って出発するとしようか。」
グレーシス様が顔を赤らめる私を見て、フッと微笑むと、背中に手を回して、馬車にエスコートしてくれた。
二人ともお幸せに。また、王宮で再開出来るのを楽しみにしています。
心の中で思いながら、馬車に乗ろうとした。
「ちょっと待ってくれ。」
馬車に乗る前、いつの間にか冷静さを取り戻したお兄様が、追いかけて来た。
「ご挨拶が遅れて申し訳ない。私はセーラン王国王太子レミリオです。この度はノーネリアを救ってくれた事、感謝する。」
お兄様が礼をすると、ティミラーお義兄様も挨拶を返した。
「私はテナール王国第一王子で王太子のティミラーです。彼は第二王子で次期宰相のフレイル、そして、彼が第三王子で騎士のグレーシス、リーリスの夫です。」
「フレイルと申します。お会い出来て、光栄です。」
「お初にお目にかかります、グレーシスと申します。リーリスの夫です。」
「お兄様、お久しぶりでございます。」
お兄様は各々の挨拶に会釈して応えると、同じ王太子であるティミラーお義兄様に、向き直った。
「昨晩の襲撃犯について報告したい。時間を貰えるだろうか?」
「勿論。私達は貴殿を祝う為に来たのだから、貴殿の話を聞く為ならば、いくらでも時間を取るよ。」
ティミラーお義兄様が当然のように笑って言った。
「ご配慮、感謝する。では、一旦邸へ。」
ティミラーお義兄様の気さくさに、お兄様は少し戸惑いながらも、私達を客間に案内した。
「襲撃犯の目的は獣人の殺害で、ノーネリアの誘拐とは無関係だと分かった。ノーネリアを拐った者の犯人は身内で、既に目星が付いている。」
実は三日前、ノーネリアお義姉様が、不治の病に罹り、妃には相応しくないから探さないで欲しい。と手紙を残して失踪した為、王宮では騒ぎになっていたらしい。
当然不治の病は嘘で、妹のホミーナ嬢が、お兄様と結婚するために、侍従を脅してノーネリアお義姉様の紅茶に睡眠薬を入れ、馬車で眠っている間に、辺境へと連れて行ったらしい。
ボナペ辺境伯には事前に大金を支払い、ノーネリアが伝染病なので、治るまで辺境で隔離して欲しい。と依頼していたそうだ。
「では、襲撃犯が探していた女とは、リーリスだったのか。」
グレーシス様の冷静な声とは裏腹に、尻尾が激しく床を打っていた。
お兄様がゆっくりと頷いた。
「恐らく。だが、目的は分からない。そもそも結婚式当日まで、貴殿等を招待している事は公けにしない、と王宮で決定している。つまり、馬車の予定を知って、襲撃出来るのは、かなり王家に近い者で、反獣人派なる貴族の可能性が高い。」
「お兄様、ボナペ辺境伯の可能性は?私達の予定も知っています。」
「無関係では無いだろうが、白とも黒とも言えない。以前から、彼は金を出せば何でも引き受ける。と噂されているが、確かな犯罪になる証拠は残っていない。今回も伝染病の隔離を依頼されただけ。と言われるだろうが、結果的に金を受け取って、ノーネリアを監禁する形になったので、他の犯罪にも関わっていないか、追求する予定ではある。」
「犯人がハッキリしない以上、我々はまだ狙われる可能性があるな。」
フレイルお義兄様が、テーブルの上で手を組んだ。
「残念ながら、反獣人派の差別意識は強く、獣人はヒトより下だ、という認識を強く持っている。我が王家は女神の子孫とされ、それ故に王家と言えども、獣人が我々の家族として、結婚式に参列するのが許せないのかも知れない。」
レミリオお兄様が眉間に皺を寄せ、グレーシス様は手を顎に当てている。
「これは結婚式まで気が抜けないな。もう馬車とは別行動して、馬で王宮へ向かった方が良さそうだ。もし、馬車が王都で襲撃されたら、自衛しても、印象は悪い。下手したら過去の二の舞になる。」
「獣人王都襲撃事件、か。それを狙っている可能性はあるね。我々の事は誰にも知らされていないから、密入国したと誤解されて、自衛で剣なんて振れば、たちまち犯罪者の出来上がり、だね。」
ティミラーお義兄様が肩を竦めた。
「しかも国の為、獣人に無理やり結婚させられたお姫様付きだ。返せコールが聞こえて来るようだな。それが狙いじゃないか?」
フレイルお義兄様が鼻で嗤っている。
お兄様が眉間を押さえて、疲れた表情で言った。
「私はここへ来る際、父上と同行する近衛騎士にしか言っていない。賓客の扱いは間違っているが、貴殿等は私と一緒に、王宮へ向かう方が安全だろう。一緒にどうだ?」
「その意見、賛成だね。」
ティミラーお義兄様の返事に同意見の私達は、レミリオお兄様達と共に、馬で王宮へ向かうと決まった。
最後に、レミリオお兄様が言った。
「済まないが、リーリスと話がしたい。少し、二人だけにしてくれないだろうか?」
「分かった。席を外そう。我々は、その間に出発準備をしておく。」
グレーシス様が、お義兄様達と席を立ち、客間から出て行った。
席から離れる間際、グレーシス様の尻尾が私の手に、スルリと絡んで、惜しむように離れて行った。
客間に、テーブルを挟んで、レミリオお兄様と二人きりになった。
「リーリス、怪我した騎士達に癒し手をしたらしいな。サイモンから聞いたぞ。彼らに知られたんだな?」
あれだけお父様に念を押されていたのに、結婚して直ぐに知られてしまった事が気まずい。
後悔はしていないけれど、思わず視線を反らして、コクリと頷いた。
「やはり隠せなかったか……。」
「結婚して直ぐに伝染病が流行ってしまいました。それで仕方なく……。でも、セーラン王国同様、王家の秘匿にしてくださると約束して頂きました。」
お兄様が顔をしかめた。
「その言い方、国王も知っているんだな。ったく、利用はされてないか?体は大丈夫か?」
「凄く気に掛けて下さっていますし、私のやりたいように、させてくれます。癒し手の時は、セーラン王国同様に、医師も同行してくれます。護衛騎士も付けて貰えますし、グレーシス様も……。お兄様?」
レミリオお兄様がテーブルに頬杖をついて、ムスッとした表情で、黙り込んでいる。
「我が国にいた時より、楽しそうだな。良い事だが。」
お兄様が隣に座るよう、促すので、席を移動した。
「奴隷保護や、獣人差別問題にも取り組んで、テナール王国から文句が出ないよう対策している。だから、我が国に戻りたいなら、これを機に、テナール王国へ行かなくて良いよう、全力を尽くすつもりだったが、必要無いか?」
お兄様の真剣な眼差しに、笑顔で答えた。
「はい、私はテナール王国で愛する方と出会えて、幸せです。お兄様の結婚式の参列も楽しみですが、私の夫とお義兄様達を自慢しに来たのですよ。」
「そうか、それなら良いんだ。」
優しい笑みを向けてくれたお兄様が、急に目を見開いて、私の左手を取った。
「おい、結婚しているのに、何故、指輪をしていない。」
「文化の違いだと思います。あちらの結婚式は、神官と私達だけで、署名したら終わり。と簡単で、指輪を交換したりしませんから。」
「ほう、そうか。おい、グレーシス殿下を呼べ。二人だけで話がしたい。」
お兄様ったら急にどうしたのかしら?
私を追い出して、グレーシス様と話したいなんて。
「私が居てはいけないのですか?」
「ああ、男同士の大事な話だ。」
何でしょう、ちょっと羨ましい。
客間から出て来たグレーシス様に、お兄様と何を話したのか、教えて貰うつもりでいた。
「済まない、男同士の秘密だ。」
まさか、グレーシス様が教えてくれないなんて。
いつ、二人はそんなに仲良くなったのかしら。




