104 奇襲
翌朝五時、護衛と共に来た信頼出来る王宮侍女に、ノーネリアお義姉様の事情を説明して、出かける準備を手伝って貰った。
「準備出来ました。」
小声で言っても、耳の良い獣人には聞こえる。
直ぐに、ローブを着たフレイルお義兄様が、バルコニーから迎えに来た。
フレイルお義兄様が、私のローブを着たノーネリアお義姉様を、サッと抱き抱えると、見張りに気付かれないよう、素早くバルコニーから飛び立って行った。
事前に待機させていた馬車の前では、グレーシス様が朝の鍛練をしながら、見張りをしていた。
誰も居ない時を見計らって、フレイルお義兄様に合図して、素早くノーネリアお義姉様を馬車に乗せる。
その後は、信頼出来る護衛のロベルタに馬車を見張らせ、時間が来たら、馬車を邸の入り口に回して貰う。
殿下達は客室に戻り、六時頃、今から出発します感を装って、全員で邸の出口へと向かった。
「お世話になりました。また帰りにお世話になります。」
王太子であるティミラーお義兄様が代表で挨拶をした。
「どうかお気をつけて、またお待ちしております。」
ボナール閣下は、朝でも爽やかとは言えない笑顔だったけれど、不気味ではなかった。
普通にお疲れなだけかもしれない。
ノーネリアお義姉様に気付かれる様子もなく、無事、ボナペ辺境伯邸を後にして、次の宿泊先である王家の別荘へ向かった。
森を抜け、田舎道が続く。
前日の雨で道がぬかるんでいるせいで、日没前には着く予定だったのに、すっかり辺りは暗くなってしまった。
突然、馬車が急停止し、騒ぎ声がする。
「盗賊か?さて、護衛のお手並み拝見とするかな。」
グレーシス様は窓から外を見て、動じる様子も無く、余裕そうだった。
こんな暗い中、突然襲われて怪我人が出たら、と思うと、心配で仕方がない。
「大丈夫でしょうか?」
「大丈夫じゃなければ出るしかないね。でも、今じゃない。」
ティミラーお義兄様も窓から外を眺めている。
暫くして、フレイルお義兄様が顔をしかめた。
「敵は慣れているようだな。数も多い。こちらは戦うだけじゃなく、守る事も考えなければならない分、不利だな。」
ガタガタと馬車が揺れ始めた。
「皆殺しにしろっ!女は殺すな!」
物騒な大声に怖くなって、隣に座っているグレーシス様の袖を握った。
誰か殺されてしまったの?
グレーシス様が反対の手で、頭を抱えるように包んでくれた。
「大丈夫だ。」
私の耳元で囁くと体を離して、ゆっくりと袖を握っている私の手を離した。
「これは行った方が良さそうだ。奥に座って待っていてくれ。」
私に背を向けると、グレーシス様が剣の柄に手をかけて、馬車の扉を睨み付けた。
外は男性の叫ぶ声と、剣のぶつかる音で騒がしい。
直ぐ外で声がした。
「探している女はまだ見付かってないぞ!」
隣に座っているノーネリアお義姉様と、息を殺して目を合わせた。
逃げた事がばれた?
突然、外から扉が開いた。と同時に、グレーシス様が外に飛び出して行った。
「ぐあっ!」
誰かの声が聞こえた。
一番扉に近いフレイルお義兄様が、素早く扉を閉めた。
ティミラーお義兄様が、グレーシス様の座っていた場所に移動して、私を庇うように座った。
「二人とも心配ないよ。獣人は夜目が利く分、有利だし。グレーシスなら、本気を出さずに、今いる敵を一掃出来るくらいの実力があるからね。」
ティミラーお義兄様の明るさに安心して頷き、ノーネリアお義姉様の手を握った。
「お義兄様の言う通り、グレーシス様はとっても強いので、絶対大丈夫ですよ。」
「皆さん、グレーシス殿下をとても信頼しているのですね。」
ノーネリアお義姉様が少し、ホッとした顔になった。
フレイルお義兄様が、窓から外を見て、呟いた。
「なるほど、久しぶりにグレーシスの戦っている姿を見たな。アイツまた強くなってる。相手が気の毒な程だ。」
外では男性の叫ぶ声がしていた。
けれど、数分後には、急に静かになった。
「もう大丈夫だ、開けるぞ。」
ノックの後、グレーシス様の声がして、扉が開いた。
「犠牲は出なかったのですよね?」
恐る恐る聞いた。
「……残念だが、重症の護衛騎士が三名いる。多分、長くはない。」
グレーシス様は、しぶしぶ教えてくれた。
「今すぐ彼らの所へ連れて行って下さいませ。」
立ち上がって馬車の扉まで行くと、グレーシス様が手を出して、降りるのを補助してくれた。
馬車の外に出ると、月の光で思ったより周りは明るい。
グレーシス様にエスコートして貰い、馬車から少し離れた草むらへ向かうと、立ち尽くす騎士団長のロベルタが見えた。
直ぐ近くに、護衛騎士が三人、仰向けに寝かされている。
大怪我をして、僅かに息はしているけれど、意識は朦朧としているように見える。
「止血はしましたが、呼び掛けにも反応しません。彼等はもう、長くはないでしょう。しかし、殿下が助太刀してくださらなければ、もっと犠牲が出たでしょう。我々の力不足です。」
悔しそうにするロベルタの肩に、グレーシス様が触れようとして、止めた。
獣人に触られるのを嫌がる可能性を、考えたのかも知れない。
「相手は数が多く、夜の戦闘に向けて準備もしていただろう。明らかに不利な状況だった。それだけだ。妻のリーリスが、護衛をしてくれた彼らに、お礼を伝えたいそうだ。暫く外して貰えるか?」
「……分かりました。何かありましたら、お呼びください。」
グレーシス様の言葉に頷いて、ロベルタがその場を離れた。
急いで騎士の近くに座り、各々の肩に触れた。
生きたい力は無くなっていない。
「大丈夫、大丈夫。」
なるべく小さな声で、そっと肩を撫でた。
病気よりも怪我の方が、回復する力は強いのかもしれない。
一人五分程で大丈夫、と判断出来て、手を離した。
「終わったようだな。顔色が悪い。リーリスの負担になるなら、もっと早く出て行けば良かった。」
グレーシス様がしゃがんで、私の頬を指の背で撫でながら、溜め息を吐いた。
「心配してくださって有り難うございます。私は大丈夫です。ここは自然も多くて、エネルギーも吸収できますから、直ぐに体も楽になります。それより、彼等をどう運ぶかです。出来れば馬車に乗せたいです。」
「ロベルタに聞いてみよう。」
グレーシス様が騎士団長のロベルタを呼んでくれた。
「怪我した騎士達は馬車に乗せたいの。丁度、馬が三頭空いているでしょう。私とノーネリア嬢は、殿下達と相乗りして、ロベルタと先に別荘へ向かうのはどうかしら?レミリオお兄様に向けて、早馬を出して貰いたいし、私が執事に話せば早いわ。」
「騎士を馬車に乗せて、他国の賓客や、公爵令嬢を馬に乗せるなんて、護衛としてあり得ません。」
ロベルタが渋い顔をしている。
「では、怪我人は他の騎士が支えて馬に乗せ、空いた馬に我々が乗って、先に向かうのなら問題ないな。」
グレーシス様の提案に、ロベルタは少し思案してから言った。
「それでしたら、怪我人は騎士の馬に乗せ、先に向かわせます。引き続き護衛は私達が致しますから、殿下達はこのまま馬車に乗って下さいませ。空いた馬は、馬車に繋ぎますので、問題ありません。リーリス殿下、申し訳ございませんが、便箋を用意しますので、執事宛に要望を手紙に書いて頂けませんか。それをお渡し致します。」
ロベルタをあまり困らせても良くない。
私達はロベルタの案を受け入れて、先に別荘へ向う騎士に手紙を託した。
「リーリス殿下、グレーシス殿下、我々騎士達の為に心を配って頂き、感謝致します。本来あってはならない事ですが、グレーシス殿下に助太刀頂いたお陰で、犠牲が少なくて済みました。我々では心許ないかもしれませんが、精一杯護衛させて頂きますので、宜しくお願いいたします。」
馬車に乗り込む時、ロベルタに声をかけられて、騎士達が敬礼した。
国境で会った時、護衛騎士達は、獣人に対して、どこかよそよそしい雰囲気だった。
けれど、今は尊敬の念すら感じられる。
グレーシス様の騎士達を思う優しさや、誠実さが伝わったのだと思うと嬉しい。
「こちらこそ宜しくね。」
こうやって少しずつグレーシス様や、獣人の良さを知ってくれる人が増えて欲しい。
「こちらこそ、宜しく頼む。」
セーラン王国に来てから、ずっと硬い表情をしていたグレーシス様が、初めて柔らかい表情になったように思えた。




