死に方
病院の駐輪場に向かいながら考えた。
「このままでいいのか、俺はこのまま何もできないまま」
悔しい、自分にはどうすることもできないこの状況が悔しい。
「駐輪場についてしまった。は~、うだうだ考えてても仕方がない、とりあえず家に帰ってから考えよう」
俺の家から病院まではそこまで遠くない、でも決して近いわけでもない。
自転車でいつも通っている通路を通ていた時。
「猫が…」
道路には車にひかれたのだろうか、猫の変わり果てた姿があった。
はじめは、見過ごし、その場を通り過ぎた。
「やっぱり無理だ!」
どうしても、気になって仕方がなかった。
「大丈夫か!」
猫は今にも死にそうだったが、まだ少し息をしていた。
「そうか、生きたいんだな」
そう感じた俺は、猫を抱きかかえ、自転車に乗る。
「まだ死ぬなよ、俺がきっと助けてやるからな」
俺は自転車をこぎはじめ、動物病院に向かった。
腕に抱きかかえている猫はまだ温かい、きっと助かる、少しの希望を持ちながら、全力で自転車をこぐ。
動物病院には数分で付いた。
「先生、助けてください!こいつ、車にひかれたか分からないけど、道路で倒れてたんです」
「大変だ、すぐさま、オペの準備」
動物病院の中が騒がしくなる。
ちょうど、動物病院がすいていたのもあってすぐ、治療を受けることが出来た。
しかし、すぐに先生がオペ室から出てきた。
どうしたのか、しかし先生の顔を見て、なんとなく状況が分かった。
「先生、あいつは大丈夫なんですか」
先生は首を縦には降らなかった。
「そんな…」
知っていた、きっとそうなるだろうってことは。
「ここに運ばれてきた時点でもう手遅れの状態だったんだ」
「どうして…」
知っていたのに、きっとこうなるって。
「君にお願いがある」
「何ですか」
「あの子を抱きしめてあげてくれないか」
「抱きしめる…」
今更、抱きしめたってどうにもならないっていうのに。
「そう、抱きしめてやってくれ。きっと野良猫だったのだろう、人の愛を知らず生きてきた。最後くらい愛情を与えても罰は受けないだろうさ」
そうかもしれない、抱きしめるくらいいいじゃないか、俺にも猫をここに運んだ責任があるんだ。
「分かりました、やらせてください」
俺はオペ室に入った。
その猫はぐったりしてもう動き出すことはないのだろうと分かった。
恐る恐る猫を手に載せ胸まで運ぶ。
さっきは急いでいて全く気付かなかったが、毛のせいで大きく見えていたせいか持ち上げた時の軽さに驚く、肉はなく骨しかないような体。
「こんな体で今まで生きてきて、死ぬときはあっけなく死んでしまうのか」
「そうだね、でもこの子は幸せ者だよ」
「どうして」
「最後に、愛情をもらえたのだからね。普通は愛情を知らずこの世になぜ生まれたのかその意味さえ分からず死んでいく子が多いから。私もこの仕事をして多くの命を救った分、多くの命がこの手から零れ落ちていった」
「先生でも、こういう場面は慣れないんですか」
「なれないね、いや、慣れたくないのかもしれない。慣れてしまったらこんな気持ちも忘れてしまうかもしれない。それだけは嫌なんだ」
「そうですよね」
猫から体温がなくなっていくのを感じ、俺は涙を流していることに気が付いた。
そっと、猫を下す。
そのまま、オペ室を後にする。
「あの、お金は…」
「良いよ、私たちは何もしていないからね」
「今日はありがとうございました」
深深くお辞儀をし、動物病院を後にする。
自転車を押しながら、さっき通った道をもう一度歩いていた。
そして、猫が倒れていた所に戻ってきた。
「さっきまで、あそこで倒れていて、俺が抱えて病院まで運んで、そして死んだ」
俺が通らなかったら、俺が助けなかったら、あの猫はあのまま道路で死んでいた。
どちらの死も、同じ死であることは変わりない、でも、猫は愛情を知って死んでいったはずだから、きっと、あのまま道で死ぬよりもよかったと思う。
既に暗くなった道を月が照らし、街灯の明かりと自転車のライトの明かりを頼りに道を進む。
「ただいま」
「お帰りなさい、今日も遅かったわね」
「良いだろ別に」
「ちょっと、あんたその服、どうしたの!」
「ん?」
「服に血と、猫の毛がいっぱいついてるわよ、いったい何してきたの!」
「母さんには関係ないだろ」
「あんた、また川原さんのところに行ってたんでしょ」
「だから、母さんには関係ないって言ってるだろ」
「あんたは、人の心配するよりも自分の心配をしなさい!それこそ、高校はどうするの、もう時間ないんでしょ」
「高校は、行かない」
「高校は行かないって、ちょっと、どういう事よ!高校に行かなくてこれからの人生どうにかなるとでも思ってるの!」
「……」
「ちょっと、一真!話を聞きなさい!」
「母さん、それ以上は…」
「お父さんもなんか言ってあげてよ」
「きっと、何か考えがあるんだろ」
「もう、お父さんは一真に甘いのよ!」
「まあ、まあ、」