龍堂との交渉役
「龍堂辰臣との交渉、俺に任せてくれないか?」
俺の頼みに宇佐美は顔を曇らせる。しかし、すぐに表情を戻して、話を続ける。
「……どうして、ハル君?」
「一つは、さっき宇佐美も認めたとおり、龍堂辰臣は元とはいえ、九大家の一員だった宇佐美に対して、心象が良くないかもしれない。わざわざ心象が悪いと分かっていて、宇佐美が龍堂辰臣に接触する事はない。それなら、今回の件の当事者でもある俺が一番相応しいと思ったんだ」
「確かに、それはハル君の言う通りだね」
俺が述べた一つ目の理由に宇佐美は納得してくれたらしい。
「二つ目は、正直、これは完全なる俺のわがままだが、今回の勝負は宇佐美の力にはあまり頼らずに勝ちたいんだ……」
「……理由を聞いても良い?」
「……綾川の件も王島英梨香の件も、俺は大して宇佐美の役に立っていない」
「そんなこ「いいんだ、宇佐美」」
宇佐美が俺の言葉を否定してくれるが、被せるように俺も言葉を遮る。
「俺が宇佐美の大して役に立っていない事も、宇佐美の力なしじゃ今、俺がここに居る事ができない事もよく分かっている」
「…………」
「正直、それでもいいんじゃないかと思った事も一瞬だったがあった。でも、やっぱりそれじゃいけないと思うんだ」
俺の酷く個人的なわがまま。
宇佐美の事を考えれば、宇佐美が陣頭に立って何もかもやってしまう方が良いに決まってる。そんな事は俺もよく分かっている。
「俺自身が例えフリだとしても、宇佐美の婚約者だって胸を張って言うために、龍堂辰臣との交渉は任せて欲しい」
「……!」
「もう宇佐美のお荷物ではいたくない。宇佐美が俺を支えるんじゃなくて、俺が宇佐美を支えたい」
宇佐美の後ろで守られるのは、これで最後だ。
「俺が宇佐美の隣に立って相応しい男になるために……お願いします!」
俺の本心を込めて精一杯、宇佐美には伝えたつもりだ。
果たして、宇佐美の返答はいかに……。
「……もう、しょうがないなぁ」
険しかった表情を軟化させて、宇佐美は優しい声音で告げる。
「……分かったよ。……龍堂辰臣くんとの交渉役はハル君に任せる」
「……!」
宇佐美が交渉役を認めてくれた……!
その嬉しい事実に、自然と顔の口角が上がっていく。
「でも!」
舞い上がる俺を落ち着けるように、宇佐美がストップをかける。
「……報告は逐一送ってね。あと、接触するときは事前に私に知らせること。それと、毎日私の部屋で作戦会議をするから。それが条件だよ、ハル君」
「……ああ! ありがとう、宇佐美!」
俺の頼みを聞き届けてくれた宇佐美に感謝を伝える。
「……フフッ。もう興奮しすぎだよ、ハル君。……落ち着いて」
「あっ、ああ……。すまない宇佐美」
宇佐美に言われて落ち着こうと深呼吸をする。しかし、いくら息を吸っても興奮は冷めやらない。
「まさか、本当に宇佐美が認めてくれると思わなかった……! 宇佐美の人生にも関わることなのに……どうして認めてくれたんだ?」
「別に……真剣なハル君の顔を見てたら任せてみてもいいかなーって思っただけだよ」
「……本当にありがとう、宇佐美!」
「もう、そんなに感謝しないでよ! こっちが恥ずかしくなってくるよ!」
「ああ、すまない宇佐美」
俺は今日、何度したか分からない深呼吸をして表情を整えると、宇佐美に謝辞を告げる。でも、すぐに嬉しさから相貌がだらりと緩む。
これは顔が元に戻るには相当、時間が掛かりそうだな……。
顔は未だに緩んだままだが、心の方はシャッキリと気合いを入れ直す。
宇佐美に交渉役を認めてもらったとはいえ、まだ成功したわけでもないんだ。
俺が次に笑顔を浮かべるのは……龍堂辰臣との交渉が成功したときだ!
顔も知らない龍堂辰臣に想いを巡らし、俺は今から交渉のことを考え始めるのだった。
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