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1 アポを取ってください。

 今だからこそ、言える事がある。

 

 ――魔王討伐は、二度と引き受けない。 


 故郷が滅び、旅の仲間が死に、国が滅び、生き延びた者も寿命で死に、愛した者も死に、自ら産んだ我が子も死に、それら全ての墓を管理すること五千年。

 

 不死鳥の力を持つ私が自らの手で作った魔王討伐の伝説は、五千年という(とき)の中で曖昧なものとなり、人々に忘れ去られた。


 魔王を倒した者の性別は?

 その者は今どこに? 

 どうせ作り話で、最初から魔王も勇者も居なかったんだろ?


 都を歩けば、そんな会話が嫌でも聞こえてくる。

 

 なんの為に多くを犠牲にしたのか分からない結果……これは、あまりに酷い扱いだ。




「――お願いします、ロックハートさん。どうか、どうかあなた様のお力を、我ら王都に!」


 季節は肌寒い冬。

 人里離れた森の中に建てた私の屋敷に、王都から交渉人がやってきた。

 どこかで私の居場所を聞いて交渉人を寄こした王都の目的は、復活した魔王の討伐。考える余地などない案件だ。

 

「お断りします。今の私は、ただの心理カウンセラー。魔王復活で頭を抱えているなら、他所の医者に抗うつ剤でも処方してもらう事をお勧めしますよ。どうぞお帰りください」


 今の私は、心に傷を負った人達のケアをすることが主な仕事。

 魔族に家族を殺された少年とはお菓子を食べながら趣味について話し合い、ダンジョンで仲間を失った成人男性とは、一緒に亡き仲間の故郷を巡ったり。そういう事しか、私はしないと決めている。


 なのにこの交渉人ときたら、帰れと言っても帰る気配を見せない……なかなかどうして、鬱陶しい世の中になってしまった。


「報酬なら十分な額をお約束します。王都のギルドも、あなたが来てくれる事を心待ちにしています。どうか考え直してください!」


 私は、ストレスを感じると首周りが痒くなる体質。

 痒みが我慢できず椅子から立ち上がり奥の部屋に避難しても、交渉人の男は無断で奥の部屋まで入って来て、私の進路を妨害する。


「お願いします、ロックハートさん。世界はあなたを必要としている」


 男は話す距離が近く、息も臭く、このクソ忙しい時期に私から時間を奪っている事に気付いていない。

 私以外の時間が有限であり、今この時も患者が自殺を図ろうとしているかもしれない不安、それを救う私の()()()()()を、この男は妨害している……。


「スヴェンさん、でしたか?」

「はい。私はスヴェン・ミケラです」

「そうですか……」


 私はスヴェンの頭を掴み、彼の頭を壁に叩き付け、それを繰り返す。抵抗しても放さず、頭の形が変形しようとも、何度も何度も……。


()()()、関係者以外立ち入り禁止だ! そう扉に書いてあったのが読めなかったのか!? カウンセリングを希望する方はアポを取ってくださいとまで書いてあるのに、お前はアポを取らずここに来た! そんな奴をどうして私が助けなきゃいけないんだ!!」


 私は、十分警告をした。

 奥の部屋には関係者以外立ち入り禁止と看板も設けていたし、私は彼の話を冷静に聞いたうえで、「嫌だ」と断った。

 予定が詰まっているのに、私はこの無礼者の為に約二時間も丁寧な対応をし続けたのだ。これ以上手の打ちようが無いほどに、私は尽くした。


「五千年前に平和を与えてやったのに、それを保たなかったのはお前達だ。お前は、この診療所に来るまでに目を閉じていたのか? なんでこの森の地面に家が埋まってると思う? 樹より墓の数の方が多い事を疑問に思わなかったのか!? お前の居る()()()、五千年前に王都と呼ばれた場所だ!!」


 スヴェンが既に死んでいると分かっていても、怒りが治まらない。 

 人類の脅威が消え、人類の脅威は自分より優れた人類に。国と国が争い、守った者が守られた者に暗殺され、王が次々と変わった時代の流れ。


 当時の私を知る者は殺され、今も私を知っている者は、「力を貸せ」の命令ばかり……せっかく怒りを抑えて平穏に暮らしているのに、馬鹿が家を訪ねて来る度に屋敷の壁には穴が空く。


「お前など、ここで死なれるのも不愉快だ……ここから出て行け!」


 ――スヴェンの死体を投げ、私は今日も、自分の屋敷に穴をあけてしまった。


「ハァ……ハァ……ハァ…………ゲホッ、ゲホッ……ゲホッ! ゲホッ!!」


 興奮し過ぎて息が苦しい。

 私は重度の喘息持ち。

 薬が効かない身体ゆえに、この苦しみは地獄。


「カハッ……カッ、ダッ……誰か……助け…………て……」


 このまま呼吸困難で死ねば、私の身体は不死鳥の力によって燃え、屋敷の全焼は確実。

 病気や呪いなどを受け付けないものの、不死鳥の力を得る以前から患っていた喘息は体質の域。


 薬すら効かない身体に唯一有効なのは、心の癒し。


「フッフッフゥッ……フゥッ、フッ……クッ――」


 私は床を這って移動し、部屋の奥に置いてあるオルゴール箱の蓋を開ける。

 すぐに鳴り始めてくれるオルゴールの音色は、苦しい時でも目を閉じれば娘と過ごした日々が蘇る――悲しい音色。


「……カハッ、ハァー、ハーッ……ハッ…………ハッ」


 仰向けになって胸を押さえ、私は目を閉じて息を整える。

 不死身でも命を粗末にしてはいけないと慰め、亡き娘の為に良き母であり続けようと、自分が犯した罪の許しを天国の家族に請う毎日。


 もしも亡き家族が天国に居ないなら、地獄を天国に変えてしまおう……そんな事を思いながら、私はスヴェンを殺してしまった事を気に病む。


 ――こんな私に、他人の心が癒せるのだろうか、と。

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