8話
夢も見ずに起こされるまでぐっすり眠れた私は、お粥を食べた後にまた水に包まれて身体を洗われた。今回は洋服ごと洗われて、指パッチン1つでスッキリ乾いた状態になる。相変わらず魔法は凄い。とてもさっぱりした後は昨日作ってくれた取り敢えずの靴の最終調整だ。私の足に合わせてくるぶしから膝にかけて紐で結べば完成だ。
凄い!
これで自分の足で外を歩ける。洞窟の入り口を出て焚火のところでピョンピョンする。
「ありがとうございます!」
嬉しくって口角が勝手に上がるのを止められない。履き心地も悪くないし、何より足の裏が痛くないし冷たくない!お城での裸足生活は大理石の床の冷たさがダイレクトに伝わってきついものがあった。靴!凄い!
はしゃぐ私を洞窟の入り口の所で見守ってくれていた青年の目は小さい子どもに向ける生暖かい物に感じるが、良いでしょう!許しましょう!私は気分が良いので、、ゲフンゲフン!これが大人の余裕ってやつです!
小さな荷物袋に私物を上手に仕舞うと、焚火の灰を洞窟に撒き始める。お手伝いの許可が得られたので大きな葉っぱに灰を乗せて洞窟や周りに満遍なく撒く。実はこの焚火、とある危険魔獣の毛も焼いていたんだとか。なのでその匂いを恐れて撒かれたところや臭いが煙と共に広がったところは獣が来なくなるならしい。
生きていく為に全てが勉強だ。脳内メモにメモメモする。忘れませんように。効果はどれくらい?どんな魔獣?もっと詳しく知りたい。
「お!良い感じに撒けたな!」
褒められてちょっと得意になって振り返る。が、なんか褒めてくれた青年の背景がおかしい。随分と大きめのウサギちゃんが4羽ブラブラと逆さに揺れている。マッチョな青年の背後に逆さに吊られたウサギちゃん。ミスマッチ。
風のない日の鯉のぼりの様に腹を裂かれたデカウサギちゃんが木の枝にぶら下がり、それを顔色変えずに片肩に掛けたこの青年はもう片方に赤黒く染まる袋を持っていてその袋口を開けた。
、、、なんかやな予感がする。
彼は袋から赤黒い塊をおもむろにドボッと地面にだす。ウサギちゃんのお腹の中身だろう。それを近くの石でぐちゃぐちゃとかき回したり潰したり、、
あぁぁ、、うわぁ、グロテスク、、、
石を水魔法で洗ってポイすると鯉のぼり宜しくウサギちゃんを掲げた彼は行くかと歩き始めた。なんかあのウサギちゃん達が桃太郎の昇にも見えてきた。
彼にとっては数歩でも一気に私から離れる。
てててと慌てて駆け寄り
「あれは何ですか?」
聞いてみた。洞窟を出る前にぐちゃぐちゃするのに意味があるのか?儀式的な物?この経験全てが私の生きる糧になる。この人との旅の間に吸収できる事は全て貰おう!
「ここの洞窟に入る時に近くに巣を作って住み着いていたやつらさ。だから襲われなかったろ?」
え?退治してたってこと?いつの間に?
「もう死んでるから大丈夫だ。ほら抱っこ。」
あれ?と思う間もなく私は片腕に抱っこされる。全然答えになってない。もっと聞きたい事があるのに、
「ほら口閉じてしっかり掴まってろ。」
と言って彼が想像を絶する速さで走り出すからそれは叶わなかった。
***********
彼はジェットコースターの様に早かった。
ちょっと表現がオーバーじゃないかって?えぇ私もちょっとオーバーに言えたらどんなに良かったか。現実は非常だ。今私は吐きそうになって涙目で蹲っている。
「ごめんな!ちょっと調子に乗っちまったんだ!」
背中を申し訳なさそうに摩ってくれるのは私の今の状況を作り出した張本人。どうやら彼は風魔法も使えたらしい。そしていつもの調子で風魔法を使い、身体を軽くして移動時間を短縮した。
それはもう身軽にスタタタと森の道無き道を軽快に走り、ぴょんぴょんビヨーンっと木から木へ枝から枝へと飛び移り、タンっとそのままの勢いで迷う事なく崖を飛び降りた。
安全装置の無いジェットコースターに長時間乗ったのだ。下に落ちる度にお腹がひゅっと浮く感じ、それを何回も何回もされて安全装置は彼の片腕一本。恐怖以外の何者でも無い。さらに崖を!あんな高い崖から!飛び降りたのだ!
一声掛けることもなく、両腕で抱き抱える事もなく、私の気持の準備が整うまで待つ事もなく!飛び落ちたのだ!私への配慮一切なし!!
流石に吐きそうになって背中を叩けば彼はこちらを見てくれてギョッとした顔をして慌てて止まってくれた。
「こんな真っ青になって可哀想に!」
誰のせいだ!誰の!と言い返す余裕も無くただ背中をさすさすされる。
「もう少しで俺おすすめの寝ぐらがあるからそこ行こう。」
そして今度は普通の速さで滝まで抱っこしてくれた。
ああ、さっき私達はこの滝の上にいたのよね。気が遠くなるような目で上を見上げる。
ーーーあそこから落ちて何で生きてるの?やだ怖い。
そして彼は滝の方に向かって歩いていく、、、滝に打たれる修行でもするつもりですか?このまま行くと抱っこされてる私も漏れなく打たれる未来が待ってるんですけど!いやよ遠慮しますって!一応バタバタと抵抗するが彼はちっとも動じない。そうよね、うん知ってた。
と彼が滝に向かって手をかざすと滝が二股に別れる。そこに大きな穴が空いていてここがオススメの隠れ家なのねと納得した。そしてアニメの忍者の様な身のこなしで僅かな岩場を足場にたんたんたんと上に登り洞窟にスタンと着地した。着いた瞬間体の周りの空気が動いて風を生む。彼は追い風のもっと強いバージョンを彼の周りに発生させて身体を身軽にさせている様だ。とても便利な魔法だと思う。私には使えないのが残念でならない。使えたら自分のペースで練習して私も忍者のように飛んだみたい。あくまで自分のペースでだが。
そう言えば私は召喚士。それも口寄せの術に似ている気がする。カエル。カエル出しちゃう?
ゲロオ。
「ここで少し寝ていろ。」
敷物の上に色々ゲロゲロな私を寝かせてくれる。有り難いです。肉のネックレスを両手で握って横向きに丸まる。
既に洞窟の入り口は上から落ちてくる川で覆われていて外の様子は一切見えない。青年は今度は滝を割ることはなく姿を消した。残されたのは私と荷物とデカウサギちゃん。滝の音が大ボリュームに響く中私は目を閉じる。多分、騒音問題になる基準を軽く超えているその音は、それでもそこまで不愉快では無くて、自然の音だからかな?マイナスイオンでも出ているのかな?と色々考えて胃のムカムカやら吐き気やらを思考から出来るだけ追いやる事にした。