7話
ーーー魚の塩焼きとても美味しい。
本当に美味しい。
よく作り方は分からないけれど、鱗をナイフの背を当てて手際良く取って塩を沢山擦ってつけたお魚美味しい。
彼がアウトドアに強くて良かった。1人で焚火を作ってスープを作り、食糧を採って来て、魚を捌いて豪華なご飯を作る。全て私では何も出来ない。
実は最初、鱗を取るのを手伝おうとしたけれど魚のヒレが指に刺さって血が出てから一切触らせてくれなかった。普段はお寿司やスーパーで後は焼くだけの切り身しか食べてこなかったのだからこれは当然の結果だと言えるのに、事情を知らない彼は中々な心配性を私に見せてくれる。まぁ魚の硬さには私も驚いた。すぐ治癒魔法かけて貰えたしこれぐらいなんて事ないけれど、
「出来ないなら最初から言え!」
と何故か怒られて、、。結局隣で見ているだけになった。ま、それでも楽しかったし、取り敢えず今は美味しい。文句なし。
皮に付いた塩が硬くなるほど良く焼けた魚はその皮と中の白身を一緒に食べると別格だ。皮のお塩が白身の旨さを引き立てて止まない。彼は身軽に見えるけれど着ているあちこちに色々隠されていて袖からナイフが出てきたり、腰紐は非常食になっていて食べられる。(ちなみに味はイマイチだった。)
そんな彼は服の何処からかに塩も入れているようで、塩は旅の必需品とは彼の談。
私は暖かい出来立ての食事も久しぶり過ぎてベロを火傷する失敗もしたけれど、これは内緒。白身がプリッとしていて嚙った途端、脂がジュワリと溢れたのにも驚いた。ハフハフしながらまた一口。
「おー、良く噛んで食え。」
と言いながら先に食べ終わった青年は焚火の向こう側で何やら木の皮を叩いたり炙ったりしている。私の靴を作ってくれているんだとか。ちゃんとした靴は今度町で買う事になっている。彼が勝手に言っている。今はそれまでの間足を守ってくれる取り敢えずの靴を作ってくれているらしい。手伝おうとしたら危ないからダメと隣に腰掛けていたのに反対側に離れてしまった。
言い方や扱い方が完全に子どもに対するそれだ。
ーーうーむ。
本当の年齢を伝えてないのは性犯罪を防ぐために必須で、敢えて教えてはいない。いったい彼は私の事をいくつと思っているんだろうか?いつまでも子ども扱いは流石にむず痒い。とは言えそれで身の安全が保証されるのだから私のむず痒さなんてへでもないのだけれど。
「ご馳走さまでした。」
と手を合わせる。
「おいおい、残すなよ。もったいねーな。」
と青年が言ってくるが、食べられるところは全部食べたと思う。首を傾げると
「食い方も知らねーのかよ。見てろ。」
と言ってこちらに戻ってきた。どかりと隣に座りヒョイと私から魚の骨を取り上げる。
「んあー。」
口を上に空けて、食べ残し(主に頭から尻尾までの骨全部)を上から下に入れていった。口の中に吸い込まれる様に入ったそれをぐぎゃ、ぐぎゃと美味しそうに噛む青年。
ーーーおかしい。こんな食べ方知らない。
私が魚の塩焼きに夢中になってる一瞬で食べ終わっていたから早いなと思っていたけれど、この食べ方なら納得。
そして私がチャレンジしても骨が喉に刺さる未来しか見えない。
固まる私に小さな木の実を掌いっぱいに乗せてくれて
「ほらデザート。」
と言ってくれた口の中は既に何もないようで、口から血が出る事も、喉に骨が刺さって苦しむ姿も見当たらない。良く噛んで食えって私に声を掛けてくれたのは一体、、、
大事な事だからもう一度心の中で言おう。
おかしい。
うん、考えるのはやめよう。木の実を一つ口に入れる。
かり、ぷち
「っっ!!?」
苦い?渋い?
とんでもない風味が口の中で弾けて広がり鼻にも抜ける。
「ごほっ!ごっほ!」
見た目の想像と余りに違う味に思わずえづいてしまう。すかさず水を出されて慌てて飲み込む。
「お味は?」
「思ってたのと違う!」
ここ最近で1番大きな声が出たかもしれない。
「くく。」
楽しそうに笑う顔をみて察した。
確信犯だ!
「これは凄く栄養があるんだ。お前にぴったりだろ?」
全部その口に押し込んでやろうか思った木の実を三つほど彼は口に入れて
「まずい!もう一個!」
とまた口に入れて笑う。
デザートって食後に食べる甘いものだよね?この世界では違うのだろうか?否!この私の反応を見て肩を揺らす彼の悪い顔を、見よ!異議あり!
不満の顔を彼に向けると
「感想は?」
と聞かれた。
ここで咄嗟に出てきた言葉はただ一つ。
「味はともかく長靴いっぱい食べたいよ。」
某小型戦闘機操縦士の台詞を一言。
「ぶほぉ!?」
吹き出しながら
「いくら栄養があってお前に薦めたとはいえ、俺でもそれはキツいぞ」
と楽しそうに笑う彼に
言われた側も言った側も満足する言葉が夕ご飯の締めになった。
***********
夕飯の後は靴を作りながらのこの人から明日の予定を聞く。明日はこの洞窟を出て、とある国へ向かうらしい。
「1番近くには別の国もある。がお勧めしない。少し時間掛かるが別の国に向かおう。良いか?」
と聞いてきた。こくんと頷く。私も近くの国は御免である。
「ここでずっと生活するのはダメですか?」
彼の顔から表情が抜け落ちた。
やってしまった!
サバイバル能力の高い彼とならずっとここでも生活出来るような気がしたからなんとなしに聞いてしまった。それは単なる私のわがままで彼にも事情があるだろう。国に家族がいるかもだし、彼の帰りを心配して待ってるかもしれない。
そもそも彼の中では私は拾った子どもに過ぎないのだ。
「わがまま言ってごめんなさい。」
頭を下げる。
その頭を大きな手がぐしゃぐしゃとかき混ぜてくれる。
「あー、、、、」
と喉の奥から太い声を出し、なにか迷ってる様子の彼に私を下を見ながら頭をかき混ぜられ続ける。
暫くして
「心配かけたくなかったけど、ここもそんな安全じゃねーんだ。」
彼は静かな声で私に言った。
「ここは森の中だろ?ここには熊やら魔獣やらも生息しているだろ?一応、そいつらの対応もしてるけれど長く同じ所に留まれば留まる程アイツらを引き寄せてきちまう。」
合図打ちの様に、こくん、こくんと首を振る。私の手には大きな手が乗ったまま今度は髪を解かしはじめたからだ。
「1人でもここの寝ぐらは5日までしか使った事が無い。ましてや今回は2人いる。安全の為にはやっぱり人里にいた方が良いんだよ。」
彼はそっと頭から手を離すとまた靴作りに入ってしまった。
「安心しろ。俺がずっと一緒にいてやるから。」
暖かい言葉をくれるけれど、そんな口約束なんて私は要らない。別の国で1人で生きていける様に生活力を身につけなくては。新たな目標が出来る。
焚火の火がチロチロとなって来た。
「うし!こんなもんか!
最後の調整は明日な!」
満足そうに紐が通った木の皮だった物を持ち上げて腰に着ける。そして私を抱っこすると戻るか!とニカリと歯を見せた。彼の真っ黒な瞳が夕焼けを反射してキラキラ光る。吸い込まれそうになって慌てて前を向いた。
彼は抱っこのまま洞穴の寝床まで私を運んでくれた。因みに抱っこはお姫様抱っこではない。片方の腕に私をちょこんと乗せるお子様用抱っこなのであしからず。筋肉隆々のガタイの持ち主には私の痩せ細った体重なんて片腕で十分らしい。
靴の無い私への彼なりの配慮なようで彼が敷物を敷いてくれた所以外は移動は全て抱っこだった。
子ども好きなのだろうか?悪い人には見えないけれど、じゃぁいい人かと聞かれるとそうだと断言も出来ない。昼間のうちに逃げちゃえば良かったのかもしれないけれど、そうしても生活能力のないスキル無しの私はいずれ死ぬ。
今は彼がいないと生きていけないのだから、彼から生きる術を学んでいる。私の彼に対する評価はただそれだけ。だから掌返しされてもお互い様なので大丈夫。
それでも日が暮れるのは私の逃げる手段が無くなるので緊張するが。もっと召喚魔法も試したいが、余り他人に手の内を見せたく無い。
その緊張を察したのか彼がまた横抱きにして背中をトントンしてくれる。
こうして彼との出会いから3日が過ぎていく。
明日私達はここを旅立つ。