船頭さんはがんばっている
風が強い日は大変です。
8月の初旬、今年は遅れた台風シーズンの到来。
折からの台風が九州に近づき、柳川はかなりの強風となっていた。
私は、周りの揺れる柳の木を見ながら今日は大変だなと思った。
天気は不安定ながら曇り、営業するには問題ないだろう。
ただし風が・・・強い。
体感で風速10mくらいあるんじゃないか。
乗船場から川を見る。
今は南風で、川を下るはずの水の流れがこちらへ向かって来ている。
川なのに波立っている。
久しぶりの荒れ模様の川下りとなりそうだ。
私は3番目の漕ぎ手となり、順番を待つ。
その間、舟の清掃や傷んだところはないかのチェックをしたり、お客様乗船の補助をしながら、その時を待った。
いつもなら、出発するまで落ち着いているのだが、一向に収まらない風に辟易としてしまう。
まあ、なるようにしかならない。
安全に操船し全力を尽くす。
今日はそういう日なのだ。
私の番となった。
自分の操船する舟を乗船場に横づけをし、舟をロープで固定する。
後方部分を結んでいると、前方が風に大きく煽られ動く。
慌てて、乗船場のポールをしっかり持ち、舟を定位置へ戻し、前方の方もロープで固定する。
(こりゃ、先が思いやられる)
私はそう思った。
時間となり、お客様が舟に乗り込まれる。
笑顔で、
「足元に注意してください。お舟に乗りますと揺れますから、ゆっくりとお越しください」
お客様は3名様ほど乗られる。
少し軽いか・・・このどんこ舟という川下りの舟は、底が平らで風の影響をモロに受けやすい、人数が多いほど重くはなるが安定する。
「いってらっしゃいませ」
「いってきます」
5m弱の竹竿を両手に持ち、川底へ差し押し込み、推進力を得る。
私は舟をすすめる。
強い風を感じる。
川が波立つ。
今日は、川下りやガイドで楽しんで頂くというより、安全に運航し、その中での最善のガイドをすることに頭を切り替えている。
「本日は、台風が近づいています。風により、かなり舟が流されるかと思います。舟の木枠に手を置かないでください。船が流された際、壁などにあたりますと挟まれる危険性がございます。それから帽子などが飛ばされないようお気をつけください。それでは柳川川下りの出発です」
私はそう言うと、竿を持つ手に力を込める。
のっけから、風の強い日の最難関、最初の橋である柳川橋にさしかかる。
橋下の水面が時化の海のように荒れている。
舟を左に傾け、一気に力任せに抜ける。
ゆっくりやっていると確実に風に押し戻されるからだ。
案の定、風により舟が押し戻されはじめる。
柳川橋の橋下は広く、いつもは竿をささないでも勢いをつけていれば抜けられるのだが、今回は竿を刺さざるを得ない。
私は身を屈めて、竿を底へさす。
力を入れる。
押し戻される。
力を入れる。
少しずつ前へ。
抵抗する舟に大きな波が舟の中に入り、危うくお客様に水がかかりそうになる。
(嘘だろ・・・)
こんな経験は初めてだった。
舟の中に水が入ってくるなんて。
必死こいて橋を抜ける。
まだ油断は出来ない。
たて続けに難所がある。
はじめから相当な体力が奪われる。
柳川橋を抜けると、二つ川。
その近くに建つ高層マンションで風が煽りをうけ、より強い風となる。
まず、左側の真菰が生い茂る方にぐいーんと流される。
竿を深く差し、強く押し込み、右へ回避する。
舟が回転しそうになるのを、竿でコントロールする。
「ここら辺りが、一番風の強い所です。台風接近もあいまって、非常に強い風となっております。私、今から操船に夢中となりますので、無口となります。しばらくご歓談ください。ここを抜けますと、少し風はおさまります」
私はそう言うと、文字通り操船に専念する。
右に流され、左に流されたり、押し戻されたりしながら、舟はようやく暴風地帯を抜けた。
外堀に入ると、住宅が密集して、風があたる方向が変わる。
何度か壁にぶつかる。
内堀へ入ると、強烈な向かい風。
途中、「まちぼうけ」の像のところで歌いながら、舟をすすめるので、息が上がり体力を消耗する。
無事に安全にお客様に楽しんでいただくと自分に言い聞かせる。
とにかく風をしっかり読みながら、今までの経験を活かしつつ、安全に運航することを心掛ける。
少しいつもより時間がかかったものの無事に到着すると、思わずほっとする。
「本日の舟旅は、これにて終了です。皆様ありがとうございました」
でも、ありがたいです。